be in love

 ランニングの掛け声が窓の外から聞こえてくる。
 威勢よく校内に響くその声は、青学テニス部内の団結の高さを物語っていた。
 部員たちの声がよく聞こえてくる部室内では、部長と副部長が今後の部活について話し合っていた。

「手塚のことがあった時はどーなるかと思ってたけど、今年はなかなかいい感じになりそうだぞ」

 テニス部副部長・隠岐は弾んだ声で言った。短く切りそろえた髪と程よく日に焼けた肌、見るからに体育会系といった生徒だった。体つきはすでに青年と呼んでも差し支えないほど成長しているが、顔だけはまだ少年のあどけなさを多く残している。大きな目を輝かせながら、今の部員たちの様子を語っていた。

「むしろ手塚が起爆剤になってくれたみたいだな。皆の士気も高まってる。いい傾向だ」
「……そう……ですね」

 答えたのは、隠岐とは全く正反対の容姿の持ち主だった。身長は隠岐と同程度だが、ひょろりと身長だけ伸びてしまったような、モヤシのような印象の体格だった。よく見れば身体はそれなりに鍛えてはあるのだが、骨ばって痩せ型の上猫背なので体育会系の部活に所属しているとはあまり思えない。顔はぶっちゃければまず中学生だと思えない。伸ばすままに伸ばした前髪、余り意味のないヘアバンド、どうして学校側が許可しているのか解らない丸サングラス、極めつけは顎の無精髭。見るからに胡散臭い風体だが、それでも一応、テニス部の部長である。名前を大和と言った。

「で、次のランキング戦の組み合わせなんだが……」
「…………」
 隠岐の問いかけに、大和は答えなかった。机に肘をつき、組んだ腕に顎を乗せるような格好で、どこか一点を眺めながら真剣な表情をしている。これみよがしに大きく溜息までついている。
 それがあまりに珍しい光景だったので、隠岐は一瞬、我が目を疑った。思わず目を擦って自分の見たものを確認する。こんな真面目な大和には年に一回お目にかかれるかどうかだった。

「……どうしたんだ、一体。悪いモンでも食ったのか」
 心配して声をかけると、大和は溜息混じりに話し始めた。

「隠岐君……実は」

 そこで間を置く。
 普段の昼行灯ぶりからは想像もつかない真面目さに、隠岐はごくりと息を飲んだ。

「相談があるんですが」
「……相談? お前が?」
「はい」

 隠岐と大和の付き合いは一年の時からだが、相談と言えばテストのためのノートのコピーだの購買のパンだのそういう下らないことしかない。隠岐は今回も冗談だと思ってはぐらかそうとしたが、大和は至って真剣だった。
「実は、最近……」
 その真剣さに呑まれて、隠岐もちょっと真面目な顔をした。部活のことだとしたら確かに冗談ではすまない。

「……誰かに狙われてるような気がするんです」

 大和の口から出てきた思いがけない言葉に、隠岐は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「はあ?」

 狙われてる、だと?

「……なんだ? 何に? なんでお前が?」
「それはわかりませんけど……だって……時々物凄く恐い視線感じるんですよ〜」
「ええい泣きつくな! うっとおしい!!」

 しがみ付いてきた大和を、隠岐は力いっぱい引き剥がした。ちょっと本気に受け止めようとした自分が馬鹿だと思った。また、いつもの大和のくだらない冗談に違いないのだ。振り回されて迷惑を被るのはいつも自分だと言うのに。
「それはただの被害妄想だ! 以上!」
 その一言で切って捨てられた大和は、部室の床に倒れこんだ。
「お、隠岐君……冷たい……」
「嘘泣きは止めろ。てめえがやっても気持ち悪いだけだ。とっとと部活に行くぞ」
 そのまま顔を隠して泣き崩れる真似をする大和に、隠岐は冷たい言葉を浴びせた。
 さっさと部室から出て行こうとする隠岐を呼び止めるように、大和は言った。
「で、ですが……その視線……部活中によく感じるんですよ……」
 その言葉を聞いて隠岐は立ち止まった。真剣な顔で大和の方を見る。テニス部の問題となると話は大和個人の問題ではなくなる。

 それでなくとも、今年はすでに一騒動起きた後だ。部内にまだ穏やかならぬ雰囲気が残っていてもおかしくはない。
 何しろ、二、三年生の誰よりも強い一年生が入部してきたのだ。

 大和は見た目こそどこにでもいそうな変質者だったが中身は立派な部長だった。都大会を前にして、部の雰囲気が悪くなるような事態は極力避けたいのだ。事前に手を打っておけるならばそれに越したことはない。

「テニス部内部で、お前に不満を持っているヤツか……」
「……手塚君のことがありましたからねえ。」
 くだんの一年生・手塚の退部騒動は大和が丸く納めたが、もう現部員の誰よりも強い一年生を快く思わない二、三年生は存在しないとは言い切れない。
 だが、手塚を巡る騒動は、このことで一応落ち着いたはずだった。ここのところは手塚に対する不満をあらわすものはいない。表立っていないだけかもしれないが。
「今ごろ手塚のことでお前を恨んでる、って言うのも変かもなあ……」
 それならば、手塚を巡る騒動のすぐ後にでも起きたはずだ。入部すぐの手塚に負けた二、三年はその敗北を活力源にして練習に明け暮れている。手塚も部に馴染んだ今、再びその問題が蒸し返されるとは思い辛い。
 隠岐は頭をひねった。
「案外別のことかもしれないな……何か……お前個人が何かやらかした覚えとかはないんだな?」
 大和は首を横に振った。
 だが隠岐は追求した。
「本っっっ当に、何もやってないのか? 着替え覗いたり足や腕触ったり下着盗んだり……」
「……隠岐君……僕のことなんだと思ってるんです」
「……とにかく覚えはないんだな?」
「そっち方面では特に」
 『特に』という言い方が微妙に気になったが、隠岐は話を続けることを選んだ。
「ま、そのうさんくさい格好に拒否反応示すヤツもいるだろーしなあ……特に慣れてない一年はキツイんじゃねーか?」
「うさんくさい?」
 大和はきょとんとした表情を浮かべた。
「……何処が?」
 何処を指して言われているのか解らない、といった様子で小首をかしげる。そんな様子の大和を見た副部長は思わず一瞬真顔になって沈黙した。
 少し間をおいて大きく溜息をつく。
「……とりあえず……」
 地を這うような低い声で、怒りを押さえながら告げた。
「いい加減髭は毎日剃って来いって昨日も言ったよな……? 何度言ったら解るんだ……?」
 その滲み出る怒りを感じたのか、大和はちょっと身を引きながら答えた。
「……い、嫌だなー隠岐君ってばそんなに怒っちゃって……」
 隠岐は立ち上がり、両手で机を叩いた。
「てめえのせいで風紀に文句言われるのはもううんざりなんだよ! 解ったか!?」
「は、はい……」
 身を小さくしながら、大和はそう答えざるを得なかった。

 そんな部長と副部長のやり取りに、割り込むものが現れた。
 部室のドアがゆっくりと開き、人影が中に入ってくる。
「失礼します。あの……」
 テニス部一年生、不二周助だった。例の騒動の後に入ってきた、一年生の中でも新顔だ。小柄な上、まだ幼さを十分に残した容姿は中性的だが、その才能はテニス部の面々も認めるものとなっている。手塚の影に隠れている部分はあるが、それでも今後の青学テニス部にとっては貴重な才能となるだろう。
 ともすれば女生徒と間違えそうな端正な顔に笑みを浮かべて、不二はペコリと御辞儀をすると要件を伝えた。
「お話中すみません。河村君が、今日は朝から風邪でお休みなんで。連絡に来ました」
 突然の事だったので、大和は対応に遅れた。
「……あ、はい。えっと……一年の河村君ですよね。解りました」
「それじゃ、失礼します」
「わざわざ、ありがとうございました」
「いいえ」
 そう言うと不二はもう一度頭を下げた。

 穏やかな様子で去っていった後輩を見ながら、隠岐は呟いた。
「……上級生じゃなくて、一年生っていう可能性はどうだ?」
「え?」
「お前や……オレが、手塚ばかりを構いすぎるからさ。そのつもりはなくてもどうしても手塚のプレイには目が行ってしまうしよ……それで、不満持ってる一年生がいるのかもしれない」
「……手塚君を、妬んでるってことですか」
 隠岐は静かに首を縦に振った。
「さっきの……とかよ」
 そう言って、隠岐は一年生が出て行ったドアの方を伺った。大和もそっちに目をやった。
 二人の間に、しばし、沈黙が訪れた。

        ☆★☆★☆

 本日のレギュラーのメニューはダブルスの強化だった。自分の番が回ってくるまでは暇である。大和はフェンスにもたれながらぼんやりと練習風景を眺めていた。
 コートの端で一人で柔軟をしている一年生がふと、視界に入った。長めの黒い髪が日に透けて茶色がかっている。地面に腰を下ろして足を伸ばしながら前屈に取り組んでいる。たかが柔軟と言えどもその様子は熱心そのもので、白い額に汗の玉が浮いている事すら気にならないようだった。噂の一年生、手塚である。
「て……」
 そう言いかけて、隠岐の言葉を思い出した。
(手塚に構いすぎるから)
 一瞬、腕を止めたが、だがそのことを試してみるよい機会かもしれないと考えた。そして手塚に向かっていく。
「手塚君」
「ぶ……部長!」
 声をかけると、手塚は上擦った声で応じた。その様子に大和は優しく微笑んだ。
「柔軟手伝いましょうか? 一人だと大変でしょう?」
「あ……は、はい、お願いします!」
 大和は膝を伸ばして座っている手塚の後ろに回ると、その小さな背中をぐいっと押した。手塚の体がしなる。だが、他の一年部員たちと比べると弱冠柔らかさを感じない。
「手塚君、身体は案外硬めですよねえ……」
「す、すみません……」
 手塚が物凄く申し訳無さそうに謝ったので、大和は苦笑した。
「謝る事じゃありませんよ。これから、柔軟頑張りましょうね」
「はい……!」
 目を輝かせる手塚を、大和は満足げに眺めていた。手塚はこれからの青学テニス部を支えていくための大事な存在だ。彼とそして後輩達のために、出来るだけよい状態で部を残してやりたい。

 そんな微笑ましいやりとりの最中。

 不意に、背中に刺すような視線を感じた。

(……!?)

 慌てて振り向いたが、それと思われる人物は解らなかった。
 ただ、体操服姿の一年生が何人か散らばっているだけだ。

(…………)

「……部長? どうかしましたか?」
 手塚の不思議そうな声で、大和はようやく我に返った。
「ああ、……いえ、何でもありませんよ」
 心配させないように手塚にそう答えた時、コートから名前を呼ぶ声がした。
「部長〜! 順番ですよ〜!!」
「おっと……じゃ、行って来ますね」
「が、頑張ってください!」
「手塚君もね」

 それだけの、ほんの短いやり取りだった。
 だが、確かに視線の主は存在した。

        ☆★☆★☆

 その後何回か、同じようなことが続いた。視線の主の狙いは大和単品の時もあったが、ほとんどが手塚に関わる時のものだった。だが、誰のものか意識しようとするとすぐに消えてしまう。
 部内の雰囲気は都大会に向けて盛り上がる一方だった。
 だがそれだけに、この勢いを殺ぎ落としていまいかねない危険には早めに対処しておく必要がある。

(可能性としては……)
 数日後の放課後、練習終了後。部室に一人残りながら、大和は自分と手塚に対する視線について考えていた。
 部員名簿をぱらぱらと捲りながら、大和の脳裏に浮かんだのは、やはり例の小柄な一年生だった。

 不二周助。

 テニスにおける小学校時代の成績は他の部員に比べれば桁違いだった。もっとも、手塚には劣っているのだが。一度ジュニア大会の決勝で手塚とは直接対決をしているらしい。結果は6−4で手塚の勝利だったと記録にはある。
 そういえば、不二が入部してきた時も一騒動あったのだ。入部直後に手塚と試合をしたのだと言う。あの時は竜崎先生も出張で自分も所用で部活に遅れ、副部長の隠岐が勝手に「どっちが強いのか知りたかったし、おもしろそうだったから」と試合を許可したらしいのだが。
 その時も不二は手塚に負けている。

(……かなり、意識しているのは間違い無いですね)
 ライバルとして。

 だが、自分より才能を持つ相手に対する気持ちがすぐに負のものに変わることを大和は知っている。手塚を巡る一連の騒動がその典型だと言っていい。
 もしも、不二が手塚のあのずば抜けた才能に嫉妬しているのだとしたら。
 この成績を見るに、おそらく小学校時代は天才だの神童だの誉めそやされてきたに違いない。しかし、そんな彼が、同年齢の人間にテニスで始めて負けてそのプライドをずたずたにされた……。所詮自分の想像でしかないことは十分に承知しているが、そう馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばせる内容でもないように思えた。
 覚えのある気持ちだったからだ。
「…………」
 一つ、大きく溜息をつく。
 自分の気持ちはとにかく、問題は不二である。中学一年生とは思えない落ち着いた笑顔や穏やかな態度、そして容姿の繊細さに巧みに隠されて入るが、あれが全て仮面だとしたら。誰にでも笑顔を向けることが出来る、というのは、赤ん坊が動いているものならば何でも微笑むという反応と同じとも言える。裏を返せば、誰も特別ではないという意味とすら取れる。
 ……何にしろ、不二をただ大人しいだけの一年生とは思わないほうがよさそうだ。

 とは言っても、下手に事を荒立たせて退部させてもいいような人材ではない。青学のために……何よりも、手塚の率いる未来の青学のためには欠かせない人材である。手塚にしても不二にしても、同じ年齢で、同じ学校であれだけ打てる相手と毎日競い合えるのはお互いの成長のために良い事だろう。タイプが全く違うこともお互いいい刺激になるはずだ。現に手塚にはそう働いている。不二が入ってくるまで部内には左手の手塚とまともに戦えるものがいなかったのだ。……部長の自分でさえも。
 不二との試合の時、手塚は利き手の左手を使っていた。そうでなければ勝てない相手だと判断したからだ。
 今まで先輩相手には一度も使わなかった左手を。

 ふと手を止め、首を横に何回か振って脳に浮かんだ考えを追い払うようにすると、大和は隣に置いていた紙パックのジュースを手に取った。そしてどかりと椅子の背にもたれかかる。椅子が斜めになり前の足二本が宙に浮く。後ろ足二本でうまくバランスをとりながら、部室の灰色がかった天井を見上げた。

 『大人になると天井が見えるようになる』と。
 何かの漫画で読んだそんな台詞が脳裏に浮かんだ。
(……大人ですかねえ)
 部室の暗い照明と自分のサングラスのせいで、天井はぼんやりと霞んでしか見えなかった。
 すでに中身を飲みきった紙パックを啜ったまま、大和はしばらくぼんやりと宙を仰いでいた。

        ☆★☆★☆

 不二と直接二人きりで話す機会は思ったよりも早く訪れた。数日後のことである。ボール当番で遅くなった不二が大和一人だけの部室に体側服姿のまま戻ってきた。
「……僕が最後ですか。すみません、遅くなっちゃって」
「そうですね。そろそろ帰らないと危険でしょう。早めにお願いしますね」
「はい」
 もう日は暮れかかっている。不二は素直に少し頭を下げると、大急ぎで着替えにかかった。

 部室には他に誰もいない。今なら多少込み入った話をしても大丈夫だろう。そう判断した大和は思い切って話を切り出した。
「ところで、少しお話したいんですけど」
「はい? 何ですか?」
 不二は上半身を覆う半そでを脱いだところで、着替えていた手を止めた。
「ああ、つまらない話ですからそのままで結構ですよ。着替え、続けてください」
「……解りました」
 釈然としないような表情で、着替えを続ける不二に、大和は率直に問い掛けた。

「手塚君のこと、どう思ってます?」
「どう……って」
 不二は大和のほうを向くと、よく解らない、と言った様子で可愛らしく首を捻った。
「正直な気持ちで構いませんよ」
 にっこりと、大和は微笑んだ。相手の気持ちをほぐすつもりで。

 だが不二はふっと表情を固くした。大和から目を逸らして下を向く。
「それは……牽制のつもりですか? それとも余裕ですか?」
 不二の口から漏れた声は、先ほどまでと同一人物かと思うほど冷たいものだった。
「……不二君?」
 不二の体からみるみるうちに先ほどまでまとっていた後輩らしい愛らしさが消えていく。顔を上げて大和の方を見据える不二の視線は鋭く、相手を威圧するだけの迫力に満ちていた。
(……つまり、こっちが本性ってコト……ですか)

「それじゃ貴方はどう思ってるんですか、手塚君のこと。やけに可愛がってるみたいですけど」

 不二の言葉には妙な棘があった。
 その棘をはぐらかすように、大和はことさら軽い調子で言った。

「そりゃあ大切ですよ。手塚君は大事な『柱』なんですから」
「……青学のため、ですか? それとも部長自身のためですか?」
「それは……さて、どっちでしょうねえ? どう思います?」
「……茶化さないで下さい」
「そう言えば、まだ君の答えを聞いてませんけど。それを教えてくれたら答えてあげますよ」
 はぐらかそうとした大和に、不二は苛立ったようだった。声を荒立てる。

「貴方がやってるのは、部長の権限を利用して手塚を縛り付ける行為です。それでなくてもあんなにベタベタして。そういうの、恥ずかしくないんですか?」
「……僕が縛り付けてる訳じゃありませんよ。それに部長として部員とのコミュニケーションは必須です……」

 おや、と大和は思っていた。どうも二人の会話には微妙なずれがある。

「いい加減にしてください……」

 不二は、手塚に構う自分に冷たい視線を送っていた。
 それは、手塚に嫉妬していたのではなく、「手塚に構う大和」に嫉妬していたからだとすると。
 もしかしたら。

「部長も手塚が好きだから、いつも手塚にあれだけ構ってるくせに……」
「僕……『も』?」
「ッつ!!!!」
 思わず口走った自分の失言に、不二ははっと目を見開いて両手で口を抑えた。

 その瞬間、大和の中で全ての謎が氷解した。
「……不二君……もしかして、手塚君のことが……」

 そこまで言った時、不二の顔が急に真っ赤になった。

 それが不二の本心だった。

 大和はそんな不二を見て、うっかり吹き出した。
 後ろを向き、壁に手をつきながら声をこらえて笑う。

「わ……笑わないでください!!」
 だが、大和はこみ上げてくる笑いを抑えきれなかった。失礼だという自覚はあったが我慢できなかった。そう考えればいろいろな事態に納得がいくが、だが恋愛感情とはあまりにも予想外だったのだ。真面目に心配していた自分が馬鹿馬鹿しくなった。

「あー、くくく……なるほど……だから、今まで……」
「う……ほっといてください……!」

 天才と呼び声高い彼が、先輩の厭味もいじめも笑顔で受け流してきた彼が。笑顔の下に冷たい本性を隠し持っていたはずの彼が。
 こんなことで顔を赤くしてうろたえている。

「いや……すみません……でも……あー……僕のこと恋敵だと思ってたんですね……ハハハ」
「そ、そーじゃなくて! ……部長たる立場を利用して、一人の後輩に特別に構うなんて……」
 不二は言い訳をするが、すでに遅かった。バレバレである。大和はなんとか不二を宥めるように言った。
「あ、安心してください……手塚君は大切な後輩で、それ以上でもそれ以下でもありませんから……影ながら応援しますよ、あはは……」
 それは大和の本心である。手塚への感情は甘い恋愛感情とはほど遠い。
 だが、腹を抱えながら笑い混じりに言っても説得力はない。
「だから……!」

 不二は抵抗するのを諦めたように、一瞬口をぐっと噤んだ。

「……僕が誰を好きでも、それは僕の自由でしょう!?」
「そ、それはそのとおりです、ごめんなさい……くっ……くく……」
「そこまでウケなくてもいいでしょう!? 失礼です!!」

 他人に自分の恋心を見抜かれてしまったのが恥ずかしくてたまらないらしい。
 幼い肩をいからせて不二が叫ぶ。
 その様子は、まるで毛を逆立てて必死に相手を威嚇している子猫のようだった。

 大和はそれを見て、素直にこう思った。

 ……なんて可愛らしいのだろう。

        ☆★☆★☆

「隠岐君、また相談なんですが」
「……この前の話か?」
「あ、それは解決しましたから」
 あっさり流されて、隠岐は拍子抜けした。ここ数日に何かあったのだろうか。だがまあ解決したのならそれでよいだろう。
「……そーか」
「で、別の相談なんですが」
 大和の真剣な表情に再び釣られる隠岐だった。基本的にお人よしなのだ。

 窓の外のどこか遠くを眺めながら、大和は呟いた。
「恋に落ちたかもしれません」

「……はあ?」
 何を言われたのか一瞬隠岐は理解できなかった。
 だが解った瞬間、顔を思いっきり歪めた。
 力一杯机を叩く。
「知るか!」
「でもその相手には、もう好きな人がいるんですが、どうすればいいでしょう?」
「だから知るかってんだ!!!」
「隠岐君片思いに関しては百戦錬磨じゃないですか。先輩として是非アドバイスを……。この前だって吹奏楽部のホルンの子に告白して見事玉砕したんでしょ?」
 痛いところを突かれた隠岐は我を忘れて大声で叫んだ。
「だあああ!! ななな何でお前がそのこと知ってるんだ!!!???」
「あはは〜。僕の情報収集能力なめないで下さいね」
 その時のことを思い出して泣きそうになり、顔を見せまいと隠岐は後ろを向いた。
「……ほ……ほほほっとけ!!」
「じゃあアドバイス下さい、ね? 何せ見事10連敗達成ですもんね〜」
 更に思い出したくない事を突かれた隠岐は、鬼気迫る表情で大和の方を向いた。
 そして飛び掛る。
「知ーるーかー!!! 死んでしまえお前なんてー!!」
 大和の首元を掴んで隠岐は力いっぱい揺すった。
「わああ隠岐君ギブギブ……ちょ、ちょっとほんとに……苦し……」
 隠岐の攻撃から逃れようとして、大和はバランスを崩した。
「……うわっ……」
「うおっ?!」
 椅子からすべり落ちた大和に隠岐も吊られた。そのまま二人して縺れながら床に転がり落ちた。

「失礼します」
 ドアを開けて部室内に入ってきた不二は、床にて絡み合う部長と副部長の姿を目の当たりにした。
 だがとりあえず何も見なかったことにしたのか、それ以上何も言わずに自分の鞄に向かった。
 二人は慌てて立ち上がりながら、気まずそうに服の埃を払った。大和がおずおずと不二に声をかける。
「えっと……不二君?」
「忘れ物を取りに来ただけです」
 不二は二人の方は見ずに答えた。
 特に大和のほうを。
「あ、あのな、これはだな……」
「大丈夫ですよ」
 弁解しようとした隠岐に対し、不二は微笑んだ。優しげに、普段通りの人当たりのよい笑顔で。
 だが、どこかピリピリした空気を隠し持ちながら。
「どうせ部長がくだらない事でも言ったんで、副部長が掴みかかったら床に落ちた……ってところでしょう? 馬鹿げた心配してませんから、安心してください」
「そ、そうか……いやそのとおりなんだが……」
 その言葉に隠岐は安心したと言うよりむしろ恐くなった。確かにそのとおりだが、そんな一部始終見ていたかのような言い方が出来るとはどういうことだ。それに、一つ一つの言葉の刺々しさ。
 重い空気の中、大和がそれを吹き飛ばすかのように殊更軽い口調で言った。
「いやー、不二君にまた思わぬ誤解されちゃったかと思いましたよ〜」
 大和の言葉に、不二の笑顔が引きつった。誰が見ても解るぐらいに。
 声のトーンを一段階低くして不二は言った。
「誤解して欲しかったんですか?」
「そんなことありませんよ」
 不二は何か言いたげに口を開きかけたが、押し留まったようだった。
「練習に戻ります。失礼しました」
 それだけ早口でさっと言うと、ことさら丁寧にお辞儀して、部室から出て行った。

「……不二ってさ、あーゆーキャラだったっけ……?」
 不思議そうに隠岐は首を捻った。不二の笑顔の奥に秘められた敵意は隠岐にも伝わっていた。普段、相手が誰であっても当たりのいい不二を見ていただけに今日の毒々しさはまるで別人のようだった。
 特に大和に対して。
 隠岐がいたからなんとか普段の自分を保とうとしていたようだったが、大和に対する敵意は隠しようがなかった。……まあ、あれぐらい剥き出しにされていると不安よりもむしろ解りやすくて安心した気分になる。特に不二に関しては今まで本心が読めなかっただけに、こっちの方がやりやすい。
 大和はちょっと得意げに隠岐の質問に答えた。
「そうみたいですよ。可愛いもんでしょう?」
 のほほんと言う大和に、隠岐は白い目を向けた。
「つかお前、何かあっただろ?」
「べっつに〜」
「解決したっていったい何があったんだ!?」
「それは秘密ですよ」

        ☆★☆★☆

 そんな訳で。
 青学テニス部は今日も平和だった。


捏造もいい加減にしとけよ、ってな話ですが。どうもすみません。
……ストーリーの都合上勝手に副部長まで捏造……隠岐君については古代地名繋がりで。

……しかし大和受けくさいな。それもまた萌え。
中三不二×高二大和の復讐編とか。(中三不二+塚)×高二大和の3Pとか。

作中に出てきた漫画ってのは言わずもがなのマンキンですが。
ミッキー大好き……ってやっぱり変態親父萌え属性なのか……

→戻る

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!