平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 9


(9)
戸を開け放ったまま御簾さえさげられていない庵の中に、山の上から吹き下ろ
してくる風が流れ込んできていて、二人の肌はすでに冷めかけていた。
何の目も遮るもののないこの部屋で、自分達はああも激しい情事を展開していた
のだ。
もっとも、用もないのにこんな山の庵をのぞき込むのはせいぜいが狐やイタチ
ぐらいだとは思うが。
沈黙に耐えかねて、ついに佐為が口を開いた。
「怒ってます?」
「別に……」
泣いたせいでヒカルの声が枯れていた。
「ごめんなさい……」
「いいよ、もう」
やっと佐為の方を見たヒカルの頬には、涙の跡が幾筋か残っていた。
自分がひどく無体なことをしてしまったその痕跡を目の前に突きつけられた
ようで、胸が痛んだ。
「気持ち良かったのは、ホントだから、いい」
風に冷えかけたヒカルの肩を引き寄せた。
きつく抱きしめられて、思わず身をよじったヒカルの口から小さな悲鳴が漏れる。
まだ、その身の中に、佐為を迎え入れたままだからだ。
ヒカルが小さくつぶやいた。
「でも、気持ち良すぎるのは怖いんだ。……普通がいい」
「ヒカル。もうしません。誓います」
「いいって。こういうのも、佐為がしたいならさ。時々とか、その――たまになら」
「もう二度としませんよ」
謝りながらも雄の欲望とは勝手なもので、ヒカルが可憐に目を伏せるその様子に、
佐為は自分の下肢に再び熱が集まっていくのを感じていた。
「あんまり気を使うなって……ぁあ…っん」
「今度は普通にしますから」
ヒカルはその後も何か言葉をつむごうとしたようだったが、再び動き始めた佐為が
与える快楽に体の方が先に溺れ始めてしまい、それはきちんとした言葉にならなかった。



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