Shangri-La第2章 19 - 35


(19)
「――そんなに、欲しいのか?」
背中からゆっくりと撫で回すと、アキラは動きを止め、こくりと頷いた。
「進藤じゃなきゃダメなんだろう?お前がそう言ったじゃないか?」
その言葉にアキラは一瞬身を固くすると顔を起こし
絶望を灯した瞳で緒方を見据えた。
「何も俺じゃなくたって……お前を抱きたいと思うヤツは沢山居るだろう。
 だいいち他の男のモノに手を出して、トラブっても面倒だからな…」
緒方はサイドテーブルに手を伸ばし、煙草に火を点けアキラの表情を窺った。

確かに、緒方との関係を清算したときの言葉の中に
そんなようなニュアンスのものが合ったとは思う。
だが、今日の緒方は自分を受け入れてくれている、そう思っていた。
いつだって、厳しく接してはいても根本はいつだって優しくしてくれたし
アキラの小さなわがままを叶えてくれたのは、両親ではなく緒方だった。


(20)
今、自分が人肌に飢えているのは真実だと――それはもう、認めざるを得ない。
ヒカルの多忙の理由を理解している以上、逢いたいとねだることは出来ず
ずっと身体を持て余したままだからだ。
だが、ヒカルの他に誰か、と言ったところで、肌を合わせる相手を
そう簡単に変えることも、出来ない。
緒方なら近しいし、以前の事もあるから抵抗は全くないのだが…
目の前で悠然と銜え煙草でアキラを見ているのは、
これ以上の事をするつもりがないのか、それとも試されているのか。

アキラは緒方の口元から灰の伸びた煙草を奪って灰皿に捻じ込むと
緒方の首に絡みつくように抱きつき、耳元で囁いた。
「緒方さん、抱いて……お願い…」
否定の言葉を聞きたくなくて、そのまま緒方の唇を塞ぎ
舌を絡めて言葉を奪うと、煙草の匂いも味も、濃くアキラの中に漂った。
その風味に酔いながら、アキラは腰を浮かせて
緒方の先端を自ら入り口にあてがった。


(21)
「こら、アキラ、止めないか」
病的なまでに行為を急くアキラを制すのはなかなかに大変で
それでもなんとかアキラを抑えると、アキラは
負の感情が全て入り交じったような表情で緒方をじっと見た。
「そんな事したら、いくら何でも、辛いだろう…」
両手で顔を挟み、子供に言い含めるようにゆっくり話すと
アキラの顔が悲しげに歪み、緒方の胸に埋められた。
「…それとも、痛いのが良くなったか?ん?」
そっと胸元を弄ってやりながら訊ねると、暫くしてアキラは
緒方にしがみついたまま、微かに首を降った。

「そうか…なら、そこに伏せなさい」

アキラは驚いたように顔を上げて緒方を見つめてから
そっと身体を離して、言われた通りベッドに伏せて両脚を開き、
腰を高く上げて緒方を待った。


(22)
背後でするかたかたいう音は、多分サイドテーブルの引き出しを使っている音だろう。
前と変わらないなら、二番目の引き出しの手前の方にローションが入っていて
引き出しを少しだけ引いて、手だけで探り当てて引き出すのが常だった。
「ひぁ、っ…」
そんな事を考えているうち、期待していると同時に不安でもある感触が
現実になって、思わずアキラはその冷たさに身を竦めた。
が、次の瞬間には身体を弛緩させようと努めて意識して、
何度か深く呼吸をした。
ぬるり、と指が一本差し入れられ、中を伺ってくる。
「んっ…、ん………あ…」
ゆっくりともたらされる中への愛撫が、嬉しくて、もどかしい。
喘ぎ声が嫌いな緒方に媚びるため、声になるのを抑えようと喉を開きながらも
意識は全て中で蠢く指使いに持っていかれてしまいそうだ。
不意にぐるりと指を回され、その感覚に身体がびくりと跳ねたが、
大きく吐息が漏れただけで、辛うじて声は出なくて
緒方の機嫌を損ねずに済んだ事に安堵した。
間もなく指を足され、アキラの中を探りながら、解し広げ始めた。

(もう少しだ。本当に、あと少しだ……)
アキラはもう一度後ろを緩めようと、ほうっと息を吐いた。


(23)
入口に先端があてがわれ、今にも…、というところで緒方が口を開いた。
「聞いておくが、本当に、いいんだな?」
アキラは大きく頷いた。
「本当に、後悔しないな?」
「しない…から、はやく……」
繰り返される質問を封じようと、アキラが懸命に言葉を搾り出して
緒方を急かすと、緒方は黙って一気に奥まで突き入れた。

「あああぁ――――――っ!」
思わず溢れた大きな声にアキラは自ら驚いて、慌てて口元を押さえた。
自分の中に確かに存在する、奥深くまで埋められた緒方の感触に
全身を苛む熱が、際限なくポンプアップされているが
緒方は動こうとせず、アキラの尻を掴んだままだ。
嫌われたか、と不安が生まれ始めたころになって、
ようやく緒方はゆっくり腰を引き始めた。
「…んんっ……」
中全体を目一杯使って擦られる感触が、
しかもゆっくりと引き出されるのが堪えられないくらい好くて
挿れたばかりなのにもう弾けてしまいそうで
アキラは飛びそうな意識を懸命に繋ぎ止めていた。


(24)
(まさか、またアキラを抱くことになるとは――)
挿入前の念押しは、アキラへの意思確認というよりは
緒方自身への再確認の意味が強かった。
確かに、手を離れた後のアキラに興味を持ったし、
また一時はその妖艶さに危険を感じ、踏みとどまったのも事実だ。
他人のものに手は出さない主義だという言葉もまた真実だが、
これだけ懸命に、縋るように求められて、
それでもアキラを突き放すことは、やはり緒方にはできなかった。

若いヒカルと比べられたくなかったし
久しぶりのアキラをじっくり味わいたいという理由で
最初から飛ばすのは止めておいたが、そのゆっくりした動作の中で
アキラの身体が少し強張っていることに気づいた。
「アキラ、どうかしたか…?」
動きを止めて声をかけた。よく見ると、シーツを握りしめた手が
力が入りすぎているのか、妙な白さだ。
「はぁっ………い、た……んん…」


(25)
「ん?痛いのか?」
「…ん…………」
行為が久しぶりで辛いのだろうか。確かに中はひどくきつい。
緒方はアキラを宥めてやろうと何度も背中に口付けた。
脇腹から胸へとそっと撫で上げ、
胸の先端を指の腹で優しく捏ね回すと、背中が強張った。
感じているのかと暫く続けたが、どうも様子が違う。
強張りはだんだんと酷くなり、唸り声まで漏れている。
(これは……、一度イかせてしまった方が良いだろうか?)
緒方はアキラの前に手を伸ばしたが、触れるかどうかのうちに
アキラはかなり悲痛な声で大きく叫んだ。
「アキラ、大丈夫か?どこが痛い?」
緒方は力を入れずに、そっとアキラを扱き始めた。
「……ぅぅ………お…きく、なりす…ぎ……て………ぅ……」
(――大きくなり過ぎて?それで中が痛いのか…?)
「じゃぁ、一回抜くぞ?少しだけ我慢して――」
「ちが……!ぅぅ………」
「ん?どうした?」
「…ボク………大きく…な、すぎて……いた、い………」


(26)
(そうか、そっちか………!)
緒方はぎゅっとアキラを握り締め、アキラは短く悲鳴を上げ
そのまま少し手を動かすと、叫びとも喘ぎともつかない声を
上げながら、緒方の手の中に精を放った。
吐き出されたそれは片手には余る程の量で、
指の隙間から次々と零れ落としながら、
緒方は何とかティッシュを手繰り寄せて拭った。
本当は飲み干すつもりでいたが、溜めたままの手を鼻先に持ってくると
随分溜まっていたのだろう、すえた濃い匂いがして
口にする気にはなれなかった。
アキラは自分で処理していないのだろうか?と下世話な心配が
一瞬、緒方の脳裏をよぎった。

アキラは弛緩して、緒方が腰に廻した手だけがアキラを支えていた。
ゆっくりと緒方が動くと、しばらくは大人しくしていたアキラは
喘ぎ始め、少しずつ嬌声が漏れ、だんだん大きくなった。
窘めようとアキラを呼ぶと、アキラは何度も緒方を呼んだ。
結局アキラは嬌声を抑えようとはせず、
途切れず呼ばれることに悪い気もしなかった緒方は
そのままアキラに呼ばれ続けていたが
それと同時に、他人のものになってしまったアキラを感じた。


(27)
遅い来る強烈な熱と、鈍く、しかし確実に存在する痛みと
その痛みが増幅されて弾けた、白い爆発の後のことは
アキラにとっては現実感がなくて、夢の中のようだった。
緒方はアキラの名を呼んでくれ、アキラが呼んだら返す言葉があり、
アキラが望めばそれに従った。

求めれば応じる、確かなぬくもり。甘い囁き。
「此処に在る事」のしあわせ―――
アキラは夢に見た幸せを、やっと感じていた。


「おがたさん、だいすき……」
脳裏に浮かんだその言葉は、声にはならずに零れ落ちた。


(28)
「おっかしいなー。やっぱ嫌われたかなー?」
深夜のアルバイトの休憩時間。
ヒカルは口をとがらせ、携帯を握りしめていた。
アキラから最後に電話が来たのは、1週間以上も前のことだ。
半端でない疲労から、アキラの声を聞きながら眠ってしまった。
既に2度、やってしまって、二度とも電話でイヤというほど叱られた。
流石に三度目はマズイだろうと思って、気を付けてはいたのに
アキラの声は低く優しくて、やっぱり眠りに誘われてしまった。
一旦電話を切ったアキラからかかって来た、その着信音で目が覚め
前のように怒鳴られるかと思って恐る恐る受けたら
アキラは、疲れているのに長々とごめん、と謝って、
もうこちらからは電話しないから、風邪を引かないよう
早く着替えてベッドで寝るようにと言うと
おやすみ、と電話を切ってしまった。
拍子抜けしたものの、本当に疲れていたヒカルはそのまま眠った。


(29)
以降、毎日のようにあったアキラからの電話は一度もない。
メールは、2〜3日して一回だけ来た。
無理をしないように、時間が出来たら何時でもいいから
電話が欲しい、という内容が、とても簡潔な文章で書かれていて
すごくよそよそしい印象を受けた。
その上、電話が一切ないのは、流石に少し気になる。
バイト中に電話を使うと、あとで色々と冷やかされるのだが、
もうそれを気にしてもいられない。
それにいつもなら、この時間でもすぐ電話を取るのだが……

「進藤君、そろそろ時間だよォー」
ヒカルははっと顔を上げた。
「あっ、はーい!今行きまーす!」
慌てて電話を切って、携帯を置きに戻った。
結局、アキラと話すことはおろか、
留守電にメッセージを残すことさえ出来なかった。


(30)
アキラが目を覚ますと、隣に緒方の場所はあったものの、姿はなかった。
ベッドを降りて、脱いであったバスローブを羽織って
リビングへ向かうと、コーヒーの香りが濃く漏れ漂っていた。
「あぁ、おはよう、アキラ君」
キッチンにいる緒方が先に声をかけてきた。
「あ、おは……」
声が思うように出ず、渇いた喉でせき込んだ。
「声が嗄れたか…まぁ、仕方ないか。それより、着替えてきなさい」
緒方の指した先、ソファの上に、昨晩洗濯機に放り込んでおいた服が
きちんとアイロンまで掛けられて、畳まれていた。
それを持って一旦寝室に向かい、着替えて戻ると
テーブルの上にはフレンチトーストが出されていた。
その他に、水と牛乳とグレープフルーツジュースと、
コンビニのサラダを茹でただけであろう温野菜も添えられている。
この部屋に調理器具があることはもちろんだが、
ここで朝食が出されることにも、またそのメニューにも驚いた。


(31)
子供の頃、一時ハマったフレンチトーストと温野菜の組合せ。
一緒にいることが多かった緒方に、作ってとねだったが
料理の経験のない緒方はそれが出来ず、結局母に教わって作っていた。
台所に立つエプロン姿の緒方は、慣れない作業に懸命だった所為か
隣に立つ母と比べると酷く不格好だった。
その後入門した芦原が、自宅の台所で慣れた手つきで
料理をするようになるまで、男性が台所に立つのは
あまり格好良くない事なんだと、アキラは固く信じていた。

「どうしたんですか?緒方さん、ここで朝ご飯なんて
 今まで一度も作ったこと、なかったじゃありませんか」
「――食事が済んだら家まで送ろう。
 それから……、塩で良かったんだよな?」
アキラの問い掛けには答えないまま、緒方は
手にしたコーヒーカップで、テーブルの上のソルトミルを指した。
――確かに、おやつで食べるときは砂糖だったし
朝食の時は塩を振って食べていた。
「はい……それじゃあ、いただきます」
マイブームが去って以来、食べていなかったフレンチトーストは
子供の頃と変わらない、懐かしい味だった。


(32)
食事が済むと、アキラが断るのも聞かず
緒方はアキラを車で家まで送った。
途中いくつかの話題は出たが、差し障りのないありきたりの話で
何も聞かれないことが、アキラには逆にありがたかった。
自宅が近くなった所で緒方に礼を言うと、緒方からは
もう二度と部屋には入れない、と、固い口調で告げられた。

門の前ぴったりに着けられた車から降りても、
緒方の車はすぐには発車せず、アキラが玄関をくぐり
鍵をかけてやっと、エンジン音が彼方に消えていった。

きちんとアイロンまでかけられた服。小さいころ好きだった朝食。
入れられても自分には出されなかったコーヒー。
刺激物を母が酷く嫌っていた、という理由で
中学に上がって初めて、碁会所でコーヒーを口にした。
そして寸分違わず門の前に着けられた車―――
もう、アキラは十分に気づいていた。
今朝の緒方に、自分は幼い子供として扱われたのだ。
本当は、そんなに子供なんかじゃない。結構うまくやっていけている。
そう思っていても、それを妨げる存在が確実にあるのも分かっていた。


(33)
アキラは靴を脱ぎ、自室へと向かう。
そう、ヒカルと一緒に居る時間が増えるにしたがって、
自分はどんどん子供になっていく。
――時計は今なお、巻き戻され続けている。
椅子の上に鞄を置き、中の携帯を探った。
携帯は、いつヒカルからのメールや電話があってもいいように
家の中でも、常に持ち歩いていた。
そして、探り当てて取りだした携帯には着信が4件。
(―――進藤!?)
慌てて携帯を開くと、着信は午前3時過ぎ、メッセージはなかった。
曜日から言っても、また着信の時間から言っても
多分間違いなく、アルバイトの休憩時間にかけてきたのだろう。
アキラは慌てて電話をしようとして、さらに慌てて思いとどまった。
まだ午前中だから、ヒカルはきっと寝ているだろう。
今日は確か、森下先生の研究会があるはずだから
午後になったらメールしておけば、帰りにでも読んでくれるだろうか。
アキラは今日の陽が落ちるのが、楽しみで仕方なくなって
あまりに浮いた気持ちを落ち着けようと、碁盤の前に座った。


(34)
森下の研究会が終わり、棋院前で和谷と別れたヒカルが
ポケットの携帯を取りだすと、諦めつつも期待していた
アキラからのメールがあった。
突然ぱったりと電話が来なくなったり、昨晩電話に出なかった理由を
変に勘ぐってしまったが、忙しくしている自分に気を使ううえに
昨日はたまたま疲れていて目が覚めなかっただけなのだろう。

自分でも何故こんなにアキラのことを気にかけてしまうのか
ヒカルには良く分かっていない。
ただ、自分にしか見せない、子供のような無邪気さや素直さが
心を捕らえて離さず、つい、甘やかしたくなってしまうのだ。
大体、どうしてアキラは自分にそんな姿を見せるのか、
その理由さえ全く見当がつかない。
だけどそれがアキラなりの信頼の証だという事は分かる。
ヒカルも、アキラにそんなふうに頼られて、悪い気はしなかった。

メールには、
 『昨日はごめん。時間が空いたら電話をくれないか』
とあり、ヒカルは迷わずアキラに電話をかけた。
今日のアキラは、いつものとおり1コールで電話を取った。


(35)
ヒカルからの電話は、研究会が早めに終わったとかで
アキラが考えていたより早くにあった。
しかも、今日の夕方のバイトがキャンセルになったから
今から遊びに来たいという。
心の中に溜まっていたいろんなもやもやが、
ヒカルのその一言で、一瞬にしてどこかへ霧散していった。
舞い上がりすぎて、歓迎する言葉がまともに繋がらないのと
荒れた喉で話す事に多少難儀したことで
ヒカルに心配させてしまったようで悪く思ったものの
久しぶりに持てる二人だけの時間が嬉しくて、嬉しすぎて
心がふわふわ済みきった空へと飛んでいってしまいそうだ。

電話を切ったアキラは、家中の窓を開け放して
篭った空気を入れ替えた。
そしてヒカルに対するほんの少しの後ろめたさから、軽く湯を浴びた。



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