一ヶ月遅れでクリスマス(……)

「手塚はさ、サンタクロースの存在って信じてた?」
「……?」
 目の前にいる不二の突然の問いかけに、手塚は訝しげな顔をした。

 ★★★

 ここは街中のとある喫茶店。オーガニック素材を使用したパンやケーキと紅茶で最近女性に評判の高い店である。
 冬休みも数日が過ぎたある日、午前中の練習が終わった後、手塚は不二に連れられてこの店にやってきた。「美味しいお店見つけたんだけど、一緒に行かない?」と。外食はあまり好まない手塚だが、不二が今まで勧めてくれた店は手塚の嗜好とピッタリ一致していた。そのような経験上、今回の不二の誘いも素直に受け取った。不二はいつも以上にはしゃいだ様子で手塚をこの店まで案内してきた。
 確かに、その店は内装といい味といい店員の態度といい、うるさい手塚の好みを満たしていたのだが、一つだけ問題があった。

 ……他の客が見渡す限りカップルばかりなのだ。

 男子中学生二人連れなど他にはいない。だから先ほどから落ち着かないことこの上ない。不二は全く気にしていないようだが、カップル特有の甘い空気に包まれた店内の居心地は決してよいものではなかった。

 そんな居た堪れない思いを抱えていたところ、不二から冒頭の質問がやってきた。あまりの脈絡の無さに顔をしかめる。不二はテーブルに両手で頬杖をついてにこにこと微笑んでいる。いつもにまして機嫌がいい。怖いぐらいだ。一体何のつもりだろう、と思って答えずにいると、再び不二が口を開いた。苦笑交じりにこう言う。

「というか君、サンタクロースって知ってる? 聞いたことある?」
「……失礼な」

 馬鹿にされた事に気付いて、手塚は声を低くした。いくら自分だってサンタクロースぐらい知っている。
「クリスマスに子供にプレゼントを配る赤い服を来た老人のことだろう。トナカイの牽くそりに乗った。西洋の伝説上の人物だ」
「うーん、……そういう答え方する辺りが、クリスマスと縁遠そうだよね」
 不二の言葉に反論できずに手塚は黙り込んだ。確かに、手塚家にクリスマスという年中行事は存在しない。

「お待たせしました」
 ウェイトレスが注文した品を運んできた。机に並べられた品の中に、注文した覚えの無いケーキが二皿並んでいる。茶色のクリームが塗られたロールケーキ……ブッシュ・ド・ノエルというものだ。表面に白い雪のようにホワイトチョコレートがまぶしてあり、赤と緑のリボンで飾られたベルが飾りとして乗せられている。
「すみませんが……これは、注文していないのでは」
「それは本日、イブと言う事で常連のお客様にサービスしております」
「……?」
 ウェイトレスは笑顔を浮かべてそう言うと、隣の席へと移った。

 手塚は目の前のケーキと不二の顔を交互に見た。
「まさか、今日はクリスマスイブ……なのか?」
「……ひょっとして、今まで気付いてなかったの?」
 不二が紅茶のカップを持ち上げる。
「……本気で?」

 まじまじと見つめられて手塚は思わず下を向いた。言われてみれば街の浮つきようやイルミネーションの多さ、店内のカップルの多さ、そして不二の問いかけといい、クリスマスだと思えば何の不思議も無い。毎年クリスマスとは縁の無い生活を送っているため全く気付かなかったのだ。不覚だった。
 わずかに顔を上げると、笑っているかと思った不二は、少し寂しげだった。予想外の反応だった。

「……なんだ、解っててOKしてくれた訳じゃないんだ」
「何がだ?」
「今日のデート」
「……!!!」

 不二の意図しているところが解って、手塚は反射的に席を立ちかけた。だがこの場所で余り目立ちたくない。叫びだしそうになる声を抑えながら言う。
「……お前は、そんな事しか考えていないのか……」
 部室で手塚に声をかけたときから、不二はデートのつもりだったのだ。だから素直に受け入れた手塚に対して今日は物凄く機嫌が良かったのだろう。
「だって、クリスマスなんだもん。そーゆーもんじゃない」
 不二が口を尖らせながらそう言う。手塚から視線を逸らして窓の外を見ている。機嫌を損ねさせてしまったようだ。

 お互い何も言わないまま、食事は進んだ。

 ★★★

「……すまなかった」
 食事がおわって、手塚は謝罪の言葉を口にした。自分に責任はないような気もするが、あまり不二を怒らせたままにしておくと後が恐い。とりあえず自分が非を認めてしまった方がてっとり早い。
「ま、君らしいと言えば君らしいんだけどさ……期待した僕が馬鹿だっただけだし」
 不二は諦めたような口調で呟いた。その言い方に引っかかるものを感じたが、あえて手塚は何も言わなかった。
 小さく溜息をついた不二は、ようやく普段の笑顔になった。

「……で、さっきの質問だけど。手塚、サンタクロースの存在って信じてた?」
 一体どういう答えを期待しているのか解らないが、とりあえず答えておく手塚だった。「……そもそも、うちはクリスマスだからと言って特別な事はした事が無い」
「あ、やっぱり」

 手塚の祖父がそのような西洋かぶれしたものは好まないのだ。だからクリスマスにパーティのような事をした記憶もない。当然ツリーを飾ったことも、プレゼントをもらったこともない。いたって普段と変わらない。

「そういえば、一度だけ、父がプレゼントを買ってきたな……」

 小学校に入る前の話だ。周りの子供がクリスマスのパーティやプレゼントで盛り上がっている中、一人だけその話題に入れない息子を不憫に思ったのか、父親がプレゼントを買ってきてくれたのだ。だが、生まれて今までクリスマスプレゼントと言うものをもらった事の無かった手塚は、突然渡されたプレゼントの意味が解らなかった。驚いてこれは一体何か、何故意味もなくこのようなものをもらう必要があるのかと父を問い詰めた。

「……っく」
 そんな手塚の事情を聞いた不二は、口を手で覆うと机に突っ伏して笑い始めた。声こそあげまいと努力しているようだが肩がひくひくと震えている。そんな不二を見て手塚は眉を寄せた。そこまで必至に我慢されるぐらいならいっそ大笑いされた方がましだと思った。声のトーンを落として話し掛ける。
「……何がおかしい」
「……っ……い、いや……すごく君らしいと思って……」
「……そうか」
「ご、ごめ……笑ったりして悪かったよ……くく」

 悪かったといっている割には不二の口元はまだ綻んでいる。目元にうっすらと涙すら浮かんでいるようだ。
 そこまで面白がるような話だっただろうか、と手塚は自問した。
「はは……おじさんの困った顔が目に浮かぶようだよ……」
 確かにそうだろう、と手塚は自分でもそう思っている。父は間違い無く自分を気遣ってくれていたというのに、対する自分の反応といったら子どもらしくない事この上ない。苦い顔でクリスマスにプレゼントを渡す習慣について説明してくれた父の顔は今でも覚えている。

「……素晴らしいエピソードをありがとう、手塚」
 笑い終わってすっきりした顔で不二は言った。手塚は釈然としない思いだった。
「悪かったな」
「……誉めてるんだけど」
「誉められている気がしない」
 いつもの仏頂面ますますしかめる手塚だったが、不二は気にせず会話を進めた。

「じゃあ、君、サンタの存在なんて信じるも信じないもないんだね」
「……そういうことになるな」
 そういうお前はどうなんだ、と手塚は返した。不二は僅かに目を細くした。

「どうだったかな……物心ついた時には父親だって知ってたよ」
「……?……」
 やや塞ぎこんだ様子の不二に、手塚は疑問を抱いた。

「そもそもさ、ほら、うち、父さんあんまり家にいないんだけど……クリスマスだけは絶対に帰ってきてくれて、家族でパーティしてたんだよね。母さんと姉さんもここぞと言わんばかりに張り切って準備してたし。……で、盛り上がって、次の日の朝、目が覚めたら枕元の靴下の中にはプレゼントが……っていう筋書き通りのクリスマスだし」
「……そうか」
「プレゼントがその時に父さんが行ってた外国の製品なんだよね。だからなんとなくわかっちゃったっていうか……もっとも裕太は結構信じてたみたいだけど」
「…………」
 今度はヤケに饒舌に語る不二に、やはりほんの少し、違和感を感じた。
「でもさ、家族全員がそろうのってクリスマスだけだったから、……楽しみだったんだけど」

 『だったんだけど』。不二は、過去形で語った。

 不二家の家庭状況については手塚も聞き及んでいる。父親は外資系企業に勤めているので日本にいる事はめったにないのだと言う。そして弟の裕太も現在は寮住まいで家にはいない。現在、あの家に暮らしているのは不二と母親と姉の三人だけだ。
「……ならば今日は、家族で過ごすのか?」
「いや、……父さん、今年はどうしても仕事が空けられないみたいで。父さんが戻ってこないから裕太も多分帰ってこないだろうし。姉さんも今年は一人身じゃないみたいだし」
「……寂しいな、それは」
「……仕方ないけどね。君のところも何もないでしょ?」
「そうだな」
「じゃあ仲間だね、今年は」
「……ああ」

 口元だけで軽く笑った不二は、手塚のほうへ身を乗り出してきた。
 視線を合わせて挑発するような目つきになる。

「寂しい者同士、仲良くしよっか」
「……どういう意味だ?」
「やだなー、とぼけちゃって」

 不二の手が手塚の顎にすいと伸びた。

 すかさず顔と顔が重なる。間近で視線を合わせられて、射竦められたように手塚は動けなくなった。

「……っ」

 不二は、手塚の唇の端をペロリと舐めた。

「……クリーム付いてたよ?」

「………………」
 手塚は口を拭った。先ほど食べたブッシュ・ド・ノエルのクリームだろう。そう気付いてほんの少し顔が赤くなる。
「お前な……っ!」

 びしっと厳しく注意しようと思ったが、ここが公衆の面前であることを思い出し、手塚は必至で心を落ち着けた。

「……こ、ここを何処だと思っているんだ」
「クリーム付けてる手塚が悪いんじゃない」
「なら口で言えばいいはずだ」
「誰も見てないって。それに変じゃないよ今日クリスマスだし」
「十分おかしいだろう!」
「もー手塚ってば頭固いんだから」

 それはおまえが柔らかすぎるんだと言葉には出さず手塚は思った。クリスマスだからといって学ランの中学生男子二人が喫茶店でキスなどして許されるものだろうか。……いや、許されまい。

 居た堪れなさに耐え切れなくなって思わず手塚は立ち上がった。
「……食事が終わったのならば帰るぞ」
「じゃあ次は何処行こうか?」
「帰るんだ!!」

 自分の分の代金を机の上に置くと手塚は席を立とうとしたが、不二が慌てて引き止めた。服の裾を必至で引っ張っている。

「ちょ……ちょっと、待って」
 不二は手塚を真剣な目で見上げた。
「ごめん、調子に乗ってた」
 手塚は不信の目で不二を見下ろした。
「さっきのは謝るから、……一緒にいて欲しい」
「………………」
「お願い」

 不意に、手塚は先ほど感じた違和感の正体に気付いた。
 あの饒舌さも妙な話題も全部ニセモノでしかない。
 不二の本音は、
 ……寂しがっているのだ。

「仕方ないな」
 手塚は嫌々そうに席に戻った。不二もようやく姿勢を正した。

「……ありがと」
 不二は少しだけ笑った。

 ★★★

「今更だけどね、サンタの存在、信じてみようかと思ってるんだ」
 再び突然話題を吹き返した不二に、手塚はまたもや訝しげな視線を向けた。
「……どうしてだ?」
「お願いしてたら、ちゃんとクリスマスプレゼントくれたから」
「……?」
 手塚の方を見つめながら、不二はにこにこと笑っていた。


 旧暦イブだからクリスマスネタだと言い張る悲しい私。
 すいません……ラブくてすみません……あまあま神様まだ降臨中……

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