裏階段 アキラ編 97 - 98


(97)
「…一度だけでいい」
必死だった。体中で訴えた。
「一度だけでいい、先生…、…それで…ボクは救われる…」
それはウソではなかった。
先生が目を見開いてオレを見た。
後にも先にも、オレがただ一度だけ見た、先生が生々しく雄の光を目に宿した瞬間だった。
先生も人間だったのだ。欲求を持たないわけだはなかった。時間の多くをひたすら
碁に打ち込み、異性との交わりは殆ど持たず打つ事で昇華してきた人種だった。
だがその一瞬だけはオレを欲してくれた。
抑え込んでいたものを手放したような激しさだった。
始めから最後まで先生の手の動きは不器用で辿々しいものだった。
だがひたすら優しかった。
衣服の下に隠されていた先生の肉体は想像以上に鍛え抜かれた大きな骨格だった。
いつもよりさらにその肩幅が広く圧迫感を感じた。
伯父の死後しばらくそういう行為から遠ざかっていたオレの体はその体格の主の分身を
簡単には受け入れられなかった。
それでもオレは一切声を出さず、先生と出来る限り深く長く結合していたいと望んだ。
朝が来れば何事も一切なかったかのような日々が始まるとわかっていても
少なくともその夜だけは確かにオレは先生を捕らえる事ができたのだ。


(98)
「…誰の事を考えているんですか?」
吐息混じりの声で、静かに、冷ややかに問われて
記憶の窓が次々と閉ざされ、ホテルのベッドの上の現実に引き戻る。
「…初めて君を抱いた時の事を思い出していたんだよ。」
今は向き合い、オレの体の下でアキラがこちらの真意を推し量ろうとするように
見つめて来る。それを阻もうと腰を深く突き入れ激しく動かすと
しばらくしてアキラはようやく目を閉じて再び甘く溜め息を漏らし出した。
肉体は成長してもアキラの内部の狭さは変わらない。
むしろ筋力が発達し、引き込み締めつける力が強まったように感じる。
声変りの途中で止まってしまったかのようなハスキーな声と、
背が伸びた事で華奢なラインが強調された躯。
艶やかな黒髪と滑らかな白い肌と程好く色付いた唇が競い合うようにして
こちらの本能を揺さぶる。
魔性的という他に彼を形容する言葉は見つからない。



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