中村とうよう



『ポピュラー音楽の世紀』
 (岩波新書
 
 )
 ミュージック・マガジン誌の元編集長にして現取締役である中村とうようの名前を初めて見たのは、いとうせいこうの「いかにして私は黄色い黒人になったか」という文章の中でだった。実はこのいとうせいこうの文章自体、「ミュージック・マガジン」に掲載されたものだが、まだ中学生か高校にあがりたてだった自分は、それをいとうの「全文掲載」という本の中でで読んだ。
 と、いうわけで、何か話の種になるようなことでも書いてはいまいかと、久しぶりにその文章を読んでみた。

 私はいとうせいこうだが、この雑誌の編集長は中村とうようである。
 私の場合、本名が伊藤正幸であり、実際の読みもいとうせいこうなのだが、中村氏の場合はどうなのだろうか。

 そんな書き出しで始まる短文は、面白かったが、別に中村とうよう自身については何事も語ってくれなくて、ここで僕は一旦途方に暮れることになった。ちなみに、中村とうようの本名は、素直に中村東洋と書く。
 ただ、ミュージック・マガジンにいとうせいこうが短文をものしていたという事実は、本書「ポピュラー音楽の世紀」を読んで感じた印象を、裏面から保証してくれているように思う。言ってみれば、この本からは、ニューアカとか80年代ポップカルチャーとかポストモダンとかの、どこかしら過ぎ去った時代のにおいがするのだった。

 20世紀を、ポピュラー音楽とともに発展してきた1世紀だったと位置づけ、フォスターに始まるポピュラー音楽(=商用音楽)の歴史を、アメリカを商業の中心としつつ、ジャマイカやキューバなどのカリビアン、インドやパキスタンなどのアジア系、さらに南米やアフリカなども視野に入れつつ概括する内容の本書は、中村の言葉を借りれば「これはポピュラー音楽についての案内とか解説ではなく、新しい見方のヒントを提示する本だと思ってほしい。あるいは、好奇心を刺激し、頭のなかをかき回す本だ」ということになる。
 が、しかしながら、意気込みと熱意は買わねばならぬであろうが、その批判的な「新しい見方」というのが、いささか定式的な批判の形式のものであることは、今となっては疑う余地がないだろう。
 アメリカの音楽ビジネスに代表される民主資本主義を一方の極に置き、民衆の中でわき上がってくるようなビート・音楽様式をもう一方の極に置いて、そして中村自身は後者の側に立つ、という形で展開される音楽論は、中村の数十年来終始一貫した論法である。そして、その視点からポピュラー音楽の「商用音楽」と「民衆の音楽」という二重構造を明らかにし、「商業主義に毒されることによって音楽の形式は陳腐化し、スポイルされる」というコースを描くことで、民衆のエネルギーを称揚し、同時に商業主義を排撃するという姿勢も、また一貫しており、同時に70〜80年代にかけての音楽評論の正統でもある。
 が、その「貧しい民衆=善」「売らんかな主義=悪」と見なすような、ある種の素朴さが、今日、いささか鼻につくことも事実だろう。
 大東文化大の教授であり、音楽評論家でもある篠原章氏は、中村、およびロッキン・オンの編集長兼社長である渋谷陽一について、その思想的な背景を吉本隆明に見ているが、その見方の正当性はともかくとして、そうとらえればなるほどと首肯できるところは本書にも多い。
 しかし、音楽ビジネスが大衆を相手にしたものであり、そこで受けた音楽的な刺激から次の世代が新しい音楽を生み出していくという構造は、明らかに「企業」と「民衆」が、共犯関係にあることを示唆している。そこにはおそらく「企業VS民衆」という、のどかな二項対立を垣間見せる局面もないわけではないのだろうが、それで全てを裁断してしまっては、見えてくるものよりもむしろ見えなくなるものの方が多いだろう。
 それを象徴するかのように、本書からは、レコードを買う人々の姿がすっぽりと抜け落ちている。エネルギーの発露たる新たなビートと、アングラな場でそれに熱狂する民衆、その間に企業が入り込んでくると、ジャンル自体の堕落が始まる。そうした見方は、定式的との非難を逃れがたい。
 最初に、いとうせいこうの文章を引用し、そこに共通するものが感じられると書いた。「商業主義・資本主義的なたくらみを脱領土化・脱構築すること」。それはいとうせいこうだけでなく、他の様々な状況とも共通する、ポストモダン的な80年代の指向性だったように思える。
 だが、重要なのは、「企業」と「民衆」という両者が、時に共犯でありながら時に敵同士でもあるという、その関係性を改めてとらえなおすことだ。あらかじめ型枠を持ってきて、そこに両者を詰め込もうとすれば、それはどこかいびつなものとならざるをえない。

 ただ、いろいろと文句は書いたが、コンパクトにまとまっているし、歴史という文脈の中で音楽をとらえ直す上では押さえておいて損のある内容ではなかった。しかし、ヌスラットってもう亡くなってたのな。
(2002.6.28)


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