平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 93 - 94
(93)
「おい!」
慌てて、彼を助け起こしたヒカルは、その体の冷たさにぞっとした。
氷のように冷えきった頬に、自分の体温を移すようにヒカルは何度もその
頬をさすった。
「賀茂、しっかりしろよ、おい、賀茂っ!」
目を閉じてピクリとも動かないアキラの足元には、ヒカルの追いかけて
きた猫がいる。
今、ヒカルが追ってきた緑の光は、こいつの瞳の色だ。
――否。それは猫ではない。
なぜなら、その生物の顔は人の形をしていたからだ。体は確かに尾の長い猫
だったが、顔は年を取った人の男の面相だった。顔はこちらを剥いて口の
端をあげて笑った。
「…くっ」
その表情がひどく気に障って、ヒカルは、袖を翻して太刀を抜き、その生物を
床に縫い付けるように串刺しにした……かに思えた。しかし刹那、猫の姿は掻き
消えて、太刀だけがタンっと音をたてて、床にその切っ先を突き立てた。
ヒカルは太刀の刃を返してもう一度、その猫のようなものに切りかかるが、
ひらりひらりとかわされる。
まるで風にまう落ち葉を斬り伏せようとしているようだ。
「ニャア」
(94)
上から声が落ちた。人の顔をした猫が、今度は梁の上から、黄緑色の瞳でヒカルを
見ていた。
「…の野郎!」
床に刃先をうずめたままの太刀を引き抜き、その猫に向かってもう一度構えを
とったヒカルの狩衣の後ろを何かが引っ張った。振り返って見れば、それは
黒と白のまだらの鶏――六本足の。さすがにゾッとして、部屋を見渡せば、
あちこちに何か白いふわふわした頼りなげな光のようなものがたゆたっていて、
更に目をこらしてその正体を見極めようとすれば、それらは、次々とあやふやな
中から異形の形を表して、ヒカルの事を見上げているではないか。
あるものは巨大な蟲になり、あるものは人面の獣となり。
さながら、百鬼夜行。
ヒカルが刀で振り払うと、彼らはするりとその場所から姿を消して、また違う
場所に現れてはヒカルをじっと見つめる。
なんともきりのない格闘を異形達と繰り広げながら、ヒカルは腕に抱いた
賀茂アキラの体を強く抱え込んだ。
(なんで、こんな事になってんだよ!)
さて、どうやって彼を屋敷の外に連れ出すか。
「俺が絶対に守ってやるからな」
誰も答えるはずがないと思っていた、その独り言の様な言葉に、意外にも
答えが返った。
「無理だよ」
ヒカルは、アキラの顔を見た。
暗闇の中、アキラが僅かに細く目を開けてこちらを眺めていた。青白い肌の
色が死人のようだ。
「君には無理だ」
アキラは声をたてて笑った。
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