初めての体験 91 - 92
(91)
今日はアキラにとって、記念すべき一日になるはずだ。なぜなら、プロになったヒカルと
初めて対局するのだから―――――
そう言えば、これは幾つ目の記念日だったか…。アキラにとって、ヒカルとの出来事は
すべて記念日だった。
初めて会った日、大負けした日、囲碁大会で会った日、それから…囲碁大会の三将戦は、
記念日に入れてもいいのだろうか?ああ、ネットカフェで会った時の進藤は可愛かった。
頬をつつきたくなるくらいキュートだった。つい、意地悪を言ったが本気じゃなかったんだ。
若獅子戦…あの時も、意地を張ったりしないで、最初から素直に見学すれば良かった…。
初対局になるはずだったあの日、お父さんが倒れなければ…!と、一瞬でも思ってしまった
親不孝なボクを許してください。等々……。
こうして考えてみると、けっこう、二人は会えそうで会えないすれ違いが多い。運命は
残酷だと思った。大昔のドラマにこういう話がなかったっけ?
極めつけは、ヒカルの『もう、打たない』宣言だ。手合いに出てこないヒカルに焦れて、
学校まで押し掛けてしまった。久々に見たヒカルにいつもの明るさはなく、表情に憂いを
湛えていた。初めて見たあんなヒカルを…。やせた頬や、伏せた大きな瞳に陰を落とす
長い睫毛……。元気のないヒカルに、元気に反応してしまった自分は、結構な恥知らずだ。
でも、もういい。落ち込む心を隠しつつ、碁を打ち続けた自分の元に、ヒカルは
帰って来たのだから――――本因坊リーグ戦が終わった後、ヒカルが会いに来てくれた。
誰に、どんな誉め言葉をもらうよりも、嬉しかった。天野さんがいなかったら、その場で
押し倒していたかも……。だって、はにかむ進藤がすごく可愛かったから…。
(92)
棋院で、アキラは越智に会った。とりあえず、挨拶をしておくことにした。今日の
アキラの心は、空のように広い。しかも晴天。風一つ吹いていない。嫌みの一つや二つ、
余裕で聞き流せる。一人きりなら、鼻歌の一つも飛び出しているだろう。
エレベーターを降りたところに、ヒカルが森下門下の人たちといた。すれ違いざまに
ヒカルと目があった。ああ、今日も進藤は超可愛い!この進藤を、今日は真正面から、
思う存分舐めるように、眺めることができるのか…。アキラは感慨にふけった。
この前の手合いの時、村上さんが羨ましかった。ヒカルを見つめ放題で―――――――
それに比べて、自分は……。相手のせいではないが、つい睨み付けてしまった。心が狭い。
ごめん、あの時の名前も覚えていない相手の人。
アキラを追って、ヒカルが対局室に入ってきた。
「やっと、対局できるな。」
ヒカルの笑顔が目に眩しい。心臓のドキドキがヒカルに伝わらないよう、努めて平静を装う。
が――――――
「二年四ヶ月ぶりだ。」
と、ぽろっと言ってしまった。これでは、自分が指折り数えてこの日を待っていたのが、
バレてしまうではないかと、アキラは慌てた。幸い、ヒカルは気がつかなかった。
本当に長かった―――――今日、やっと自分の望みが叶うのだ。
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