失楽園 9


(9)
「うぇ、ハラもベタベタだよ〜」
バスルームで、なんとも情けない声を上げる。制服のワイシャツと下着代わりのTシャツを受け取り
ながら、緒方はヒカルの痩せた胸を見下ろした。
「どうせだから、シャワーも浴びてこい。使い方は判るな?」
「ウン」
「その間にちゃんと洗っといてやるから」
緒方はそっけなく言うと一度席を外し、数分も経たないうちにバスローブを手に戻ってきた。
「とりあえずこれでも着ておけ。アキラくんのだからサイズは大丈夫だ」
「――塔矢の?」
ヒカルが復唱すると、緒方はしばらく考えるような素振りを見せた。そして『貸せ』と短く言うと、
また脱衣所を出ていく。
「こっちはオレのだから、かなり大きいだろうが我慢しろ」
上半身裸のまま待っていると、ドアを開けざまにバサリと投げつけられ、ヒカルは頭からバスローブを
被る格好になった。

シャワーコックを捻ると、勢いよく湯が出てきた。シャンプーもリンスもボディシャンプーも何も
書かれていない形の違う白い陶器の入れ物に入っているらしく、ヒカルはどれがボディシャンプーなのか
わからないまま身体を洗い、ついでに髪も洗った。
温めの湯を顔に浴びながら、ヒカルは考える。
――緒方先生の家にある、塔矢のバスローブ。
自分が和谷のアパートに泊まるように、兄弟弟子の家にただ泊まりに来るという訳ではないのだろう。
その意味が解らないほど、ヒカルは子供ではなかった。



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