pocket-sized Xmas 1 - 7


(1)
クリスマスの朝、枕元に人の気配がする。
アキラたんがもう起きたのだろうか?
「アキラた〜ん・・・メリークリスマス・・・」
目を閉じたまま布団から手だけ伸ばしてアキラたんのいそうな辺りをまさぐったが、
いつもの元気のよい「おはようございます!」の声はなくて代わりに何かが手に当たった。
・・・・・・?
触るとそれは何やら丸みを帯びたフォルムで、すべすべしている。
これ、何だろう・・・こんなもん部屋に置いてたっけ。
記憶を辿りながら、滑らかな感触が気持ちいいその物体をサワサワ撫でていると
やがてそれがぴくんと動き、頭上で小さなくしゃみの音が聞こえた。
(えっ!?)
一瞬で目が覚めて、バッと起き上がるとそこには
クリスマスの朝の眩しい光を背にした、神々しいばかりの――
普通サイズのアキラたんがいた。

「――ア、アキラたんっ!?」
「はい、塔矢アキラです。はじめまして」
普通サイズのアキラたんはにっこり微笑むと、ぺこんと頭を下げた。
俺がサワサワしていたのは床の上に正座しるアキラたんの滑らかなお膝だったのだ。
「あぁっ、えーと、その、はじめまして・・・っ?・・・ててていうかアキラたん、
何も着てないじゃないか!風邪引いたうよ!」
俺が慌てて今まで使っていた毛布を掛けてあげると、アキラたんはまた微笑んで
ありがとうございます、と言った。
耳元で聞くアキラたんの少しハスキーな深くて優しい声に、腰が砕けそうになる。


(2)
普通サイズのアキラたんに寝込みを突撃されてどぎまぎしつつ、
俺は正座して居住まいを正した。
その間にも見慣れたあの子のちさーい姿を探して、布団の陰や床の上に目を走らせながら。
(ポケットサイズのアキラたんは、トイレにでも行ってるのかな?)
「えーと・・・あれっ?えっと、アキラたん、君は・・・」
「ええ。実は・・・」
毛布の前がすすっと開いて、奥にあるお宝がチラリズムする。
おおおっ!と感動する俺の前に、スラリとした白い脚が伸ばされた。
完璧な美脚。この脚の持ち主がいつも正座しているなんて誰が信じるだろう。
その足先を包んでいるのは――見慣れた紺色の冬用靴下。
アキラたんには少し大きいのか、爪先の部分がだぶついている。
「・・・あれ?それ、俺の靴下・・・?」
「ハイ。あなたは昨夜、靴下を片方枕元に置いてお休みになりましたよね?
それで、あなたがいつも小さいサイズのボクと暮らすとか妄想ばかりしていて
気の毒だから、今年はボクをあなたのプレゼントにあげましょうってサンタさんが。
でも、靴下にボクの体はとても入らないので、片足だけ履かせてもらったんですけど・・・」
またもお宝をチラリズムさせながら、恥ずかしそうにアキラたんが見せた
もう片方の足は確かに裸足だ。
サンタクロースから俺へのプレゼント・・・
もしかしてアキラ号だろうか?俺がついに重度おかっぱ病認定されて、
クリスマスプレゼントにかこつけてアキラ号が派遣されたのか?
――それでもいい!!嬉しい!
だが今アキラたんはなんて言った?
『小さいサイズのボクと暮らすとか妄想ばかりしていて』
って、ポケットサイズのアキラたんはどこへ行った?
俺の、俺のちさーいアキラたんは!!


(3)
「・・・どうかしたんですか?」
急に布団や家具を引っ繰り返して必死でちさーいアキラたんを探し始めた俺に、
普通サイズの綺麗なアキラたんが首を傾げた。
見る者を惹きつけずにはおかない魅力的なネコ目。普通に喋ってるだけで色っぽい声。
毛布の影から、片っぽ靴下の美脚が俺を誘っている。
さっき少しだけ見えたお宝がクリスマスのイルミネーションみたいに頭をチラつく。
だが今はハァハァしてられる場合じゃなかった。
「ごめんよアキラたん、ちょっと待っててくれるかな。今お茶でも出すから・・・
でもその前に、あれ?あれっ?アキラたん、どこ行ったんだい出ておいで!
アキラた〜〜〜〜〜〜ん!!!」
布団の裏を覗いてティッシュ箱の中も確かめて、鞄の中も机の中も、
果てはゴミ箱の中まで探したがアキラたんはどこにもいない。
そんな。
ちさーいアキラたんとの生活が全部俺の妄想だったなんて、そんな・・・!
無意識に俺はパジャマの胸ポケットに手を当てていた。
いつもあの子はここに入ってて、俺の心臓の上で笑ったり拗ねたり泣いたりして、
その小さな温もりを、俺は今だってこんなにはっきり思い出すことが出来るのに。

心臓がバクバクして、体中の血が熱いんだか冷たいんだか分からないようになった。
それからとてつもない喪失感が静かに胸に迫ってきて、
じわじわと涙腺が緩んできた俺に普通サイズのアキラたんが優しく寄り添った。


(4)
「――まだ妄想の中のボクを探してるんですか?そんなに妄想と現実の区別が
つかなくなるくらい、ボクを好きでいてくれるなんて嬉しいです」
「アキラたん・・・」
アキラたんは白い指を伸ばして俺の頬をそっと撫でた。
それで初めて、自分の顔が涙でぐちゃぐちゃになってることに気がついた。
「あなたにこんなに好かれてるなんて、妄想の中のボクがちょっと羨ましいな。
でも今日からは、このボク一人を見てください」
「あ、アキラたん」
「あなたを泣かせるような妄想なんて、ボクが忘れさせてあげます・・・」
そう言うとアキラたんは身に纏っていた毛布をはらりと落とし、
俺の首にゆっくりと手を回した。
「ア・・・アキラたんっ。ちょっと待った!たんま!たんまっ!」
焦ってもがいて逃れようとする俺に足払いを食わせてあっさりと布団の上に引き倒し、
目の縁をほんのり赤く染めて恥ずかしそうに息を乱しながらアキラたんは囁いた。
「大丈夫です、・・・ボクに任せて・・・?」
語尾を上げてかすれさせながら、ね?というようにちょっと首を傾げてみせる。
慰めるようにあやすように、誘惑するように。
それだけでもう俺の理性は飛びそうになる。
顔にかかる甘い吐息。
ちゃんとした重みのある温かな体。
俺だけを見て輝いてる潤んだネコ目。

ああだけどあの子がいないなら、
俺の心臓はあの子のあんなにも小さかった温もりを思い続けて、
一生癒えることはないんだ。


(5)
「アキラたん・・・!アキラたああああああん!!!」
「・・・はよう、ぼくムーミン!いいかい、三つ数えるうちに起きるんだよ。
いーち、にーぃ、さんっ。起きろ!」
ジリリリリリリリリリリリ
・・・はっ。
頬の上を流れ落ちて行く涙。
喧しく鳴り響くムーミンのアラーム。

バッと枕元に目を遣ると、昨夜置いた片っぽだけの紺色の冬用靴下があった。
その中に、小さな膨らみ。
アラームを黙らせて、恐る恐るその膨らみを指で撫でてみる。
「アキラたん?」
「ん・・・」
膨らみが微かに動く。アキラたんの声だ。
心底ホッとして涙と鼻水をティッシュで拭い、靴下ごと手に取って中を覗き込む。
「アキラたん・・・朝だよ。メリークリスマス!」
「あ・・・おはようございます・・・」
目をこすりながら、寝袋みたいに俺の靴下の中で寝ていたアキラたんが
モソモソ這い出してきた。
俺の掛け布団の上にぽふっとダイブして、それから自分の体と、
今まで自分が入っていた靴下と、俺とを何度も見比べている。
「英治さん、今日ってクリスマスですよね・・・」
「うん、そうだよ」
「・・・そうですよね・・・」
アキラたんはふうーっとアキラたんにしては精一杯大きな溜め息をついて、
力が抜けたようにくてっと転がった。
それから少し目を閉じて、暫くしてから開いて、やっといつもの笑顔を見せてくれた。
「英治さん。・・・おはようございます」
俺も笑顔を返して、おはよう、と言った。


(6)
今朝目が覚めたアキラたんが、ちょっとがっかりした顔をしたのには訳がある。
昨夜アキラたんは何年ぶりかで、サンタさんにお願いをして寝たのだ。
「ボクに、ちゃんとした大きな体をください」と。
サンタさんに「プレゼント」を入れてもらうために、
アキラたんは予め俺の靴下を引っ張り出してその中に入って寝た。
「あ、でもボクが急に大きくなったら、英治さんの靴下破いちゃうかも・・・」
「そんなの全然構わないよ!今年は俺も、アキラたんと同じお願い事して寝るからね」
「ありがとうございます。子供っぽいとは思うんですけど、でももしかしたらって・・・
あの、もし万が一これで元の大きさに戻れたら、アルバイトでもして新しい靴下を
お返ししますね。今までの生活費も」
「何言ってるんだよ、そんなの気にするなよ!サンタさん、来てくれるといいね」
「はいっ」
昨夜は、そんな会話を交わして眠りについたのだった。

まだサンタさんを信じていたというわけではないんですけど――と何度も断りながら、
でもなんとなくそわそわしていたアキラたん。
俺もこの年になってサンタを信じてるわけはないが、それでももしかしたらと思っていた。
アキラたんは原因不明で小さくなったのだ。
だったら、原因不明の奇跡が起こって元に戻れたっておかしくないじゃないか。
聖なる夜に。
魔法が解けるみたいに。
――そしたら力いっぱい抱きしめよう。
今まで出来なかった分まで強く強く。ありったけの思いを込めて。


(7)
でも、アキラたんは大きくならなかった。
落胆してるだろうにアキラたんはぴょこんと跳ね起きて、微笑んでみせた。
「英治さんの靴下、破かないで済んだみたいです。
ボクのわがままで貸していただいて、ありがとうございました」
「いいよ。靴下一枚で寒くなかった?」
「とっても暖かかったです。下に色々、していただいてましたから・・・」
アキラたんが寒くないように湯たんぽの上にタオルを巻いて、
その上でアキラたんは寝たのだ。
「そっか。それじゃアキラたん、ゴハンにすっか!デザートに昨夜のケーキ食べよ」
「はいっ!」

いつもどおりアキラたんを胸ポケットに入れて台所に向かう。
心臓の上から俺を温める小さな温もり。
アキラたんがちさーいままだったのは可哀相だけど、
夢の中みたいにアキラたんがいなくなったわけじゃなくて本当によかった。
そら夢の中の普通サイズのアキラたんも魅力的だったけど、
一年で一番セクース人口が多いというイブの夜だって何もしないし出来ない俺たちだけど、
それでもやっぱり俺にはこの子が一番だし。
半熟卵の上に塩を振って、湯気の立つ麦茶の上に砂糖を落とす。
赤味がかった液体の中で砂糖の粒子が跳ね上がっては溶けていく様子を、
テーブルの上に降りたアキラたんがマグカップの縁に手をかけてしげしげと眺めている。
「じゃあ、食べようか」
「はいっ。いただきます!」


朝食が済んでケーキを食べたら、内緒で用意したプレゼントをアキラたんに渡そう。
そうして俺にとっては、
小さくても大きくてもいい。
優しい君と今日も一緒にいられることが、何よりのクリスマスプレゼント。
                                           <終>



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