Monochrome
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「時々、世界がモノクロに見える」 うつ伏して、枕を抱きかかえるようにしながら、不二はそうつぶやいた。 部屋の光源はベッドサイドのスタンドだけだ。 「そんなことって、ない?」 囁く様な声で問いかける。 「……それは、目の病気じゃないのか」 いかにも手塚らしい答えに、苦笑するしかなかった。こういう類の鈍感さは彼の欠点ではあるが。 「どういう意味だ」 機嫌の悪そうな声が返ってきた。怒らせたらしい。 「多分ね、病気なのは目じゃないんだよ」 枕に顔を押し付けるようにして、瞳を閉じる。 「どっちかというと、アタマの方だと思う」 瞳を開く。 その肩にそっと指を伸ばした。 指が触れた指先から、体温が伝わってくる。その心地よい熱を共有したくて、身体をさらに寄せた。 「……っ。離れろ……」 非難の声は無視して、不二は話を切り出した。 「そもそも『色』っていうのは感覚の産物だから」 手塚はわずかに戸惑ったようだった。突然の話題のせいか、それとも肌と肌を密着させているからか、理由はわからないが。だがその動揺ぶりは肌を通して伝わってくる。 「見る、って行為は、目の前の物体そのものを見ているわけじゃないだろ?」 物体が反射した光が目に入って、網膜に像を結び、それが電気信号になって脳まで届く。 「例えばりんごが赤く見えるのも、りんごが実際『赤い』という訳じゃない。僕たちがそう認識しているだけだ」 認識は、脳内の産物に過ぎない。 「実際さ、動物と人間じゃ視界の色彩がまったく違うらしいしね……。それに同じ人間でも、言語が違うと同じ色でも違う言い方になるでしょ」 だから。 「――本当は、世界に『色』なんて存在しない」 もしかしたら。 饒舌に語る不二に対し、手塚はしばらく黙っていた。 「……確かに、そう、言えるかもしれないが」 納得したようなしてないような声。理屈は理解できても、すぐに受け入れられる話ではなかったようだ。 「だが、大多数の人間が同じように認識しているのだから、色の存在は真実になるのではないか?」 手塚は再び黙り込んだ。考え込んでいる様子だった。 「深く考えなくていいよ、議論したいわけじゃないんだ。つまんない話しちゃったね、ごめん」 モノクロームの、世界。 色も温度も、そこには存在しない。 「だけどね」 手塚の身体から少しだけ頭を離す。 「っつ……!」 突然の痛みに驚いて、手塚は飛び起きた。 「いきなり何をするんだ、お前は!」 上半身を半分起こし拳を握り締めて怒っている手塚の顔を、不二は横になったまま見上げた。 手塚の胸元には、自分が付けた赤い痕が疎らに散らばっている。 大丈夫。 ちゃんと、見えている。 「何がおかしい?」 まだ怒気を帯びている手塚の声で、不二は我に返った。 「ごめんね」 宥めるように手塚の手をとって、自分のもとに引き寄せた。 「……君だけは大丈夫なんだよね」 いまだ解ってなさそうな手塚を両腕で抱きしめて。 「手塚だけはちゃんと綺麗に見えてるんだよ、いつも」 「……っ……」 不二が何を言いたいのか、手塚はようやく理解したらしい。頬がわずかに朱に染まる。 「……お前な……」 俯いて手塚は黙り込んだ。照れているのか不二の腕から逃れようと身体を捩るが、簡単に逃す不二ではなかった。背骨に沿って撫で上げると、腕の中の体が強張るのが解った。 「……ね、もう一回……していい?」 未だ下を向いたままの手塚に口付けて、無理やり答えを引き出した。 この白黒の世界で END ps |