手塚九州行き記念(……)

 手塚は一人、九州へ旅立った。
 青い空に吸い込まれていく飛行機を見つめながら、不二は、おもむろに携帯を取り出した。
 短縮ダイヤルを押す。

「……もしもし? ……ああ、周助だけど。……うん、手塚は行ったよ……じゃあ予定通り、よろしく」

 それだけ告げると通話を切り、颯爽と歩き出した。

          ☆★☆★☆★☆

 宮崎まで、飛行機を使えば半日足らずしかかからない。
 その日の夜には、手塚は青春学園大学付属病院に到着していた。

 病院は空港からタクシーで約10分ほどの市街地にあった。市の中心からは離れているが、自然に囲まれた環境のよさがここのセールスポイントだった。内装も落ち着いていて、病院全体の雰囲気もいい。近くには温泉もあるらしい。ここならば肩のリハビリに専念できるだろう。
 自分に割り当てられた個室は、広々とした作りになっており、病院特有の監獄っぽさを感じさせなかった。

(……早く治さなければな)

 荷物をおろし、ベッドに仰向けに横たわりながら、手塚はそう考えた。肩にゆっくりと手を当てて瞳を閉じる。今は痛みはないが、無理をすれば今度こそ選手生命の終わりだと先ほど医者にはそう告げられた。

 試合の時は無我夢中だった。肩のことなど気にしていなかったが、数日経って冷静になると、不安が押し寄せてきた。

 もう、テニスが出来ない。
 そう考えるだけで、背筋を恐怖が駆け抜ける。テニスの無い自分など、考えられない。

「く……」

 落ち着け、と心の中で自分に言い聞かせる。まだ大丈夫だ。治療に専念すれば必ず完治する。そのために今、青学テニス部にとって大事な時期であるこの時期にわざわざ九州までやってきたのだから。

 大丈夫だ。

 送り出してくれたレギュラーの面々の顔が脳裏浮かぶ。
 「全国への切符を必ず手に入れておくから」
 そう言ってくれた彼らのためにも、必ず戻らなくてはならない。
 恐怖心に押し潰されている場合ではない。

(……そうだな)
 そのときドアをノックする音が聞こえた。

「手塚君、検温の時間ですよ〜」
「あ……はい」

 看護婦らしい。慌てて手塚はベッドから起き上がった。しかし検温? 肩の治療でやってきた自分に検温など必要なのだろうか。だいたいもう夜だ。疑問に思っているうちに、看護婦は個室の中に入ってきた。ガチャリ、と後ろ手でドアに鍵をかける。

「今日から入院なんですね。一応、健康状態を確認しておこうと思いまして……」

 まだ若い看護婦だった。20代前半、下手したら10代だろう。茶色のボブの髪の上に薄桃色のナースキャップがちょこんと乗っている。全身を覆うのもキャップと同じく薄桃色のナース服だ。膝までのスカートに、足には白いタイツを穿いている。両手には体温計とカルテ、それと何故か洗面器を抱えている。洗面器にはタオルが掛けられてあり、中には幾つかガラス器具があるようだった。
 目を細くして微笑む看護婦の顔に、手塚はいいようのない既視感を覚えた。
 にこにこといつでも優しく微笑む瞳。自分の顔の半分ぐらいの身長に小柄な体格。男とも女ともとれない中性的な声。

 ……まさか、な。

「……あの、すみませんが……何処かでお会いしませんでしたか?」
「え? そうですか?」
「じゃあ……東京に親戚とかいませんか?」
「いえ? 生まれも育ちもこっちですけど?」
「そうですか……すみません、……気のせいです」

 そうだ、気のせいに違いないのだ。
 空港で別れた筈の彼が、ここで看護婦をしているなんて、そんな馬鹿げた話があるはずが無い。
 だいたい彼は男だ。というか中学生だ。時間の問題もある。

 気のせいに違いないのだ。
 不二周助が、ここにいるなんて。

(……疲れているんだ、きっと)
 そう、自分に言い聞かせようとした。

「どうしました? 手塚君? 顔色、悪いですよ?」

 看護婦は手塚の顔を覗き込んできた。
 整った顔に、日本人にしては色素の薄い瞳。近くで見えたその看護婦の顔は、ますます彼に似ているような気がした。

 まさか。
 あのどこか常識外れの天才なら、やりかねない。
 いや、しかし。

「大丈夫ですか?」
「……ちょっと、眩暈がしただけですから……」
「まあ! 眩暈!? 大変!! さっそく横にならないと……」

 看護婦はそう言うと、有無を言わさぬ強引さで手塚をベッドに横たえた。

「!?」

 余りの早業に、手塚は抵抗する暇もなかった。気がつけばベッドに押し倒されていた。

「っつ……!」

 ベッドのスプリングがギシギシ音を立てる。看護婦は手塚の両脇に両手両足をつき、四つん這いの体勢になって、手塚の上に覆い被さってきた。
 心配そうな顔を手塚に近づけると、額と額をこつんと合わせた。

「……!!!」

 慌てたのは手塚だ。息がかかるほど近くで顔と顔が触れ合っている。色白の肌から、僅かに消毒液の臭いがした。

「熱は、無いみたいですね……」
「は、離れてください!」

 両肩を掴んでのしかかってくる看護婦を押し返そうとするが、看護婦は思った以上に強い腕力の持ち主だった。手塚がどんなに抵抗しても動じる事は無かった。

「ダメですよ動いちゃ、検査なんですから」

 そう言うと、手塚のシャツのボタンを上から一つ一つはずし始めた。

「……ちょっ、ちょっと……」
「手塚君は左肩を痛めたって聞きましたけど……」

 そう言いつつ、看護婦が触っているのは肩ではない。胸の辺りからわき腹にかけてをゆっくりと撫で回している。鎖骨に指を這わせ、胸板をまさぐり、腹筋の筋に沿って指が蠢く。

「この辺はどうですか? 痛くないですか?」

 指の動きが妙な淫猥さを帯びてきて、手塚は身体を震わせた。

「あ、あの……いい加減……っ」

 看護婦は、手塚の耳に口を近づけてきた。
 吐息を耳に流し込むようにしながら呟く。

「検査ですからね、これは……検査……」

 ついに看護婦は手塚のベルトに手を伸ばした。簡単にベルトをはずすと、チャックを下ろして指をその中に差し込んでくる。
 モノに触れられて、そこでようやく手塚はキレた。

「……だーかーら……いい加減にしないか! 不二!!」

 看護婦は手塚に被さっていた上半身をおこし、きょとんとした顔をすると、悪びれない表情でこう言った。

「あ……ばれた?」
「当たり前だ!! あんな看護婦がいるか!?」
「AVとかじゃ当たり前だよー」
「そんなものを基準にするな!!」

 開かれたシャツの胸元を隠すようにしながら、手塚は看護婦……不二に対して怒鳴りつけた。

「何をしてるんだ、お前は!!」
「見て解らない? 看護婦」
「解るから聞いてるんだ!! なんでそんな格好をしているんだ!?」
「そりゃここの院長にはコネがあって……ちょっとお願いしたら快くOKしてくれたよ」

 不二はくすり、と口元を吊り上げるような邪悪な笑みを浮かべた。手塚は内心でここの院長とやらに同情した。いったいどのような手段で「お願い」されたのだろうか。法に触れるような過ちをこの天才が犯すわけは無いだろうが。

「……そもそも、お前、どうやってここに来た!?」

 まず、空間と時間の問題がある。同じ飛行機で宮崎に向かわない限り、いまこっちにいる事が出来るはずがない。電車やフェリーで飛行機以上に早く着く事など不可能だろう。
 しかし。

「不二家専用機でひとっ飛びだよ」
「…………」

 開いた口がふさがらない手塚だった。

「手塚のこと驚かせようと思って、がんばっちゃった……どう? 驚いた?」

 ……驚いたも何も。

 ……もう何も言えない。

 ぽかんとして不二を見つめる手塚の脳内は真っ白になっていた。

「そんなに驚いてくれるなんて……僕も頑張ったかいがあったよ」

 不二は嬉しそうに手塚に抱きついてきた。
 そこでようやく手塚は我を取り戻した。

「……っつ! 離れろ!!!」
「えー……せっかくいろいろ準備したんだから楽しもうよ。病院プレイ」
「くっ……」

 手塚はベッドの脇にある緊急連絡用ボタンを押した。さすがに人が来るとなれば不二も止めるだろう。しかしボタンを押しても何の反応もなかった。

「……!?」
「線は抜いてあるよ。そんな手抜かり、この僕がするわけないじゃん?」
「……!」

 そう言えば不二は部屋に入ってきたとき、後ろ手でドアに鍵をかけていた。準備というのは、手に抱えていたあの洗面器とその内部のものに違いない。
 ……完全に罠に嵌ったようだ。

「んじゃ、僕が看護婦で、手塚が患者さんね〜。
『手塚さん、どこか痛いところはありませんか?』」
「………………」

 あえて口に出して言うなら頭だと、手塚は思った。

―終わってしまえ。―


 続き……つーかお注射ネタを是非ともやりたかったんだですが……さすがに痛くなってきた……

……原作の展開に添った形で看護婦コス病院エッチが書ける日がくるとは思いませんでした。
 ありがとう許斐!
 ……ごめ、でも塚出番なしはちょっと……(泣)

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