The Spring of Life

 春も終わりの頃ともなると、朝6時半前という早朝でもだいぶ暖かくなっている。
 太陽もまぶしく天気も良好。今日は絶好の練習日よりになりそうだった。

 そんな中、青学男子テニス部部長と副部長の二人は、部室で会話中だった。

「……どうして、大石を練習試合に連れて行ったんだ?」
「え?」
 部室でカップラーメンをすすっていた大和は、不思議そうに副部長・隠岐を見上げた。
「もぐももぐもももも?(何の話ですか?)」
 上手く聞き取れない言葉に、隠岐は唇の端を怒りで吊り上げた。
「……口にモノを入れて話すんじゃねえ。……ていうか、いい加減突っ込んでいいか」
「もぐ?(はい?)」
「さっきから何食ってるんだお前」
 約束の6時15分ギリギリに部室に駆け込んできた大和は、どういう訳か手にコンビニの袋と『用務員室』と書かれたポットを持っていた。隠岐が呆れている間に手際よくカップラーメンをこしらえた。
 どの辺りに突っ込めばいいのか判断しかねたので、とりあえず放置して様子を見ることに決めたのだが。
 さすがに限界だった。
「部室は飲食禁止だろうが!!」
 ようやく麺を飲み込んで、大和は浮かれた口調で答えた。
「あ、これですか? ようやく突っ込んでくれましたねえ……。某コンビニ新商品の名店の味シリーズ・激ウマこってり濃厚豚骨ラーメンです。いやあ、一ヶ月限定発売なんでなかなか見つからなかったんですけどようやく今日の朝手に入れました……。あの豚骨スープのコクをどう再現するかが決め手ですがなかなかいい仕事してますねえ……」
 嬉しそうにラーメンの感想を語る大和に、隠岐は頭の血が沸騰しそうになっているのを感じた。
「じゃ、なくてだな……どーして朝練前にお前は部室でんなもん食ってるんだ!? もう一度言うが部室は飲食禁止だぞ!?」
 幸いにして部室にはまだ誰もいない。先日の練習試合の結果や今後の予定など二人で話さなければならない事があったから普段の朝練開始時刻より早めに集める事にしたからだ。
 今にもキレて机をひっくり返しそうになっている隠岐に対し、大和は飄々としたままだった。
「僕の朝御飯なんですよー。隠岐君がいきなり6時過ぎに学校に来いとか言うから今日作ってる余裕なかったんです。硬い事言わないでくださいよ君だっておととい朝御飯代わりにカロリーメイト食べてたじゃないですか……」
「即席麺と栄養機能食品じゃ次元が違うだろ次元が!! 食うなら簡単な朝飯らしいもんにしろ!! つーかだな、まずそもそも、ラーメン食い始めた時に突っ込んで欲しそうにちらちら俺の方を伺うのは止めろ!! 俺だってお前の奇行に付き合う余裕はねーんだ!!!」
「でもちゃんと付き合ってくれたじゃないですかー」
「だからそれを期待するなって言ってるんだ!! ああくそ、なんかいつだってそうやって俺がお前の思い通りになると思ってるんじゃねえだろうなあ畜生!!」
 隠岐の激昂は聞き流しながら、大和はスープを啜ると、箸を置いた。
「ごちそうさまでした〜」
「とにかく部員来る前にちゃんと片付けろよな!?」
「解ってますよ」

 ゴミとポットを持って一度部室を出て行く大和を、隠岐は溜息混じりに見ながら肩を落とした。
 朝からどっと精神力を使い果たした気分だった。

          :*:・。,☆゚'・:*:・。,★,。・:*:・゚'☆,。・:*:

 ようやく話は本題に戻る。
「だから、……どうして、大石を練習試合に連れて行ったんだ?」
 先日の練習試合にはまだ入部して間もない一年生も二人参加していた。手塚と大石だ。
「まあ、二年後は多分あの二人が部長と副部長になるでしょうし」
 手塚は才能といいカリスマ性といい一年の中では群を抜いている。彼ならば間違いなく青学テニス部を率いることが出来るだろう。そして、手塚を支える人材としては今のところ一番仲のいい大石が適任だと大和と顧問の竜崎は考えている。
「早めにいろいろと知ってもらったほうがいいかな、ってスミレちゃんと話してたんですけど。隠岐君も納得したじゃないですか」
「そりゃな。でもな、今、大石が何て言われてるか知ってるか?」
 手塚に関してはその実力が一年にして部内最強ということもあり、文句はあからさまには出なかった。
 だが、その手塚といつも一緒にいる大石まで練習試合に連れて行かれたことで、部内では……特に一年生にいろいろと不満が燻っているようだった。手塚の友人と言うだけで実力も無いのに練習試合にくっついていったように見えるらしい。才能溢れる手塚へのやっかみが、大石に集中しているのかもしれない。
 曰く、「大石は手塚の金魚のフンだ」と。
「手塚はまあ、一度騒ぎがあったし、もともと影で何言われたって本気で気にするタイプじゃないだろう。他人が文句を言えなくなるだけの実力も持ってるしな。だが……」
「……でも、大石君はそうじゃない、と?」
 隠岐の言葉を先取りする形で大和は言った。隠岐は真剣な顔で肯いた。
「大石も陰口でへこたれるほど芯の弱いヤツじゃないとは思うが……ただ、もしも自分のせいで部内の雰囲気が悪くなるようだったら、自分から身を引こうとするんじゃねえか?」
 才能ゆえに孤立しがちな手塚と部内で最初に仲良くなったのは大石だった。手塚の退部騒動の時だって部に手塚を引きとめたのは半分以上大石の功績だ。
 今だって、大石は他の一年と手塚の仲立ちのような位置にいることが多い。……それが大石を手塚の代の副部長にと推薦する理由でもある。
 だが、大石まで一年生達からの風当たりが悪くなると、一年の中で手塚と大石だけが孤立することになるだろう。
 そうなることを一番望んでいないのは気配り屋である大石のはずだ。
「なるほど」
 大和は腕を組みながら、納得したと言うように首を大きく縦に振った。
「大石に余計な気苦労かけさせるなら、次からは贔屓に見える真似は控えた方が……」
「……でもですね、集団の上に立つってことは、そう言う気苦労を引き受けるってことでしょう?」
「…………まあ、な」
 ふと、大和が真剣な眼差しになったので、隠岐は口を噤んだ。
「大石君が副部長になるなら、多分今以上にもっと気苦労するはずです。……それは実際に副部長やってる隠岐君が一番身に染みてると思いますけど」
「………………」
 そう言われると隠岐には返す言葉がなかった。
「部をまとめるだけじゃなく、副部長である重圧にも耐えなきゃならない。青学の副部長に相応しいだけの腕前も身につけなきゃならない。……もしも部長が手塚君なら尚更でしょう。……そういうの早めに意識して欲しくて、大石君も連れて行くことにしたんです」
 だが、隠岐はまだ何か引っかかるものがあった。
「……将来的にはそれでいいだろうが……だが、今の大石にそこまで背負わせるのは酷じゃねえか? 実際、大石のヤツが、どれぐらいのモンなのかまだわからねえ訳だし……。センスや才能で見るなら不二の方が間違いなく上だろう」
「不二君ですか」
 その名を呼ぶ大和の声が微妙に変化した。微妙すぎて何故変化したのかはよく解らなかったが。
 不二は一年の中では間違いなく手塚に継いでずば抜けた才能の持ち主だ。手塚と不二の二人が知名度と言う点でも実力でも今年の一年では突出していた。
「大石じゃなくて、あいつを連れて行ったら一年も何も文句言わなかっただろう。不二ぐらいなら手塚の金魚のフン扱いはされないはずだ」
「そーでしょうけどね……ただ、彼入部したのも遅かったですし。それに将来のこと考えると、ぶっちゃければ不二君って副部長向きじゃありませんから……」
「あー……うん、確かにな……」
 大和の分析に隠岐は納得した。不二は大人しいし笑みを絶やさない生徒で、人付き合いは決して悪くはない。入部が遅かった割にはしっかり部内に溶け込んでいる。だが、どうもそれは面倒を避けるために全て周りにあわせているだけで、本心はもっと別のところにあるような気がしてならない。
「だが今は、実力の話だ。大石が金魚のフンじゃないって納得させるだけの実力を持ってるかどうかだ」
「……それに関しては、心配要りませんよ」
「?」

 妙に自身ありげな大和の言葉に隠岐が首を傾げた瞬間、部室のドアをノックする音が聞こえた。
「おはようございます!」
 はきはきと元気な声で部室に入ってきたのは、噂になっていた一年生張本人だった。
「早いんですね、部長も副部長も……!」
 走ってきたのか肩を上下させている。服装は体操服だ。
 隠岐は目を見開いて、その一年生を凝視した。
「おお、おはようさん大石……って、まだ朝練が始まるまで30分ぐらいあるぞ」
「はい、自主練しようと思って……」
「自主練?」
「はい、基礎体力ぐらいは早く手塚君に追いつきたいですから」
 大石はそう答えると、ロッカーに鞄を入れた。
「それじゃ、先にコートに出てますね」
 失礼します、とペコリと頭を下げて、大石は再び部室から出て行った。
 その様子を、隠岐は驚きの眼差しで見つめていた。
 大和がにやりとしながら言う。
「ね、……心配ない感じでしょう? 実際、コントロールに関してはかなりのものです」
「……なるほどな」
 大石の出て行った扉の方を見ながら、隠岐は微笑んだ。
 あれだけ練習熱心なら、すぐに伸びるだろうと思った。

 大和は大石の出て行ったドアの方を見ながら言った。
「……不二君が駄目だった理由はもう一つあります。不二君、シングルスでしょう? 対して大石君はダブルス向きなんですよ」
「ああ……言われて見れば」
 隠岐は思わず声を大きくした。大石の視野の広さといい他人のサポートにまわる性格といい、確かにダブルス向きだ。
「シングルスは手塚君中心で、ダブルスは大石君中心。そういうつもりで二人を選んだんですけど」
「……そういうことか」
 隠岐は素直に感心した。二年先まで見越した上で部を運営してる大和は正直よくやっていると思う。だが先を見ているだけでなく、今現在の部内についてもおろそかにはしていない。時折……ごくたまに、誉め称えそうになる。
 だが、口に出して伝えると調子に乗るので絶対に本人の前では言わない事にしているが。
「……じゃあそう一年に伝えろよ。今のままじゃ大石が不憫だぜ」
「でも僕達が言ったら逆効果な気がするんですよ」
 それでは結局、先輩の大石贔屓だと取られてしまうだけかもしれない。そうなれば泥沼だ。
「……一番簡単なのは、大石君のがんばりを一年生が知ることですけど」
「じゃあ、一年生に軽く試合形式でやらせてみるのはどうだ? 時期的にもそろそろいいかもしれないしな」
「そうですね」
 隠岐の提案に大和も賛成した。
「ただ、手塚や不二相手だとまだ厳しいだろうなあ……」
 隠岐はそう言いながら、机の上の部員名簿を手に取った。一年生のページをぺらぺらと捲る。さすがにあの二人にまだ大石が勝てるとは思えない。
「一年生達の中でそれなりに強いって認められていて、目立ってる生徒がいいんですけど……」
「お、じゃあこいつなんかどうだ?」
 そう言って隠岐は、一人の生徒のページで手を止めた。
「菊丸君ですか。なるほど、面白い試合になりそうですね」
 大きな瞳と鼻に貼られたばんそうこうが特徴的な一年生だ。いつも明るくはしゃいでいて、ムードメーカーというイメージがある。天性の運動神経のよさがあって手先も器用、技術の飲み込みも早く、一年の中では頭一つ分リードしている印象だ。体力にまだまだ不安があるのと気分屋で腕にムラっ気があるのが今後の課題だが、それを差し引いてもなかなか面白い選手になりそうだと期待できる。
 地味な努力家の大石と比べると、天才肌で派手な目立つ生徒だ。だが、持ち前の明るさと積極性のおかげで同年代だけでなく上級生とも打ち解けている。
「多分一ヶ月前なら、菊丸君が勝ってたと思いますけど……大石君がどれぐらい頑張ってるか、見極めるいい機会ですね」
「よし、そういう段取りしとくぞ」
 隠岐がファイルを閉じたと同時に、現レギュラー陣がぞろぞろとやってきた。
 何時の間にか、朝練が始まる時間になっていた。

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 数日後、大石と菊丸は試合をすることになり、菊丸は大石に惨敗する。
 大石の陰なる努力を知った菊丸は、そのことをきっかけとしてダブルスを組むことになる。黄金ペア誕生の瞬間だが、これはまた別の話。
 また、大石の実力が示され、菊丸と大石が急接近した事で、大石が手塚の「金魚のフン」呼ばわりされることも目立たなくなった。
 テニス部一年生は平穏を取り戻しつつあった。

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「ふーじー!!!」
 大声で名前を呼ばれて、不二はいつもの笑顔で振り返った。
 声の主は、すでに馴染みとなった相手だった。
「どうしたの、菊丸君」
 顔中に元気を漲らせて、菊丸は大きなバッグを抱えながら不二のもとに走り寄ってきた。入部が他の一年よりやや遅かった不二に、まず声をかけてきたのはこの菊丸だった。クラスも隣接しているし、体育の時間も同じだし、不二にとってはテニス部の中では一番仲のいい友人だと言える。人懐こい性格で誰からも好かれる菊丸を不二は最初のうちはウザイと思っていた事もある。あまりベタベタした友人関係は好きではないのだ。だが、実のところ菊丸はそういう面での気の遣い方には長けていた。人との心の距離の取り方が上手いので、そのうち懐かれていても気にならなくなっていた不二だった。
「あー、英二でいいよん。『君』もいらないから! 俺も不二のこと周助って呼ぼうかな。あ、でも、フジとエージでそっちの方がゴロがいい感じだし……」
「じゃあ、英二」
 英二は猫のような顔をにんまりと微笑ませた。
「うん! 不二も今から部活? 一緒に行こう!」
「そうだね」
 二人で並んで歩き出す。話し始めるのはいつだって菊丸の方だった。
「昨日、丘の上のコンテナでさ、大石と会ったんだ〜」
 大石、の名前を聞いて、不二は顔には出さずに悩んだ。手塚と仲のいい一年生だと思い出すまでに少し時間がかかった。
 不二としてみればはっきり言って手塚以外の一年生などほとんど眼中にない。もともと、入部を渋っていたテニス部に入ったのだって手塚がきっかけだったのだ。ただし菊丸とは仲良くなったので別だ。河村も割と良く話すので仲がいいほうだ。乾なんかも話した回数自体は少ないがいろいろと面白い存在だと思う。だが、大石とはあまり話したことがなかったのでよく解らなかった。クラスも遠いしつながりは特に無い。手塚と妙に親しい事しか記憶に無い。
 そう、不二が想いを寄せている手塚と、大石は極めて仲がいい。
 この前だって何故か一緒に練習試合に連れて行ってもらっている。実力から考えれば、間違いなく自分のはずなのに。ここで先輩に文句を言うと面倒くさい事になりそうだから気にしていないフリをしているが、恨みは大きい。
「そういえば菊丸君……じゃなくて、英二、大石君と試合して負けてたよね」
「そーなんだよ〜! 俺、絶対勝てると思ってたのに、大石すっごい強くなっててさ〜!! はっきり言っちゃえば手塚にくっついてるだけだと思ってたのに、あーすげーショックだった〜」
「……そういう割には全然ショックじゃないみたいだけど」
 妙に機嫌のいい菊丸に、不二はやや呆れながら言った。菊丸は一年生の間ではそれなりに才能のある方だと不二は認めている。だがその分、負けず嫌いでもある。手塚に引っ付いているだけの大石に負けたのならかなりショックを受けていてもおかしくないはずだろうに。
「そーなんだよね! だから、昨日、大石に会ったんだってば。おーいし、練習終わってからも一人で練習してるんだぜ〜! それって強くなるはずだよなー!! すげーよな〜!! かっこいいよな〜!!」
「……そうなんだ〜」
 興奮している菊丸に上手くあわせながら、不二は適当に流しておいた。別に大石が一人で練習してようとなんだろうとどうだっていい。
「俺絶対、大石に負けたくないと思って、だから、ダブルス申し込んだ!」
「……へえ……。え? ダブルス?」
 突然の菊丸の言葉に、不二は思わず菊丸のほうを見た。どうしていきなりダブルスの話になるのだ。
「これからは大石とダブルスで頑張るんだ〜! えへへ〜」
「いやちょっと、えへへていうか……」
 不二のツッコミに菊丸は答えなかった。今にもスキップでも始めそうな菊丸の頬はほんのりと赤い。
「二人でダブルスして、いつか大石に勝つんだ!! 楽しみだな〜〜!!」
 盛り上がりまくってる菊丸を不二は冷めた瞳で見つめた。
 ……それって何か間違ってないか。
 ていうかむしろ。
「英二……」
 不二は浮かれている菊丸に何か言いたかった。だが楽しそうな菊丸に水をさすのは野暮だと思って言葉を飲み込んだ。本人の自覚も無いようだし。
 とりあえずあの大石の何処がよいのか不二には解らないが、菊丸は大石とダブルスを組むつもりらしい。

(……待てよ)
 大石と菊丸がダブルスの練習で仲良くなるにつれて、当然、手塚は大石から離れる事になる。
(それってチャンスかも……)
 今は大石と手塚、菊丸と不二が暗黙のうちにセットになっているが、それを書き換えるチャンスだと考えた。
 
 そのためには、菊丸と大石が上手くいくように応援する必要がある。

「そっか、英二、ダブルスにするんだ。応援するよ」
「うん! 俺もシングルスの不二、応援するからな!!」
 不二の企みには気付かず、菊丸はがっしりと不二の手を握った。

終わる?


終わってないよーな……。
原作の大石手塚の金魚のフン発言や黄金ダブルス結成秘話を見て、どーしても大和の影がちらついてちらついて……
ていうかカップラーメン啜ってる大和が書きたかっただけかも……相変わらず捏造三昧……。
ぶっちゃけると立ち読みしかしてないので原作と違ってたらすみません。ていうかそんな状態で書くなって感じですが。
もしかしたら続くかも、です。いや要するに不二とエージが手塚と大石の仲引き裂こうと画策する話なんだけど(笑)。

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