失着点・展界編 90 
 
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「…塔…矢?」 
ヒカルは呆然とその場で旅行鞄を見つめていた。これは罰だと思った。 
初めてこの部屋に来た時の事を、アキラとの事をいつでもなかったことに 
出来ると考えた自分がいたことへの。 
その時、背後でドアが開く音がした。 
「…進藤?」 
あんなに会いたかった相手のその声に、すぐには、ヒカルは後ろを振り向く 
ことが出来なかった。怖かった。碁会所の時のような笑顔でなくて、もしも 
すまなそうな表情で、ヒカルが望まない話をされたら…。 
アキラは直ぐにヒカルの様子がおかしい事に気付いて買い物の包みを床に置き 
ヒカルのそばに座った。買い物袋の中でミネラルウォーターのビンが倒れた。 
「…どうしたの?進藤…」 
ヒカルの顔をアキラは覗き込み、涙が流れる頬をそっと撫でた。 
「進藤…?」 
「…た…い…」 
「え…?」 
「…どこか遠くへ…塔矢と二人で行きたい…二人だけで…」 
ヒカルはアキラにしがみついた。力を入れ、肩を震わせて、抱き締めた。 
「…行きたいよ…」 
「進藤…」 
子供をあやすように、アキラは嗚咽するヒカルの背中を摩り、頭を撫でた。 
そして、アキラはヒカルに答えた。 
「…そうだね、…行こうか、…二人で、どこかに…。」  
 
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