秋本治



『両さんと歩く下町
 -『こち亀』の扉絵で綴る東京情景-

 (集英社新書
  2004年11月刊)

●気楽さも貴重だわ


 出張先に持っていってだーっと読んだ。そしてそういう読み方をするにはこの上なく向いている本である。これは褒めているのかけなしているのか微妙な言葉だけど。
 秋本治氏は言わずとしれた『こち亀』の作者であり、本書は『こち亀』の扉絵とともに下町の情景をめぐることを目的としたものだ。んで、これまた褒めているのかけなしているのか微妙な言い方になってしまうけれども、この本を書いた(というかたぶん語りおろしなんだと思うけど)ことが、秋本治氏の今後の活動の上で重要な意味を持っているかというと、ほぼ100%そんなことはない。また、本書を手に取る人にとって、これが忘れられない一冊になる可能性も限りなく低いだろう。ただそれでも、この本はいい本だと思うし、僕自身は本書を非常に楽しく読んだ、ということは明言しておく。
 人生の中で意味を持つ本ばかりが大事なわけではない。変に慎重にならなくていい本、というのは、それはそれでいいものだ、ということなんだけど。まあ、それほど堅苦しく語るこっちゃないが。

●秋本氏にとっての「必然性」


 ただ、秋本氏がこういう本を出したい、と思ったのには当然意味があるだろうというのは推察できる。
 『こち亀』というと、連載何百回記念とかの節目で、両さんが子供時代のちょっといい話とかをやるのも有名だけど、意味合いとしてはあれと似たようなことなんじゃないか。
 デビュー作である『こち亀』が本人も意図してなかったけどものすごい長期連載になってしまった。これは漫画家本人にとっては、ものすごくラッキーなことでもある反面、どっかに「まだこんなことも描きたいのに」という気持ちはあるもんだろうと思う。週刊連載だと、他に連載を抱えるというのも難しいだろうし。
 本書の中でも、どっかでそんなこと書いてたよな、と思って探してみたけど、これは見つからなかった。そもそも書いてなかったかもしれん。
 でもまあ、だから『こち亀』というひとつの作品の中で、ええ話やったり扉絵で遊んだり色々するわけだろう。
 そしてまた、そういう余技的にやっていることのなかで、何か別の作品に発展する可能性みたいなものが見えてきたとき、本書が生まれたんじゃないだろうか。

 『こち亀』では、たまに下町の風景シリーズみたいな扉絵の時がある。あれを集めて、それぞれの町について秋本氏自身が語ったのが本書。
 語られている内容は、町や風景のアウトラインの紹介もあるが、ご自身も下町育ちである秋本氏の思い出話なんかもあり、当たり前といえば当たり前なんだけど、そちらの方がいきいきしていて楽しそう。そしてまた、こういう情景を見たことで『こち亀』のこんなエピソードが生まれたんです、というような裏話もあって、これもまた楽しい。僕は『こち亀』の単行本は1冊も持ってないけれど、それでも楽しい。
 これって何なのか、というと、つまり「毎回扉絵を描かないといけないので、ネタ出しの助けになるし、取材写真の活用にもなるということで下町風景シリーズができました。でも下町の風景をこうして描くというのは、余技的にはじまったことではあるんだけど、実は僕にとってもまた『こち亀』にとっても必然性があることだったし、大事なことだった」という告白みたいなもんですよ。
 結局、そういう必然性を語るっていうのは、メタな部分だから『こち亀』自体の中ではできないことだろうし、ジャンプという媒体にもちょっと不釣り合いなものなわけで、でもそれをどうしてもこの人は語りたかったんだろうなと思う。
 これを書いたから次にあれを描ける、ということは、秋本氏においては多分ないかもしれない。それでも、書きたいことを書いた(語った)充実感というのは、週刊誌作家である秋本氏にとってはなかなか得難いだろうし、それは持続力というものをキープしていく上で重要なことなんだろう。

●「超神田寿司」のパラダイム


 ちなみに、最後の方で「超神田寿司」の擬宝珠一家についても語られていて、この何かと評判の悪い最近の新キャラが、『こち亀』においては物語の枠組の増築であり、それによって秋本氏が何を描きたいのか、というようなこともわかるようになっている。
 その秋本氏の意図についての評価は、また色々と分かれるところだろうと思うけど、あれだけの長期連載になってしまうと、そりゃ枠組がずっと変化しないというのがなかなか窮屈なんだろうなあ、ということもうかがえて面白いところ。
(2006.2.20)


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