小栗虫太郎



『小栗虫太郎集 -完全犯罪-
怪奇探偵小説名作選6
 (ちくま文庫
 2003年5月刊)

●閉じた作家・閉じない作家


 小栗虫太郎と言えば、日本の探偵小説の草創期を代表する作家の一人であり、江戸川乱歩などからはネームバリューの点で大きくおくれをとることになるだろうが、たとえば甲賀三郎だったり海野三郎であったりと同様に、その筋が好きな人なら知らない者のない名前であると思う。それに何と言っても名前のインパクトが大きいわな。
 ただ、ぶっちゃけ僕としては、初めて読んだこの小栗虫太郎の小説に、あんまりピンとくるものを感じていない。
 どのへんがピンとこないのか、というのは、ちょっと説明するのが難しい。ただ、ぼんやりと思ったのは、この人は、あんまり自分が面白いと思っている世界を、積極的に読者と共有しようとか広めようと思っていない作家なんじゃないかということだ。

 自分が面白いと思っていることとか興味のあることとかがまずバーンとあって、それを作品にする。ここまではどんな作家でも同じだが、その面白さをどのていど読者と共有しようとするか、読者に伝えようとするかという部分は、作家によって違いが出てくる。
 これは、単純に純文学は読者に媚びないとか、エンターテイメントは読者へのアピールに力を割くとか、そういう話ではない。
 たとえば、もっとパイのでかいマーケットとして、マンガを考えてみればわかる。ホラーマンガなどにそれが顕著だ、というのは僕の思いこみかもしれないが、自分が面白いと思う世界を書くことが興味の中心で、この面白さを世間に広めたい、という欲望は薄いな、という作家ってのはいる。もとから好きな人が読んで楽しんでくれればそれで満足だ、というタイプ。
 もちろん、商売である以上、そういう志向がゼロってことはありえないし、仮にゼロだったとしたら編集者がそれを矯正するだろう。でも、読者を広げるということに熱心でない、ガツガツしないタイプというのは確実に、表現者のタイプとしてはあるし、そしてまたこの小栗虫太郎というのはそういうタイプの作家だったんじゃないかと思う。
 印象批評的になってしまって申し訳ない。しかし怪奇趣味の炸裂する「白蟻」などに特に顕著だと思うのだが、描写が主観的で、それを読者にわかりやすいところまで敷衍していないという傾向はやっぱりあると思う。そして、この「白蟻」に作者が並々ならぬ愛着を持っていることから見ても、この人の場合はそれができなかったんじゃなくて、しなかったんだろうと感じられるわけだ。

●超論理性の楼閣


 編集には日下三蔵氏があたっている。
 解説もまた日下氏の手になるもので、これを読むと、編集の意図がよくわかると同時に、小栗虫太郎という作家の魅力もまた理解しやすくなる。
 編集の意図というのはつまり、扶桑社文庫の『失楽園殺人事件』『二十世紀鉄仮面』と創元推理文庫の『小栗虫太郎集』、それに本書を合わせ読むことで、小栗の探偵小説分野での主要な業績のおおよそを読めるように、ということらしい。こういう記述に出会うと、僕の全然知らない探偵小説界という世界があって、そこでは新潮とか角川とかでない一般的には中規模程度の出版社がすごく力を持っていて、また出版社の別を問わず、探偵小説を系譜的に読者に提供できるように、とか気を配っている人がいる、という当たり前といえば当たり前な事実を突きつけられる。
 それで俺もやるぞ、てな気分になるかというと、そうでもないのだけどね。しかし世の中は広い。

 小栗の魅力については、ペダントリーと怪奇趣味の粉飾による超論理性が小栗ワールドを形成している、みたいなことが書かれている。
 いやまあ、そうなんだろう。デビュー作の「完全犯罪」にしてからがそうだ。犯人の動機もほとんど他に類を見ないが、そのトリックもまた、類例を見ない。ていうか、読んで「そんなんムリに決まってんじゃん。ムリのムリムリ」と思わなかったわけでは僕とてもない。多分、誰が読んでも、かなり無理のあるトリックであることには異論がないだろう。
 けど、それをペダントリーで成立させちゃうところが小栗ワールドなのだよ、と言われれば、まあそんなもんかって気もする。で、ひとつ重要なのは、そういう超論理で形成されている推理小説というのは、読者はほとんど独力で正解にたどり着けないということだ。でも、そういう小説もまた、推理小説は許容する。
 推理小説というのが犯人あてゲームではなくてあくまで小説の一形態である、ありえる、というのは、そういうことなんだろうなあと思う。
 ただまあ、この小栗ワールド、入っていける人にはとてつもなく面白いに違いないけど、入っていけない人には割に不親切だったりするので要注意。
(2005.2.13)


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小栗虫太郎

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