日記 91 - 93


(91)
 緒方の危惧したとおり、ヒカルはその夜発熱し、下痢と嘔吐に苦しんだ。緒方は、一晩中
ヒカルに付き添った。ヒカルが心配だったこともあるが、何よりヒカルが緒方の手を
離さなかったからだ。ヒカルは、眠りに落ちかけると悲鳴を上げて、飛び起きた。
そうして、緒方の顔を見ると安心したようにまた目を閉じる。それを何度も繰り返した。
 ヒカルが漸く眠りについたのは、明け方近くなってからだ。髪を梳いて、額に手をあててみる。
熱は下がっていた。絡みついたヒカルの指をそっと外して、部屋を出ようとした。その
背中に声をかけられた。眠っていたはずのヒカルが、緒方を見つめていた。うつろな瞳は、
悲しげだった。
「先生…ごめんなさい…」
緒方は首を振った。ヒカルが謝る必要はないのだ。何よりヒカルに頼られて嬉しかった。
「……塔矢に…言わないで…」
ヒカルが絞り出すように言った。
「お願い…」
震える唇で懇願するヒカルが哀しかった。緒方が頷くとヒカルは、「ありがとう」と小さく
呟いてまた目を閉じた。


(92)
 緒方が頷いたのを確認して、ヒカルは安堵した。あの時、どうしてもアキラに会いたくて
アパートまで行ってしまったが、気持ちが落ち着いてくるにしたがって、急に怖くなって
しまったのだ。

――――――塔矢にもう会えない…
何もかもなくしてしまった。
お気に入りのリュック。
買ったばかりの携帯。
アパートの合い鍵。
アキラに見せたかったリンドウの花……。
それから、一番の友達。
何より、アキラに会えないのが一番辛い。

 ヒカルは、タオルケットを頭の上までかぶった。声を殺して泣いた。


(93)
――――――また、鳴っている。
 ヒカルの残した荷物の中から、携帯の音が聞こえた。これで、何度目だろうか?持ち主を
必死で呼んでいるようだ。
 その音が和谷を責めているような気がした。ヒカルを犯しているときも、あの電子音が
聞こえていた。あの耳障りな音……。
「アイツ…着メロも入れてないのかよ…」
まだそれほど、手に馴染んでいなかったのかもしれない。自分も知らなかった。ヒカルが携帯を
持っていたことなんて…。もしかしたら、教えてくれるつもりだったのかもしれない。
子犬のように何の疑いも持たずに、自分について来たヒカル。そのヒカルを裏切ったのだ。

 携帯のコールを送り続けているのは、きっと…。
 ヒカルのリュックの中から、それを取り出し叩き付けてやりたい。
―――――こんなことでまで、見せつけやがって…!
オレの知らない進藤を…オレの知らなかった進藤を…彼奴はずっと見ていたんだ。
 和谷は、耳を塞いで蹲った。いつの間にか、音は止んでいた。

 誰かに、優しく肩を抱かれたような気がした――――――――伏せていた顔を上げた。
窓辺に置いたリンドウが、月明かりにほんのり浮かんで見えた。



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