平安幻想異聞録-異聞- 92
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散々な一日だ。
いつもなら、このような心無い噂話を耳にして自分が心揺らすとき、傍らには
常にあの検非違使の少年がいて、「平気平気」と笑ってくれた。
その彼が、今日はいない。今は、あの座間の元にいるのだ。
今さらながら、自分がいかにあの少年がこちらにむけてくれる笑顔を心の糧に
していたかを思いさらされる。
そして突然、佐為は、自分がこうも心揺らしているのは、ヒカルが裏切ったからでは
ないことに思い当たった。
自分がこんなに傷付いているのは、ヒカルが何も相談してくれなかったからだ。
そして、そのヒカルが、今、座間の元でどんな仕打ちを受けているかと心配になる
からだ。
おそらく、座間が表立って藤原一派にぶつけることのできない嫉みと怨嗟を一身に
受けているのではないだろうか。
今朝、通りすがったときに見た、ヒカルの左手首の新しい怪我の痕が思い出された。
手当ての為にまかれたらしい布に、血が滲んでいた。
あんな傷は二日前に別れた時にはなかったはずだ。
佐為は、その夜ひとり、賀茂アキラの屋敷に向かった。
戸を叩いても人の気配がない。
そっと木戸を押してみると開いていたので、中に失礼して入らせてもらった。
屋敷の中に上がらせてもらう。
ここも錠がかかっていない。
「アキラ殿、おられるのか?」
不審に思いながら、廊下を奥へ進むと、その突き当たって曲がった先に、
賀茂アキラが倒れていた。
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