――もうすぐ、暑い夏が来る。

 The sky's the limit.
*不二VS橘後日談ネタ。細部間違ってたらすみません……


「どうだった? 橘の試合は」

 放課後、練習直前。
 コートに入ろうとしていた不二を呼び止めたのは乾だった。

「……なかなか収穫はあったよ」

 微笑んでそう答える。
 昨日、不二が不動峰の橘に試合を挑みにいったことを指されているのは明白だった。
 何故乾がそのことを知っているかと言えば、もともと、橘の住所のデータは乾から聞き出したものだからだ。

「やっぱり彼は全国区だよ」
「……なるほど、やはり切原との試合は本調子じゃなかったということか……」

 乾は手持ちのノートを開くとそこにすばやく何か書き込んだ。
 ……確かに、いくら立海大エースの切原とはいえ、九州二強と称された橘があれだけ一方的に負けるなんてことは考えにくい。
 そう思ったからこそ、不二は腕試しの相手に橘を選んだ。

 立ち話にしては長くなりそうだったので、二人はコートに入ってベンチに腰掛けた。
 まだ大石も竜崎もいない。きた部員からまばらにアップを始めているぐらいだ。

「正直なところ、珍しいな、と思ってな。不二がそういう血の気の多い行動をするのは……」
「ふーん……」
 不二は少し目を細めた。
「なんだ、結局橘のデータじゃなくて僕のデータの方が狙いってわけ?」
「……まあ、そういうことだ」
 自分のたくらみを乾は素直に認めた。

「そもそも切原との試合からして、不二はちょっとおかしかったからな……」
「おかしい、って……僕が負けたら後につなげないからね、部員の一員として真面目に頑張っただけだよ……」
「いやはっきり言ってそれがおかしい。あんな真剣な不二なんてデータにない。『部員の一員』『真面目に』『頑張る』なんて二年と少しの付き合いだが見たことがない」
「……随分ないいぐさだね……」
 さすがにちょっと腹が立った。
 しかし自分にも否定しきれないところがある。
 だが乾は不二の笑顔が怖くなっていることにも気付かず、話を進めた。
「そして橘との試合だ。何か心境の変化があったことは間違いない。……それに」
 そこで仰々しく一息区切る。

「何か全国に向けて、秘策も考えてるんだろう?」

 不二は少し驚いた。
 そう乾が繰り出してくるのは意外だった。

 だが、顔には余裕を保ったまま切り返した。
「……もし考えていたとしても、正直に教えると思う?」
「いや、聞こうが聞かなかろうがどうせ自分からは教えてはくれないだろ? なら当たって砕けた方がまだ可能性は高いかと推測した」
 少し威張った様子で言う乾に、不二は少し肩をすくめた。
「……つか、君も人のこと言えないと思うんだけど」
 だが乾は首を傾げただけだった。
 自覚がないのかもしれない、と不二は思った。基本的に乾は感情とか理性ではかりきれないものには鈍感だ。
 立海との決勝戦……柳との、因縁のダブルスペアとの対戦のあと、乾も確かに何かが変わった、と不二には思われるのだが。

「秘策ね……まあ、多少は」
 乾の正直さ加減に敬意を称して、不二はそう答えた。
 全国レベルにおいてトリプルカウンターは通用しないことは橘との戦いで解った。
 むしろ、それを確認するための試合だったとも言える。
「…………ん?」
 その答えに乾は固まった。
「……い、いま、まさか『秘策がある』と言ったのか? 認めたのか?」
「……そうだけど」
 うろたえたような乾のリアクションが正直よく解らなかった。
 素直に聞かれたから、素直に教えてやったというのに。
「い、いや……まさか本当に認めるとは思わなくてな……白鯨すらギリギリまで手塚以外に披露しなかったおまえが……それは貴重な情報だ……」
 そして慌ててノートにメモを取り出した。
 なんだかいちいち馬鹿にされているような気がしたが、天然に対して怒ってもしかたないと思って自分をいさめる不二だった。

「……だが、不二」
 ふと、乾はペンを止めた。
「今度は何?」
「……切原との試合はハプニング続きだったとはいえ……おまえは前半、少なくともあの切原を……立海大付属のエースを圧倒してたんだぞ。わざわざ橘を相手にしなくとも、それだけで十分におまえに全国レベルの力量はあるということじゃないのか?」
 真剣な声だった。
「…………そう、かな」
 自分には、とても、そうは思えなかった。

「それを言うなら乾だって。あの柳と接戦の上勝ってるんだから……」
「…………いや、そんなことは……」
 先ほどの自分と同じように、乾も否定する。

「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」

 しばらく、二人の間に重い沈黙が立ち込める。

「……そうだな」
「……そういうことだね」

 なんとなく、お互いの間に暗黙の了解があった。
「あの試合を見て、奮い立たなければ先輩として恥ずかしいな」
「……まだまだだよ。本当に。彼じゃないけど」

 二人とも、考えていたのは同じ試合だった。
 立海戦シングルス1。越前VS真田――。
 生意気な青学ルーキーは、あの皇帝さえうち倒した。
 限界の見えない成長を見せて。

 その姿に焚き付けられないわけがない。

「……ま、俺たちの場合、もっと身近に全国レベルのヤツがいたわけだがな」
「…………そうだね」

 全国では戻ってくるはずの彼の隣に並んだ時に。
 恥ずかしくない自分でいたい。
 その気持ちを一番よく理解しているのは、ナンバー2とナンバー3の自分達なのだと思う。

「おーい、全員集合ー!」

 大石の声が聞こえて、二人は我に返った。

「お……。また後で詳しい話を聞かせてくれ。……橘のことも」
「うん、了解」
 先に立ち上がった乾が歩き出す。

 不二はまだ座ったまま、ゆっくりと顔を上げた。

 夏の真っ青な空は限りなく高い。
 吹き抜ける風も熱気をはらんでいる。

 ……同じ風をたぶん彼も同じ空の下で感じている。

「……ね、乾」
 呼び止められて、乾はようやく立ち上がった不二の方を振り返った。

「……面白くなりそうだね。全国。楽しみだよ」
 そう言って微笑んだ。

 この夏は、まだまだこれから。

「ああ」
 乾もそれに答えた。

 これから、限りなく暑くなる。


……そんなわけで思いついたら書いとけな感じのネタでした。全国直前。今しか書けない感じの。
勢いが大事……。
思いつきだけなのでまあその……雑な話ですみません……不二乾……ですが乾不二に見えるよ。
塚が帰ってこないから浮気してるよー!

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