All's fair in love and war.

 2月14日、バレンタインデーのその日。
 手塚はげっそりした顔で我が家に帰ってきた。

 大量のチョコの入った紙袋を抱えた両手は重く垂れ下がっていた。荷物はどう見ても行く時の数倍には膨れ上がっている。……手塚が今日一日で受け取ったチョコの数だ。今年は三年生、つまり最上級生であり、その分去年よりもかなり数は増えている。それでなくても部長として青学テニス部を全国大会へと導いたり生徒会長を務めたりと、目立つ要素は一般男子中学生に比べれば格段に多い。さらに端整なルックスがあれば女子生徒の間で偶像扱いされるのも当然だった。

 ……その結果が、この大量のチョコレートである。

 帰宅の挨拶をして玄関から奥に進むが、居間や台所に人の気配はなかった。とは言っても祖父は昨日から老人会の旅行に出かけているし、母親は買い物にでも出ているのだろう。だいたい帰ってくるといつでも誰かはいる家なので、珍しいことではある。だが気にするほどでもないだろう。

 普段に比べればかなり鈍い足取りで、手塚は自室へと向かっていった。
 まずは荷物からなんとか解放されたかった。

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 自室の前に来ると、片方の手から荷物を下ろした。
 空いた手でノブを回して扉を押す。

 だが半分以上ドアを開けたところで、手塚の体がそのまま硬直した。
 視線は自分の部屋の中に向けられている。

「………………」

 一度、無言でドアを閉める。
 今見た光景を脳から追い出すように頭を振って、再びゆっくりドアを開けた。
 自分が今見たものが何かの間違いだと信じたかったからだ。
 あんなものが、どうして、自分の部屋の中にあるのだ。

「………………」
 しかし、手塚の期待に反して、部屋の中の光景は変わってはいなかった。

 部屋の真中に、白い巨大な立方体の箱が出現していた。

 縦も横も高さも一メートルより少し長いくらいだろうか。箱自体は純白で、ただし、その箱を飾るように黒いリボンが縦と横に巻きつけられている。リボンは箱の上で花のように奇麗に広げられていた。
 手塚は部屋の入り口に立ったまま、呆然とその箱を見つめていた。

 その箱の意味するところ自体はすぐに理解した。
 大きさを百分の一ぐらいに縮めれば、今日、手塚がもらったチョコレートとおそらく変わらないだろう。

 だが。
 大きすぎる。
 どうしようもないぐらい、大きすぎる。

 ドアをギリギリ通るか通らないかぐらいの大きさだ。人だって簡単に入ることが出来るだろう。このような箱ならば、作るだけでなく、部屋に運び込もうと思うとなるとかなりの労力が必要になるはずだ。ちょうど家が無人であったのが災いしたらしい。

 いったい、誰がこんな真似を……とは、手塚は思わなかった。
 こんなことをしそうな人物には心当たりがあったからであった。

 しかしまだショックの余り、手塚はドアの前から動けないでいた、そんな時。

 ガタリ――と、急に箱が横に揺れた。

「……!?」

 手塚は思わず身を引いた。
 箱の揺れは一瞬収まったが、手塚が安堵したのもつかの間、すぐに再び横揺れが起こった。
 今度は、先ほどよりも激しく――長く。

 ガタガタと箱が壊れそうなぐらい揺れ続けているのを、手塚は黙って見つづけていた。
 より、正確に言うと。
 言うべき言葉を失っていた。

 箱の揺れはさらに激しさを増し……立方体の辺に黒い切れ目が出現した時。

 パァン……! 

 と何かが爆発したような音とともに、立方体が散開した。
 立方体の中から飛び散った何かを全身に浴びた手塚は、腕に絡みつくそれを凝視した。
 紙ふぶきと細いリボンだった。よく、クラッカーの中に入っているものだ。
 つまり、さっきの音はクラッカーを鳴らしたものだったらしい。

 慌てて立方体の方を見るが、立方体はすでに展開しきっていたようで、その周辺をピンク色のスモークが覆っている。
 そして。

「ハッピーバレンタイン!! 手塚!!」
 という馴染みの声とともにスモークが薄れていった。

 箱があった場所に座り込んでいたのは、案の定、手塚の想像どおりの人物だった。
 手塚の方に向かって、もう一つ準備していたクラッカーを鳴らす。

「ねえ、驚いた?」
 紙ふぶきまみれになりながら、手塚は無言ではしゃいだ声の主を睨みつけた。
「ってな訳で、今年のバレンタインは僕自身をプレゼント……ってオチなんだけど。ベタだけどまあやっぱり一度ぐらいやっとくべきかな、って……」
 箱の中にいた人物はクラッカーの残骸を投げ捨てると、両手を頬にやって愛らしく小首を傾げた。チョコレート色をした大き目のセーターのせいで腕は指先しか見えていない。床に腰をつけて座り込んでいるが、セーターの裾から覗いているのはズボンでもなんでもなく白い素足だった。太腿のかなりの部分が露出している。

「どう? こういう趣向、気に入った?」
 可愛らしく質問をされて、手塚はようやくそこで我に帰った。

 顔にかかったリボンを取り払うと、震えた声でその人物の名前を怒鳴りつけた。
「……不二!!」
 ……怒鳴りつける事しか出来なかった。

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「あの箱はなんだ……どうやってここに持って入ったんだ!?」

 部屋の真中に不二は座り込んでいる。手塚は不二に近づいて見下ろしながら叫んだ。
 だが、不二は何でもない、といった様子でさらりと答えた。

「いや……不二家特選機密部隊に頼んで。誰もいなくなった頃を見計らって、宅配便のふりをしてね……」
「………………」

 かなり日常離れした単語がいきなり飛び込んできたので、手塚は返答に詰まった。

「ま……まあ、それはとにかく……一体何の真似だ、これは!?」
「だからバレンタインだって。手塚たくさんチョコもらうだろうから、やっぱり他の子と差をつけるためにはインパクトで勝負しようかなって」

 それは確かに、今日もらったどのチョコレートよりもインパクトはあった。何せ家に帰ってきたらいきなり部屋に箱があってその中から本人が出てきたらインパクトを受ける以外の何があるだろうか。
 ……だいたい、男同士でチョコだのなんだの言っている時点で、すでに手塚にとっては十分なインパクトである。

「お前もなんだかんだとたくさんもらっていただろう!? 何故俺に渡す必要があるんだ!?」

 不二も今日一日学校で女の子に囲まれていたはずだ。柔らかい物腰とアイドルのようなルックス、優しくて人受けのいい笑みといい、不二は自分より女子生徒の人気も高いだろう……そう、手塚は思っている。そんな彼がどうして自分にバレンタインだからって何かを渡す必要があるのだ。

 そう手塚が問うと、不二は少し眉根を寄せた。
 真顔で言う。

「…………だって、僕だって手塚のこと好きだし」
「…………あ、あのな…………」

 思わず手塚はうろたえて言葉を無くした。
 今までに何回か聞いた言葉ではあるが、こうやってまともに言われるとかなり恥ずかしい。

「フツーの女の子と同じだよ。好きな人に何か送って、それで何が悪いっていうの? 今日ってそういう日でしょう?」
「……そ、そのとおりだ……」
「それとも何? 手塚、やっぱり男の僕から告られるのなんて嫌なんだ? 同性愛なんか気持ち悪いって思ってるんだ?
「い、いや……そうじゃなくてだな……しかし……」

 今の場合は不二の言う事の方が正しく、手塚が悪い。
 手塚自身はバレンタインなどお菓子会社の戦略に過ぎないし、ある意味知らない人間から急にチョコを渡されるだけのありがた迷惑なイベントだと思っている。だが、だからと言って自分にチョコやメッセージを渡してくれる人たちの好意まで踏みにじりたい訳ではない。恋愛関係に興味はないが、そういう好意は素直にありがたく思っている。
 そしてその好意は、チョコをくれた相手が女性だろうが男性だろうが、関係ないはずだ。

「わ、悪い……そのとおりだ。お前の気持ちは、きちんと受け取らせてもらう」
 手塚が素直に自分の非を認めてそう謝ると、不二はしかめっ面を止めてにっこりと微笑んだ。
「そうそう、そうやって素直に受け取ってくれればいいんだよ」
「む……」
 だがしかし、何かが間違っている気がする。上手く誤魔化されてしまったような。
 そう思った手塚に、不二が抱きついてきた。
「だから、今日は僕がプレゼント、ね?」
 首に抱きつく不二の顔を見ないまま、手塚の脳に何かが閃いた。
 この場合、一番の問題は。

「………………そう、じゃなくてだな」
「うわっ」
 思わず手塚は不二を突き飛ばした。
「……そもそも……住居不法侵入罪だろうが!!!」
 不二は腰を打ったのか、そこを抑えながら涙目で呟いた。
「何今更……そんな細かいこと」
「細かくないぞ!? 立派な犯罪だろう!!」
「君以外にばれてないし大丈夫だよ。ちゃんと工作しといたから」
 ぬけぬけと答える不二に、もうこの件に関しては何を言っても無駄だという気になった。

 ……それに、言わなければならないことが一つ増えた。
「……そ、それと……だな……」
 手塚は歯を食いしばった。
 思わず言葉がどもる。
「お、おまえ……下……」
「え? 下?」

 不二は自分の足元を見た。
 だが、手塚の言う下は不二のいる場所のことではない。
 下半身のことだ。
 先ほど突き飛ばした時に、開いた足から見てしまった。
 ……正確に言えば、見えるはずのものが見えなかった。

「お、お前……下……まさかとは思うが、何も、穿いていないのか!?」
 不二はこくりと首を縦に振った。セーターの裾に手をかける。
「確かめる?」
「……けっこう!!!」

 手塚は声を荒立てて否定した。当然だった。
 要するに、不二は大き目のチョコ色のセーター一枚きりしか着ていないらしい。
 今は裾を伸ばして、大事な部分は隠しているが。
 急に頭が痛くなってきた。

「何を考えているんだ……お前は……!!」
「だから今日は僕自身がプレゼントなんだって。『私を食べてください……』みたいな」
「『みたいな』じゃない!! どこでそういう事を覚えてくるんだ!!」
「前のジャンプの表紙が『いちご100%』でこんな感じだったじゃん。少年誌であれは反則だよねーもうどこのエロ漫画かと。グラビアの方がまだいくらかマシだよ……立ち読みするのにどれだけ恥ずかしかった事やら。ちなみに乾の目が見えた回が乗ってたジャンプね」
「……話題を変えるな!!」

 ああ言えばこう言う不二に、本気で怒りが込み上げてきた。

「そういう品のない格好など言語道断だ!! 帰れ!!!!」

 手塚は不二の腕を掴んだ。そのまま、引きずって部屋の外に出そうとする。
 いい加減心の安定が欲しくなってきた。
 だが不二は猛烈に抵抗した。

「ええっ帰れって言うのこの格好で!? この冬空に!?」
「そうだ!! 少しは頭を冷やして来い!!」
「風邪引いちゃうよ!! それでなくても僕可愛いから変な男に狙われちゃうよ!? 手塚それでもいいの!?」
「自分で可愛いとか言うなお前は!!! ズボンは貸してやるから帰れ!!」
「君のだとサイズ合わないじゃん!!」
 不二はどんなに力強く引っ張っても結局動こうとしなかった。
 しばらく格闘した後、手塚も無理やり引っ張り出すのを諦めた。

「……何を考えてるんだ、お前は……」
 憔悴して椅子に腰掛けて、肩を落としながら手塚は呟いた。

 はっきり言って不二の考えている事は手塚にはさっぱり解らない。こういうことをされた時は解りたいとすら思わない。
 このような真似は半分以上、嫌がらせでしかないような気がする。

 疲れ気味の手塚に、不二は苦笑した様子で声をかけた。

「……昔、知り合いにさ、言われたんだよね。『せっかくの一年の一回の機会なんだから、相手に気持ちを伝えることが大事だ』とかどーとか。いっつも下らないことしか言わない人だったけどさ、それだけはちょっと納得してて」
「………………」
「だから実行してみたんだけど。『僕は君に食べられてもいいぐらい好きです』って意味をこめて」
「………………そうか」
「本心だよ?」
 笑顔のままの不二を見て、手塚は大きく息をついた。

 これも好意の一環なのだ。
 そう考えてやることにした。

「……その格好で今更帰るのは嫌なんだろう?」
「……手塚?」
 突然手塚の口調が柔らかくなったので、不二は不思議そうな顔をした。
「じゃあ、泊まっていけ」
「……いいの?」
 なんとも言えないような顔で手塚は首を縦に振った。
 不二はそれに対して、お礼のように頭を下げた。

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「……ま、なんだかんだ言って」
 並んで階下に降りて行く途中で、不二が呟いた。
 とりあえず、家族に不二が泊まる許可を得なくてはならない。
 結局不二はちゃんと普通の服も準備していたようで、今はしっかり普段着に着替えていた。無論ズボンも穿いている。
 上手く丸めこまれた気がしたが、あまり深く考えると疲れそうなので止めておいた。

 不二は少し間を置いて、嬉しそうな口調で言った。
「食べるのは結局僕なんだけどね」
「………………」

 自身満々の不二の言葉が指す意味を理解して、再び頭痛を感じた手塚だった。


バレンタイン不二塚編、でした……どこが不二塚編なんだか、っていう気もしますが。
あ、でも、珍しく不二がちゃんと好きとか言ってますよ!! 不二塚ですよ!!(空しい)
……すいませんジャンプのいちごの表紙見て考えました。つかさたん萌えー!! だって不二に見(以下略)。

ちなみに、バレンタイン大和不二編「CHOCOLATE WAR」とリンクしてる感じの大和絡みのオチがあります……短いですがどうぞ。

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