裏階段 アキラ編 95 - 96


(95)
ある日その最中に伯父が倒れ、助けを求めて外へ出た時先生がそこに居た。
部屋に入った先生は、そこで何が行われていたかすぐに察したはずである。
オレと伯父がどういう関係だったかも。
だがその事には一切触れず、先生はオレを自分の家に招き入れてくれた。
先生に感謝しながらもオレは心のどこかでいつか先生も夜中にオレの部屋に
来るのではと怯えていた。
だが先生は来なかった。その事に安心していたはずだった。
それがいつからか不安に変わった。
先生がオレを預かったのは本当に災難になった事に対する一時的な同情心だけで、
いつかはオレを突き放すのではないかと怯えた。
先生を捕まえなければ、何か、つなぎ止める方法はないかと考えた。
だがそう考える事が愚かしくて直ぐにやめた。
これ以上のものを求めてはならないと。
そんな心の闇の隙間を狙うように悪夢がオレを襲った。
夢の中で毎夜のように伯父が囁く。
お前はこの場所に相応しくないのだと。
『考えてみろ。どういう類の何人の男をお前は相手にしたかを―』
そう言って伯父は耳まで裂けるくらい口を開けて笑った。
濁った匂いが蘇って鼻についた。同じものが自分の体からも出ているような気がした。


(96)
「大丈夫かい、…ひどい汗だ。」
悪夢にうなされ、目を覚ますと目の前に先生が居た。
オレは迷わず先生に向かって両手を伸ばし抱き着いていた。
周囲に漂っていた濁った匂いが消えて、碁盤や先生の家が持つ独特の
木の匂いと着物から微かに放つ香のような落ち着いた匂いがした。
「…助けて…」
ただひたすらに先生に縋って乞いた。
確証が欲しかった。先生を繋ぎとめる絆が欲しかった。
先生の手は戸惑うようにオレの髪に触れた。だが、それ以外の場所に動こうとは
しない。それでもオレは先生の胸に顔を押し付け、そこで鼓動が大きく
打ち響くのを感じた。
先生の着物の前が割れて、逞しい胸板が見えていた。
その隙間に顔を入れて、直接先生の肌に頬を触れさせた。
それは一つの賭けだった。
先生が驚くように大きく呼吸をつくのがわかった。
隙間にそって顔をあげて、先生の首元に唇を押し当てて軽く吸った。
髪を撫でていた先生の手が、オレの肩を掴み、もう片方の手がオレの体を
包んできた。
それでも先生はオレの顔を見つめたまま迷っていた。
先生の首に両腕を回して唇を寄せると先生は横を向いてしまった。



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