初めての体験 93 - 95
(93)
対局が終わった後、そのまま、すぐに別れる気にはならなかった。せっかく、ヒカルと
一緒なのに……。ヒカルも名残惜しそうに、俯き加減に目を伏せた。時折、アキラの方に
訴えるような視線を投げてくる。目が潤んでいるように見えるのは、自分の願望がそう
見せているのだろうか?
「ボクのところで、今日の検討会しないか?」
さりげなく提案してみた。ヒカルの顔がパッと輝いて、大きく頷いた。
二人きりでエレベーターに乗り込むと、ヒカルがアキラの手にそっと触れてきた。
アキラが、驚いてヒカルを見ると、ヒカルは頬を染めて俯いた。だが、アキラの指先を
ギュッと握ったまま離さない。
―――――もしかして……!進藤もボクのことを……!?
心臓が早鐘を打つ。とても、碁会所まで我慢なんて出来ない。
アキラはヒカルを抱き寄せると、その愛らしい唇を奪った。ヒカルは、ちょっと抵抗
するように身じろいだが、アキラの背中におずおずと自分の手を回してきた。ヒカルの
口の中に舌を入れ、中を蹂躙する。柔らかくて、温かい感触がアキラの脳を痺れさせた。
「やだ…塔矢やめて…こんなところで…」
アキラの手がヒカルのシャツの下をまさぐった時、ヒカルが身を捩った。確かに、ここでは、
誰が乗り込んでくるかもわからない。棋院にいるのは、対局中の棋士だけではない。
職員や一般客も大勢いるのだ。
アキラは、無理矢理ヒカルから身体を離した。それを実行するためには、ずいぶんな
気力と理性が必要だったが……。
「オレ…碁会所までガマンするから…塔矢も…ね?」
「ね?」って、そんな顔して言われたら、余計に我慢できなくなるではないか。
ワザと?ワザとなのか?―――――進藤、キミはわかっていてやっているのか?
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棋院をでて、碁会所に着くまで地獄のようだった。歩いているときも、電車に乗って
いるときも、横にいるヒカルが気になって仕方がなかった。ついさっき、触れたばかりの
ヒカルの唇や、シャツの襟から覗く鎖骨に目がいってしまう。視線に気がついて、時折、
ヒカルが笑いかける。その笑顔の愛くるしさに、息が詰まりそうになった。今、ここで
窒息死したら、死んでも死にきれない。やめてくれ。
「あれ?閉まっている…今日、休み?」
ヒカルが、碁会所のドアに貼られた張り紙を見て、アキラに訊ねた。
「うん。市河さんの都合が悪くてね。臨時休業。」
アキラが、鍵を取り出しながらヒカルに返事をした。もしかして、最初から計画していた
ように、思われただろうか?そんなつもりじゃなかったけど…結果的には同じだし…
そうとられても、仕方がないか……。錠の開く音が、人気のないフロアーに響いた。
「ふーん…じゃあ、ちょうど良かったね…」
ヒカルの言葉に、アキラは顔を上げて、まじまじとヒカルを見つめた。
「え…だって…やっぱり…人がいたら…その…」
ヒカルは真っ赤になって、トレーナーの裾を弄りながら、俯いた。
もう、限界だった。アキラはヒカルの肩を抱いて、碁会所のドアをくぐった。
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誰も来ないとは思うが、念のため、入り口の鍵を内側からかけた。暗い部屋の中で、
ヒカルはぼんやりと突っ立っている。普段は、大勢の客で賑わっているこの場所が、暗く
静かなので、珍しいのかもしれない。
「暗いね…」
ヒカルが心細げに、アキラにしがみついた。確かに、非常灯の明かりが、部屋を微かに
照らすだけだ。
「灯り点けた方がいい?」
「うん…塔矢の顔が見たい…」
アキラは、部屋の隅の灯りだけをつけ、そこにヒカルを連れて行った。
「あまり、明るくすると、気づかれるかもしれないから…」
ヒカルは、小さく頷いて、アキラの胸にもたれかかった。心臓がドキドキする。ヒカルの
心臓もドキドキと早い。
アキラは、ヒカルにぶつけるようなキスをした。びっくりして、大きく目を見開く
ヒカルを、キスをしながら見つめた。ヒカルもアキラを見つめ返していたが、やがて、
目を閉じるとアキラに身を任せた。
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