松本哉



『幸田露伴と明治の東京』
 (PHP新書
 2004年1月刊)

●面白さの伝わってこない概説


 おそらく、教養人、あるいは教養人でありたいと思っている人のために書かれた本なのだろうと思う。
 この肩書きがいかに空疎なものであるのか、ここであらためて語るべきかどうかはわからない。しかし、ひとつ言い添えるなら、ある作品を挟んで一人の作家と真剣に対峙しようとする者と教養人あるいはディレッタントとは、まったく対極にあるものだ。血反吐を吐きながら作家と作品を理解することにつとめるか、ただのひけらかしのために知識を鼻歌まじりに収集するか、本読みたらんとする者は男としてどちらか好きな方を選ぶがいい。
 無論、そうした本を書いてしまう著者もまた、教養人であろうことは言を待たない。

 端的に言ってしまえば、幸田露伴という作家に触れるための概説のようなものであると思って間違いない。
 「きっかけは何でもないところからやって来る。ある日、谷中の霊園を散歩していて、とくに何があるというわけでもないのに、生垣で囲まれた四角い広場が目に止まっただけである。桜の咲く頃ではあったが、この際、季節のことは関係ない。散歩している自分が五十歳代の最後にさしかかっていたことの方が重要だろう。そんな年になってはじめて露伴に興味を持つのである。」と、いう一文で本書は始まる。
 つまり、著者自身、露伴については初心者であるらしい。荷風についての著作がいくらかあるようなので、全くの門外漢ではないと思うが、専門外であることは間違いない。
 そんな著者が、都内をぶらぶらと散歩しつつ、そこここにうかがわれる露伴の住居跡やら碑をたどり、その作品にも触れていく。結果的にそれが概説になるわけなのだが、致命的なのはその概説を読んでも露伴の作品を読みたいという気持ちがちっとも起きてこないということだろう。

 本書を露伴への入口にできるかどうかは、多分に読む者によっても違ってくる部分だと思う。
 しかし、露伴の作品を紹介するにしたところで、その作品に対してみずからの足で立った読みと理解を展開できていない人間が、いくら言葉を尽くしたところで、読者に面白さを伝えることができるだろうか。
(2004.12.31)


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松本哉

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