平安幻想異聞録-異聞- 91 - 92


(91)
その日の朝、出仕する佐為を迎えに来たのは、片桐という青年検非違使だった。
聞けば検非違使庁から、今日から近衛ヒカルのかわりに佐為殿の警護をするようにと
申しつかったという。
(どういう事なのだろう?このところヒカルはあの騒ぎせいで病欠が続いたから、
 そのせいだろうか)
一昨日、賀茂家の屋敷にヒカルを預けたが、アキラからもヒカルからも
それきり連絡がない。
昨日なんの音沙汰もないのに焦れて、仕事のある自分に代わり、人を使いにやった。
使いにやったその者は、賀茂邸の扉はきつく閉ざされ、人の気配がしなかった
と佐為に伝えた。
佐為はそれをけげんに感じたが、
(何か祓いの儀式などの最中なのかもしれない、何かあったら賀茂殿が
 連絡をよこすはず)
佐為は賀茂アキラの力を信用していたし、陰陽道では、大きな祓いの儀式をする時は、
そういった人払いをすることがあるのも知っていたから、とにかく一日静観していた。
その時は、佐為自身も、その一日の静観が大きな取り返しのつかないものになろうとは
思いもしなかったが。
そして今日、ヒカルの身を案じながら気もそぞろに内裏に出仕し、そこであの
信じられない光景を見たのである。
帝の囲碁指南にもろくに身が入らず、
「そのように、上の空であるなら、もうよい!」と叱責を受けた。
碁を打っていて、こんなことなど初めてだった。
帰り道、内裏の廊下を歩いていても、女房達のうわさ話が耳に入る。
更にその途中で呼び止められ、この噂の真相について、藤原行洋に申し開きに
行かなければならなくなった。


(92)
散々な一日だ。
いつもなら、このような心無い噂話を耳にして自分が心揺らすとき、傍らには
常にあの検非違使の少年がいて、「平気平気」と笑ってくれた。
その彼が、今日はいない。今は、あの座間の元にいるのだ。
今さらながら、自分がいかにあの少年がこちらにむけてくれる笑顔を心の糧に
していたかを思いさらされる。
そして突然、佐為は、自分がこうも心揺らしているのは、ヒカルが裏切ったからでは
ないことに思い当たった。
自分がこんなに傷付いているのは、ヒカルが何も相談してくれなかったからだ。
そして、そのヒカルが、今、座間の元でどんな仕打ちを受けているかと心配になる
からだ。
おそらく、座間が表立って藤原一派にぶつけることのできない嫉みと怨嗟を一身に
受けているのではないだろうか。
今朝、通りすがったときに見た、ヒカルの左手首の新しい怪我の痕が思い出された。
手当ての為にまかれたらしい布に、血が滲んでいた。
あんな傷は二日前に別れた時にはなかったはずだ。

佐為は、その夜ひとり、賀茂アキラの屋敷に向かった。
戸を叩いても人の気配がない。
そっと木戸を押してみると開いていたので、中に失礼して入らせてもらった。
屋敷の中に上がらせてもらう。
ここも錠がかかっていない。
「アキラ殿、おられるのか?」
不審に思いながら、廊下を奥へ進むと、その突き当たって曲がった先に、
賀茂アキラが倒れていた。



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