初詣妄想 1 - 11


(1)
今日は、遅ればせながらアキラたんと初詣だ。
アキラたんと付き合って初めての新年。
もちろん今日祈るのは、アキラたんの幸せと、アキラたんの健康と、
そして最後にアキラたんと俺の円満な関係―――

「アキラたん!おはよう!明けましておめでとう!」
「あ、明けましておめでとう。それよりすまない、待たせてしまって…」
な、なんて謙虚なんだアキラたん…まだ10分前だというのに。
「ううん、いいんだよ、アキラたん。俺も今来たところだし、
 アキラたんを待たせたくなかったし」
本当は30分位前から待っているんだけど、それは秘密だ。
アキラたんは大概、待ち合わせの10分前に着いて待っているけど、
よりによってこんな寒い時期に、
アキラたんを外で10分も待たせておくわけにいかない。
「じゃあ、行こうか?」
「うん」
アキラたんは極上の笑顔をくれて、俺も嬉しくて微笑んだ。
 
 


(2)
「あの、今日は初詣にいくんじゃあ……」
近くのビルの地下へと降りようとする俺に、アキラたんは不安げに声をかけてきた。
「うん、そうだけど、先に腹ごしらえした方がいいかなと思ったんだけど…。
 大丈夫だとは思うけど、でも今日、日曜だし、もし混んでたら
 お昼食べそこねちゃうかもしれないかなって」
「あ………そう、かな…」
「この店、すごく美味しいっていうから、アキラたんと来たいって
 ずっと思ってたんだけど、どうかな?」
そんな俺の言葉に、アキラたんは「じゃあ、先に食べようか」と微笑んでくれた。
そう。この店は、俺のリサーチによると、雑誌に載ったりはしないものの、
近所のOLさん達の間で評判の店だ。ビルはちょっと小汚いし、
殆どカウンターしかない小さな店だけど、アキラたんにはやっぱり
美味しいものをご馳走したい。
 
 


(3)
ランチには少し早いかと思いきや、店は客で埋まっていた。
10分ほどで席が空くと、運良く、2つしかないテーブル席の一つに通された。
カウンターの方がアキラたんとの密着度が高いし、良かったんだけどな。
―――と思ったんだけど、前言撤回。
くるぶしまである長い長いコートの下から現れたアキラたんの姿に、
俺は目がくぎ付けになった。いやぁ〜、この姿がちゃんと見られない
カウンター席なんて論外、論外!
「アキラたん!早速着てくれたんだね!ありがとう!すっごく似合うよ!」
俺のクリスマスプレゼントで全身を固めたアキラたんは、俺の予想以上に
『素敵』という堅苦しくも美しい言葉がぴったりだった。
俺はクリスマスは朝から仕事で、慌ただしく出掛けてしまった。だから、
プレゼントに袖を通した姿を見るのは初めてだ。
「大丈夫、かなぁ?なんかうまく着られなくて…。下は丁度良かったんだけど」
今日のアキラたんは、白いコットンのシャツの上に、
オフショルダーのタートルのニット、そして下はジーンズだ。
いつも行く店で見かけたそのニットが気に入ったので、
それと合う色味のジーンズもプレゼントした。
思った通り、いや、それ以上に、アキラたんに良く似合っている。
「大丈夫、大丈夫!それよりアキラたん、先に注文しちゃおうか。何にする?」
おしゃべりばかりもしていられない。俺達は手早く注文を済ませた。
 
 


(4)
「アキラたん、すっごく似合うよ。サイズもぴったりだね」
素敵だよ、とは、思ったけれど、恥ずかしすぎて口には出来なかった。
ジーンズは、以前アキラたんがふざけて俺のズボンを履いたときの感じから
サイズを推測してみた。ちらっと見ただけだから何とも言えないけど、ちょっと緩め?
でも十分いける。うまく着られなかったというのは、きっとあのニットのことだろうな。
シャツはプレゼントしてないけど…これはアキラたんが自ら組み合わせたのだろう。
だけど、シャツがなかったら、鎖骨辺りや二の腕とか、肌の露出が眩しすぎて
そんなアキラたんを前に普通に食事なんて出来そうにないし、
なにより、アキラたんの玉の肌を衆目に晒すなんて、とんでもない。
だからこんな感じでいいと思う。
「うん、ありがとう。でもこれ本当に着るのが難しくて…」
うまく着られなくてお母さんに手伝ってもらったら、
「こんな服いつ買ったの?どうして買ったの?」とか随分質問攻めにされて、
答えに困っちゃった、とアキラたんは笑っている。
確かに、トレーナーとタンクトップが絡みついてくっついたような
妙ちくりんな作りのあのニットには、アキラたんのお母さんもさぞ戸惑ったことだろう。
店で見たときも、ちょっとは複雑かなとは思ったけど、今こうしてアキラたんが
実際に身に付けた姿を見ていると、予想より遥かに難しい作りだったかもしれない。
 
 


(5)
「うん、大丈夫。いい感じ。それより、あとで後ろ姿も見せてよ」
「いいけど……、後ろは、前よりずっと凄く妙な感じだよ?」
そりゃあそうだろう。そんなデザインの服と知っていて買ったのは、他でもない俺だ。
「へぇー、どんな感じなのか、見たいなあ…」
「それじゃ…」
アキラたんは早速後ろを向いて見せようとしてくれたのだが。
「アキラたん!だったらお参りの後、家に来ないか?うちでゆっくり見せてよ」
「え……」
アキラたんは言葉に詰まって、視線をふらふらと彷徨わせながらも俺を見つめている。
ああ、なんて可愛いんだアキラたん!
「でも、いいの………?」
やっと搾り出された言葉も、その遠慮がちな仕種もまた可愛い。
「うん、アキラたんに遊びに来て欲しいな。駄目かな?時間ない?」
「ん…じゃあ、ちょっとだけ、お邪魔しようかな…」
アキラたんは、遠慮なくがっつきはじめている俺に、はにかんだような笑顔をくれた。
 
 


(6)
初詣に明治神宮を選んだのは、成功だったかもしれない。
三が日も過ぎ、しかも午後となれば空いているかと思ったが、
参道は人で埋め尽くされていた。
「アキラたん、随分混んでるから、はぐれないように気を付けなきゃ…」
そう言って俺が手を伸ばすと、アキラたんはその手をしっかりと握ってくれた。
アキラたんの手は、手袋越しでもほっそりとしていて、でも温かだった。
「なんか今日暑いし、手袋脱ごうかな……」
アキラたんのその言葉の意味することは、俺にもすぐに分かった。
「そうだな。確かに、今日はあったかいし、手袋なんか要らないな」
そう返事をすると俺も手袋を脱いで、再びアキラたんの手を握った。
アキラたんの手がしっかりと力強く握り返してくれている。
しかも、アキラたんの笑顔付き。それだけで俺は、頭の中が真っ白に爆発しそうだった。
普段なら人目を気にせざるを得ないその行為も、こんな場所でなら何の抵抗もない。
俺達は、はぐれないように、という名目で、ずっと手を繋いでいた。

「そうだ、アキラたん。昨日はどうだった?」
昨日、1月3日は塔矢門下の新年会だというので、初詣デートは1日お預けだったのだ。
だが、アキラたんは言葉を探しているようだ。この話題はちょっと唐突だったろうか。
 
 


(7)
新年会は、アキラたち家族3人と、門下生が緒方、芦原を初めとする数人、
市河、そして棋院の職員が数名で、例年、大体10人ぐらいだろうか。
新年会と言っても、打ち初めということで軽く打って、後は無礼講だ。
和室を二間使ってテーブルを広げ、おせちを並べる。
お重は明子がデパートにお願いしておいたもので、
後は当日、明子と市河が用意している。
市河は、配膳と餅焼きを担当するが、餅もあっという間に無くなってしまうから
結構大変で、結局、飲み物を運んだり料理を運んだりと言ったようなことは、
アキラが手伝う事になっていた。
前は芦原が手伝っていたのだが、酒が飲めるようになってから、
極度の笑い上戸であることが発覚したため
――ちょっとアルコールが入ると笑い袋みたいになってしまって、
本当にずっと笑い転げているので、包丁は持たせられないし、
火をみていてもらうにも危険そうなので――今ではアキラがその役を担っている。
 
 


(8)
昨日の主な話題は、緒方とアキラの新年の抱負、そして何より、
行洋の海外での活動についてと言ったようなところだった。
棋院の職員も、門下生も、みんなで行洋を囲んで話をねだり、
また行洋はそのどんな要求にも応えて色々な話をし、
その話題に尽きることはなかった。
芦原は、いつものことではあるのだが、まじめな話の一つ一つにも
いちいち細かく拾っては絡み、指さしながら笑い続ける。
それがあまりに酷いので、行洋から窘められるのだが、
芦原は「すみません、先生」と口では謝りながら、その自分の言葉にすら
笑い転げてしまうので、結局は呆れられ、放っておかれてしまう。
今回もまた、その通りだった。
緒方は、新しくタイトルを取った自分よりも、引退した行洋が話題を攫っているのが
面白くないようで、普段はあまり日本酒は飲まないにもかかわらず、
一升瓶を抱え込んで一人でがぶがぶと升酒を飲み続けてはアキラを捕まえ、
ぶつぶつと何かを呟いていた。
門下生はたいがい泊まっていく習わしだが、アキラが家を出るまで
緒方が起きた形跡はなかった。かなり飲んでいたし、
たぶん二日酔いで起きれないでいたのだろうとアキラは思っていた。
 
 


(9)
「へぇ……、大変なんだね?アキラたん、お疲れ様」
俺はアキラたんが甲斐甲斐しく酒や料理を運ぶ姿を想像しながら、
首をぺこりと下げてみせた。
「いや、そんなことないよ。確かに忙しいけど、面白いよ。
 特に芦原さんなんか見てると…」
アキラたんはにっこりと俺に笑いかけてくる。
まあ確かに、人間笑い袋を見てたら面白いかもしれないけど…
アキラたん、なんて偉いんだ!ぎゅうっと抱き締めたくなってきちゃうじゃないか!
「アキラたん、それ、毎年なんだよね?毎年そんな感じなの?」
「うーん、いつもだと緒方さんが結婚しないのかってみんなから言われて
 水割り片手にやさぐれてる位だから…今年はちょっと雰囲気違ったかな」
そういえば、緒方さんは何で今年水割りじゃなくて日本酒だったんだろう?と
これまでを振り返りながら、アキラはぼんやりと考えていた。

参道が混みあっていたせいで、進みも大分遅かった。しかも、どれだけ歩いたら
本殿に辿り着くのだろう?既に30分以上経っていると思うし、もう1km位は
歩いたんじゃないかと思うけど、それでも前も後ろも人の頭で埋め尽くされている。
黒山の人だかり、の「黒山」って、この、人の頭の事を言うんだろうか、
と全然違うことを思いながら、俺は右手でポケットを探った。
 
 


(10)
「アキラたん、随分進みが遅いね?もう1時半だよ…」
俺は懐中時計をぱちんと閉じて、またポケットに突っ込んだ。
「うん、お昼食べてきて良かっ………あれ?それ…?」
「なに?どうしたの?」
ついつい頬が緩む俺に、アキラたんは頬を薔薇色に染め、目を輝かせて言った。
「それ、もしかして……ボクがプレゼントしたのじゃなかった?」
その通り。アキラたんがクリスマスに俺にくれた、趣味の良い銀色の懐中時計が
俺の右ポケットの中に入っている。
アキラたんの前でプレゼントを開けることは出来なかったけど、
貰って帰ったその日の昼休みにこっそり開けて以来、俺の時間はこいつが紡いでいる。
毎日持ち続けて、やっと時間が気になるときにも手首を覗かなくなった自分が
なんだか誇らしい。ってちょっと違うけど。
「そうだよ。アキラたん、ありがとう。これ、すごく気に入ってて、
 毎日持って歩いてるんだ。懐中時計って格好いいよね」
そう?そう?そう?とアキラたんはいつになくはしゃいでいる。
アキラたんらしくないといえばその通りだけど、アキラたんの年齢から考えたら
ごく普通の反応だ。普段は決して見せない、その子供らしい反応が嬉しくて
俺もにこにことアキラたんを見つめた。
「アキラたん、それより新年会の話、もっと聞かせてよ」
 
 


(11)
それからたっぷり1時間以上かかって、やっと俺達は本殿に辿り着いた。
アキラたんは意外にも明治神宮は初めてとかで、門の大きさやら作りやらに
いちいちはしゃいでいて、その様子が本当に可愛すぎて鼻血も出そうだ。
俺は予定通り、アキラたんの健康と、アキラたんの幸せと、あとは俺達の
愛情溢れる円満な関係が続くことを祈って、随分長い時間かかったと思うのだが
隣のアキラたんも変わらないほど長かった。何を祈ったのか、聞いても
にこにこしているだけで、俺には絶対教えてくれなかった。
だけど、考えてみれば、俺だってアキラたんに聞かれても
何を祈ったかは絶対教えないと思う。だからおあいこかな。
俺達は二人でおみくじを引いて、二人で同じお守りを買ってから、
人の流れに乗っかって出口へと向かった。ここもやっぱり人でいっぱいで、
アキラたんはしっかりと俺の手を握り、俺もしっかりと握り返した。
「アキラたん、次はうちに来てくれるんだよね?」
「――うん!」
心なしか、子供っぽいような返事に俺は少し戸惑いつつも、
そんなアキラたんを独占できる喜びが心に染みる。
家までの距離が本当にもどかしくて、だけどアキラたんと一緒に街を歩いて、
しかも俺の家へ向かっている事実が嬉しくてたまらなかった。

<終わり>
 
 



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