初めての体験 94
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棋院をでて、碁会所に着くまで地獄のようだった。歩いているときも、電車に乗って
いるときも、横にいるヒカルが気になって仕方がなかった。ついさっき、触れたばかりの
ヒカルの唇や、シャツの襟から覗く鎖骨に目がいってしまう。視線に気がついて、時折、
ヒカルが笑いかける。その笑顔の愛くるしさに、息が詰まりそうになった。今、ここで
窒息死したら、死んでも死にきれない。やめてくれ。
「あれ?閉まっている…今日、休み?」
ヒカルが、碁会所のドアに貼られた張り紙を見て、アキラに訊ねた。
「うん。市河さんの都合が悪くてね。臨時休業。」
アキラが、鍵を取り出しながらヒカルに返事をした。もしかして、最初から計画していた
ように、思われただろうか?そんなつもりじゃなかったけど…結果的には同じだし…
そうとられても、仕方がないか……。錠の開く音が、人気のないフロアーに響いた。
「ふーん…じゃあ、ちょうど良かったね…」
ヒカルの言葉に、アキラは顔を上げて、まじまじとヒカルを見つめた。
「え…だって…やっぱり…人がいたら…その…」
ヒカルは真っ赤になって、トレーナーの裾を弄りながら、俯いた。
もう、限界だった。アキラはヒカルの肩を抱いて、碁会所のドアをくぐった。
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