2月3日の放課後、不二は皆より少し早く部室に着いた。
まだ誰も来ていないかな、と思いながらノブを捻る。
だが錠は開いていた。
(……?)
少し不思議に思ったが、大方一年生にして副部長の手塚でも先に来ているのだろうと思ってとくに気に止めなかった。
だがその瞬間、部室の中から漏れ聞こえた声に背筋が凍った。
「ぶちょ……こんな大きいの……むり……」
「………………!!!」
声の主を理解するのに時間はかからなかった。間違いなく手塚だ。
だが普段の冷静沈着な彼からは考えられないほど、妙に甘い涙声だった。
思わず息を呑んだ。
声は更に続いてわずかに開いたドアの隙間から漏れてくる。
「大丈夫ですよ……さあ、口を大きく開いて……そうでないと、咥えられませんよ……?」
「…………………………!!!!!!!」
もう一人の声の主もすぐに解った。引退したはずの元部長、大和だ。
手塚が先ほど「部長」、と呼んだのは現部長ではなく旧部長のことだったらしい。手塚は今でも時々間違えて大和のことを「部長」と呼んでしまうクセがある。
となると、今、部室の中には手塚と大和が二人っきりでいる、と。
そういうことになる。
「しゃべっちゃ駄目ですよ……ちゃんと黒くて太いの、お口いっぱいに頬張ってくださいね……」
「むぅ……ッ」
「せっかくの僕の……ものなんですから……」
「ん……」
「そう……両手でちゃんと支えて、奥まで……」
時々言葉が聞こえなくなるが、だいたいの状況の予想はついた。
不二の脳裏が一瞬、真っ白になった。
ちょっと待てよおい。
この台詞。
もしかして。
ていうかあの変態部長のことだから、もしかしなくとも。
この間約0.5秒。
瞬時にして不二の脳裏に手塚のあられもない姿とそれを思う存分陵辱している大和の姿が思い浮かんだ。
潤んだ瞳の手塚が口を大きく開けて怒張した大和のものを頬張っている。
(あ、あの色欲の権化め……!!!)
思わず頭に血が上った。
「……って何やってるんですか!!!」
怒りの余り不二はドアを足で蹴飛ばして開けた。
勢いよく開いたドアの方を部室内にいた驚いたように二人は向いた。案の定、室内に居たのは手塚と元部長・大和だった。椅子に座っている手塚の前に大和が膝立ちになっている。
「貴方、手塚になんて……こと……って……」
「……あれ? 不二君?」
「…………」
「……って……?」
手塚は不二の方をきょとんとしながら見ていた。
何に不二が激昂しているのか解っていない様だった。
だが手塚は何も言わなかった。
それもそのはず、口の中に切り分けていない巻き寿司を丸々一本頬張っているせいである。
両手で掴んで、無理やり食べようとしているせいで、わずかに顔が赤くてしんどそうだった。
「な、なに……」
不二は言葉を失った。
巻き寿司、だって?
「……何って、節分ですから。太巻き作ってきたんですよ」
大和は飄々と何食わぬ顔で答えた。
「ふ……太巻き?」
「ええ、恵方に向かって丸々一本太巻きを食べると、その一年健康に暮らせるんですよ。ちなみに今年の恵方は東北東です」
手塚も口をもぐもぐさせながら首を力一杯縦に振った。
まだ食べている途中らしい。口にものをいれた状態で話さないのはさすが手塚というべきか。
「関西地方中心に行われている風習だから知らなくても仕方ないかもしれませんね。もともと明治時代から始まったものらしいですが大阪の海苔組合が大きく宣伝を始めたことで全国的に広まりつつあるそうです。まあ、バレンタインとかと同じ販売拡大戦略の一環といえばそーなんですが……」
大和の薀蓄を不二は聞き流していた。
まあ、そりゃ、確かに黒くて太いかもしれないが。
口を一杯に開けないと咥えられないかもしれないが。
しかし。
……しかし。
何も言えなくなって大和の方を見ると、大和はにやにやと薄笑いを浮かべていた。
(この人……)
ぎろり、と目に力をこめて睨みつけたが、大和は全然動じなかった。
解っていて、楽しんでいる。
手塚の反応も、自分の反応も。
間違いない。
「……どーしたんですか? 部室で太巻き食べるのに、何か問題でも?」
「くっ……」
「問題ありませんよねえ? 太巻き食べてるだけですもんねえ?」
不二はぐっと拳を握り締めて、暴れだしたい気持ちを抑えた。
あの台詞と行動は十二分にセクハラだと言えるが、セクハラは相手……この場合は手塚……がそうだと感じない限り問題にならない。
「……す、すまん……」
ようやく太巻きを口から外した手塚が、申し訳無さそうに頭を下げた。
「部室で、食事をするのは禁止だと言うのに……しかし、こういう、年中行事は大切にしなければ……」
「い、いや……手塚、そーじゃなくてね……」
やっぱり手塚は大和と(そして手塚自身の)問題発言にさっぱり気付いていないようだった。
自分ひとりでから回っているのが空しくなってきた。
「手塚君は悪くありませんよ。スミレちゃんに怒られたら僕が謝りますから。それより、太巻きたくさん用意してきましたから、どんどん食べてくださいね」
大和が手塚を宥めにかかった頃、ちょうど、菊丸その他一、二年部員達がぞろぞろとやってきた。
「あー! 大和元部長ー!! え? なに? 何かあるの?」
「ああ、菊丸君。節分なので太巻き用意してきたんですよ〜」
「ええっうそっマジ!? 食べていーの?」
「今日は特別ですー。皆さん今年の幸運を祈って食べてくださいねー」
「やったー!!!」
大和がそう言ったせいで、差し出した太巻きに健康優良児な部員たちは群がった。
さすがに食べる気がしなかったので、不二は部員達を離れたところから眺めていた。
それに大和はこっそり近づいた。
「……不二君も太巻き、どうです?」
「……結構です」
「そうですか。残念ですね」
大和は少し考え込んで、続けてこう提案した。
「……なんなら後から別の太巻きでもいいですよ?」
「結構です!!!!」
不二は速攻否定した。
間違いなく確信犯な大和の演技にまんまと引っかかった自分を不二は呪った。
心の底から呪った。
卒論口答試問からの現実逃避にテンパった頭で考えてたネタ。
だって大学の近くの神社がさ……なんだか節分で異様に混んでて……バスも一杯で……今日大変だったんですよ……
絶対どこかやってるとは思いつつ日記でこっそり書こうかと思ってたら長くなってきたので独立して100題に……アホ話で申し訳ない。
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