ウィリアム・ゴールディング



『蝿の王』
 (新潮文庫
 2000年5月刊
 原著刊行1954年)

●「蝿の王」と「無限のリヴァイアス」


 怒濤の勢いで読み終わってから、のへのへっと話の内容を思い返していたら、頭に浮かんできたのが「無限のリヴァイアス」だった。一瞬「『リヴァイアス』の元ネタは『蠅の王』説」に心がとらわれるも、これはきっと思いついたやつ多いだろ、と検索してみると、案の定、50件くらい出てくる。まぁ、2つの作品を知っていれば簡単に思いつける類似だということだ。
 こういう、アニメの元ネタ探しは、28歳にもなるとちょっと気恥ずかしい。そこはオタクの性というもので、今でもついやっちゃったりもするけれど、極端な露悪趣味と同様、世界を矮小に見てやろうとする若さゆえの気負いみたいなものが今となっては透けて見える。
 元ネタがなんであれ、作品を作品自体として独立に眺められるだけの距離感は持ちたいものだ。
 とはいえ、僕は「リヴァイアス」はほとんど見てないんだけれども。最初の3回くらい見て、飽きて見るのをやめてしまった。後からちょっともったいなかったのかなと少し後悔するも、そのまま現在にいたっている。
 そこで比較が成立する。
 『蠅の王』の美点のひとつは、少年漂流記ものという仮面を脱ぎ捨てる、その素早さにある、と言えるのではないか。

●シーニュと瓦解


 やや話を急ぎすぎたが、『蠅の王』は、スティーブンソンの『宝島』、ヴェルヌの『十五少年漂流記(2年間の休暇)』などの、少年漂流記小説の設定を下敷きに、漂流生活の中で少年の成熟ではなく、人間の野蛮さや愚かさの方があらわになっていくという構成をとっている。
 少年漂流記ものとしては他に、作中でも名前のあがっているランサムの『燕号とアマゾン号』、バランタインの『珊瑚島』などが背景におかれていると考えていいだろう。
 これらの少年漂流記ものでは、無人島に流れ着いた少年たちが、厳しい環境の中、互いに協力しあい、ときに仲間同士で反目したりしつつも、最終的には和解して危機を乗り越えてサバイバルライフを生き抜き、最後には無事に文明社会へと帰還する、といった構成が取られることが多い。結局、少年たちはその無人島生活の中で協調の精神とたくましさを身につけてひとまわり成長する、ということになっていて、要するにこれはビルドゥングスロマンの一形態なのだ。「宝島」のように、その最終目的に宝探しという社会的成功の暗喩があてられていなくとも、少年たちは無人島生活から生還したとき、基本的には成長しているということになっている。
 ゴールディングは、このある種様式化された物語の型を逆手に取る。
 少年たちが孤島に漂着したこと、その孤島が無人島であり、かつ少年たちが生きていくには苦労しないだけの食料と水が入手可能であることが説明され、リーダー格の少年と、参謀格の少年、さらにライバル役の少年とその一派が登場するまで、この新潮文庫版で実にたったの50ページ。
 すでに物語の型が読者の中にあるからこそ許される荒技ではあるものの、これで物語世界を読者に提示しつつ、この先の血湧き肉躍る冒険を読者と、当の主人公の少年たちに予感させる。
 主人公の少年ラーフの言葉は、彼ら自身がこの先の明るく楽しい展開を予感していることを明瞭に示す。

「救助を待っている間は、この島で結構楽しくすごせるよ」
 彼は、大きな身振りをした。
「まるで、本に書かれているとおりさ」

(P.53「ほら貝の音」より)


 ところがゴールディングは、まさにこの直後から、この明るく楽しい予感を急速に突き崩していく。
 これが50ページ目を境にしているのが重要なところで、これだけスピーディーに物語の型をひとまず提示しているからこそ、ここから先の崩壊劇に、読者が倦むことなく突き進んでいけるわけだ。ここまでに200ページもかかっていたら、読者は当然飽きてしまう。
 物語の型を「お前らわかるよな?」とでも言うように簡略化するのは、作者としては勇気の要ることだと思うのだが、それをやってのけたからこそ、ここからの300ページがある。
 楽園が最初は徐々に、次第に急加速して崩壊し、その下から愚かさと野蛮さが醜悪な素顔を覗かせるさまは正しく圧巻と呼ぶべきで、なるほどこいつは名作だと膝を打たずにはいられない。
 ただ、それがいかにも劇的なのが、やや露悪趣味の香りを漂わせていて、この歳になっちゃうとそこに幾分かの気恥ずかしさを感じるのはやむをえないところだろう。『蠅の王』は1954年の作品。きっと50年で読者もそれだけ進歩したということだ。単にスレちゃっただけなのかもしれないが。
(2004.3.1)


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ウィリアム・ゴールディング

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