54. 双子

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 『もしものお話です。
  もしも、不二周助が男と女の双子であった場合。
  あなたは、どちらを選びますか?』

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 ……そんな状況に手塚は立たされていた。

「「さあ、どうするんだい?」」
 ステレオ放送で不二(男女)は声をそろえてそう言った。
 目の前にいる二人を片方ずつじっくりと見た手塚は、不可解な光景にしゃがみ込み、頭を抱えて唸りこんだ。
 不二周助が二人いる。かたや普段の学ラン、かたやセーラー服である。身長も髪の毛も声も顔の作りも同じ。セーラー服の方は心なしか線が細い。つまりこっちが女の不二、ということだ。

「……ちょっと、待ってくれ……」
「何だい?」
「どうしたの?」

「……何故お前、分裂してるんだ……?」
 それはあまりにも根源的な問い掛けだった。

「そんな細かい事は考えちゃダメだって、手塚」
 不二(女)が手塚を見下ろしながら窘めるように言う。不二(男)の方は苦笑していた。
「気になるのは解るけど、そういう設定だから」
 『設定』ってなんだ、と手塚は聞きたかった。だが、聞いたところで目の前の現実が変わるわけでは無さそうだった。

 とにかく男の不二と女の不二、二人の不二がいて。
 自分はどっちを選ぶか自分選択を迫られている訳で。

「もちろん、女の方だよね?」
 突然、不二(女)がしゃがんだままの手塚の腕にしがみ付いて来た。柔らかい体と甘い香りは確かに普段の不二とは違う。女性特有のものだった。
「だって僕が女だったら、どこからどうみてもお似合いの普通のカップルだよ? 差別を受ける事も無いし、お養父さんやお養母さんも心から祝福してくれるだろうし……」
 不二(女)の至極まっとうな意見を、不二(男)は鼻で笑い飛ばした。
「この時代に何封建的な事言ってるんだい? 確かに日本じゃまだ認知度は低いけどね、世界的なレベルで見れば同性愛は受け入れられつつある。手塚はいずれ世界で活躍する身だし、もしもプロになった手塚がカミングアウトすれば世界の同性愛者たちを勇気付ける事が出来ると思うよ」
 む、と不二(女)は顔をしかめた。
「でも、根も葉もない噂でそれで苦しむのは手塚なんだから。世界を相手にする(予定)の手塚が、そんなスキャンダルで足を引っ張られるようなことがあると、よくないと思わない?」
「どんな困難もを乗り越えることが出来るよ、僕と手塚ならね」
「最初から困難なんて無いほうがマシじゃない?」

 二人とも一歩も譲らない。何しろ二人とももともとは同じ人間だ。決着を付けろと言うほうが無理だろう。
 眼前で繰り広げられる争いを、手塚はただ眺めているしかなかった。

「女の力じゃ結局、テニスで手塚と同じ場所にいる事は出来ないよ。部活だって試合だって男女別だ。身体能力の差はどうしようもないよ」 
「部活や試合だけが人生じゃないけど? 正式に結婚すれば皆に祝福されて一生ずっといることが出来るんだし……」
「でもライバルとして試合での興奮を与えて上げられるのは男の僕しか出来ない事だ……それに」

 ふっ、と不二(男)の目が細められた。何かよくないことを企んでいる時の目だと手塚は直感的にわかった。
「肝心な問題を忘れてるよ」
 不二(男)は余裕の笑みを浮かべた。
「夜の生活はどうするんだい」
 不二(男)言葉の意味が、手塚はすぐに解らなかった。だが、それが情事のことを指していると気付いた手塚は、とっさに大声を上げた。
「ななな……何を言い出すんだ、お前は!!」
 だが手塚の批判を二人は無視した。
「手塚だって……同じ男の身体より異性の身体の方がいいはずだよ」
「本当にそうかな?」
 不二は(女)さらに力をこめて手塚の腕に抱きついた。ふくよかな胸の感触を意識して、手塚は口を閉じた。思わず前かがみになる。そんな手塚の変化に気付かない不二(女)では無かった。
「ほら、僕に抱きつかれただけでもう反応してるし!」
「い……言うな馬鹿者!!」
 見抜かれた羞恥で手塚は不二(女)に怒鳴りつけたが、やはりそれでも二人は手塚を無視して会話を続けた。
「手塚は女体に免疫が無いだけだよ。だって男の僕としかしたことないからね。それに……」
 目を細めて不二(男)は恍惚の笑みを浮かべた。
「僕がじっくり丹精込めて開発した手塚の身体が、女相手で満足できるとは思えないな」
「……くっ……」
 目をむいた不二(女)の額に一筋の汗が流れた。どうもそれは痛いところだったらしい。
 手塚は何か激しく腑に落ちないものを感じた。
「……幾らだって方法はあるよ……性感マッサージとか、ディルドーとか……」
「そんな小手先の技術や道具でなんとかなるなんて、考えが甘いね」
 不二(女)の劣勢は傍目にも明らかだった。

「もう……止めんか、二人とも!!」
 自分の存在を無視した状態で話を進められるのに耐えられなくなった手塚が叫んだ。
「お前等、勝手に話を進めるな……!!」
 手塚が身を捻って不二(女)から逃れようとすると、不二(女)は急に真面目になって言った。

「じゃあ……手塚が決めて」

 不二(男)の方も、有無を言わさない真剣な眼差しで手塚を見た。
「そうだよ」

 急に自分に話が降りかかってきたので、手塚は戸惑った。今まで散々無視していたのにどういうことだ。
「手塚は……男の僕と、女の僕と、どっちがいいって言うの?」
 不二(女)も手塚から離れると、不二(男)の横に並んだ。
 同じ顔の二人は、同じ険しい表情で手塚を見つめている。
 二人のから無言の圧力を感じて、手塚は思わず息を呑んだ。

「俺……は……」

 手塚は悩んだ。

 不二は……自分にとって特別な存在だと思う。まず、テニスのライバルとして、不二の多彩な技術の数々は手塚の興味を引き付けてやまなかった。友人としても、(場所を考えず突然襲い掛かられる事を除けば)一緒にいて気兼ねしない存在である。堅苦しくて人付き合いの苦手な手塚にとってみれば、それは珍しい体験だった。何より世の中の物事に対する目線の高さがかなり近いという事実のおかげで、長い間共に居ても苦にはならなかった。周りから尊敬と憧れの眼差しで見られることの多かった自分に対し、不二はそのようなフィルター無しで自分を見てくれる、貴重な存在であった。
 仲間で、ライバルで、一緒にいて、下らない話をして、それだけで幸福な時間を過ごすことが出来る存在。
 手塚にとってそれが不二だった。

 不二が女生徒であれば、世間一般的な恋人になれたのかもしれないと、夢想した事もある。

 だけど、それは仮定の世界の話であって。
 現実にこうして現れたならば。
 自分は。
 結局。

「……俺は」

「……そういえば」
 ふと、不二(女)は手塚の結論を遮るタイミングで声を出した。何かに気付いたように目をぱちくりさせている。そして、ぽんと、一回、手のひらを合わせた。
「どっちを選んだとしても……手塚が受だってことには変わりないんだよね」
 不二(男)は、不二(女)言葉に一瞬驚いたようだったが、すぐに同意した。
「……確かにね」
 二人は顔を見合わせると、意気投合の笑みを浮かべた。

 そんな二人のやり取りに、結論を出そうとしていた手塚は目を見開いた。
 全身に悪寒がぞっと走る。

「じゃあ3Pって事で」
「それなら手塚に選んでもらう必要もないしね」

「……ーーー!!!」

 二人の不二は固く腕を組んだ。
 交渉成立の瞬間だった。

「あのな! いい加減に、俺の話も……、ッ!?」
 手塚の抗議の声も空しく、不二(男)は手塚の右手、不二(女)は左手をとって、引きずるようにしながら歩き出した。当然手塚は必死で抵抗した。
「は……離せ!」
「何言ってるんだい、両手に花じゃないか、手塚」
「今夜はうーんと楽しもうね」
「お、おまえ……ら……な……っ!」
 鏡に映したようなそっくりな笑顔に両側を囲まれた手塚は、対照的に、顔面蒼白になっていた。


分裂してたら双子とは言わないような気が。まあいいか。
女体不二相手でも攻になれないうちの塚……だって不二塚だし……(あくまで主張)。

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