佐藤雅彦・竹中平蔵



『経済ってそういうことだったのか会議』
 (日経ビジネス人文庫
 2002年9月刊
 原著刊行2000年4月)

●複合的な読書


 完全に自分の専門外の本を読む時、なおかつ、その本に書かれていることの真贋をあるていど見定めたい時にはひとつのコツがある。いや、これは自分の専門範囲内のことであっても実はやるべきことなのだが、とにかく、同じようなテーマを扱っている本を複数、できるなら数多く読むということだ。
 言説とはひとつの光源のようなもので、あるテーマに対して、一人の著者が言説という光を当てるとき、そこにはテーマの一面しか浮かび上がってこない。それとは別の方向からの言説も合わせ読むことで、自分の中にそのテーマの全体の輪郭が見えてくるのだ。もちろん、優秀な著者は強い光でテーマの大部分を照射するだろうし、優秀でない著者は、まったくあさっての方向に光を向けていることもあったりする。そこを見定めるのが読者としての腕だ。
 そんなわけで、先日、感想を書いた金子勝・テリー伊藤『入門バクロ経済学』に引き続いて、金子氏が目の敵にする竹中平蔵氏の著作であり、かつ対談形式の入門書でもある本書を読むことになった。経済学についてはまったくの門外漢なので、これを機に少し勉強してみたかったのである。
 『バクロ経済学』は、感想でも書いたとおり、かなり杜撰な本だった。僕自身も憤りに近い感情をおぼえもしたし、感想の上でもその安易さと破綻をこき下ろしたつもりだ。しかしだからといって、こちらの佐藤雅彦氏と竹中氏の対談が、入門書として素晴らしかったのかというと、僕自身としては、必ずしもそうでもない、という印象を受けたのだった。

●優秀すぎる生徒役


 本書の最大の難点は、佐藤氏が物わかりがよすぎる点にある。
 別に竹中氏の発言に欺瞞があると言っているわけではなく、いや、これはもしかしなくても僕の頭が悪いせいもあると思うのだが、こっちが理解しきれてないうちから佐藤氏は竹中氏の発言をよく理解し、あろうことか非常に適切な例まであげてしまう。
 この本は、一応、先生役の竹中氏が経済の色々な仕組みについて、生徒役の佐藤氏に講義をおこなう、という形になっている。しかし、その生徒役の佐藤氏が読者よりも先に先生の話を理解しきってしまうもんだから、これじゃ読者の立つ瀬がないよなー、という気がしたのだったがどんなもんだろう。
 もしかすると、僕のようなボンクラーズでなく、企業の第一線でビシバシ働いちゃってるような人なら、佐藤氏以上に理解のスピードがあるのかもしれないが、しかし入門書をうたう以上、ボンクラーズサイドにもちょっとは目を配ってやってほしいよな、と負け惜しみをほざいておく。
 ポリンキーやらバザールでござーるを生み出したCMプランナーにして、ゲームソフト『I.Q.』の制作者、かつ『だんご三兄弟』の作詞者で、慶応大で教鞭を執る佐藤氏ほど頭のいい経済学の素人は、そうそういないだろう、そりゃやっぱり。

●経済ってどういうことだったんだっけ


 生徒役が理解力が高すぎることで、何か弊害があるのか、と言われるかもしれない。
 僕としては、それは間違いなく弊害があるぞ、とここで強く主張してボンクラーズの地歩を守っておきたいのだ。
 こういう、先生役と生徒役がいて話が進んでいく対談の場合、読者は普通、生徒役に近い立場にたって本文を読み進めていく。これは言い換えれば、生徒役に感情移入して先生役の説明をふんふんと理解していく、ということだ(厳密には感情移入とはちょっと違うだろうが)。
 ということはだ。読者個人はまだ完全に理解していないのに、生徒役が先に理解しおえて話が進んでいってしまうと、読者はあたかも「自分がその説明を理解した」かのような錯覚におちいる危険性が高いのである。
 だから、読んでいる最中は理解したつもりだったのに、読み終わってから反芻してみようとしてもなんだかよく思い出せない、といった事態が起きるのである。そうなってから「あっ、俺、理解してないぞっ!」と今さらながらに気づいてしまったりするのだが、もう一度読み返すのもいまひとつ気乗りしない…。
 言うまでもなく僕自身がまさに今現在そういう状態なのだが、そうした恥はこっちへ置いておくとしても、これは少なくとも入門書としてはあんまり具合のいいことじゃないだろう。いま現在でも400ページある本書を、さらにゆったりペースで長くすべきだったとまで言うつもりはないが、そうした欠点は確かにあるのだ。
 幸い、僕はいつもの癖で、読みながら気になったところにはポストイットを貼り付けてあるので、また気が向く時があればそこだけ読んでみようかと思ってはいるが、もしもこれから本書を読もうという人があれば、そういう罠があるということを承知で自分が本当に理解しているか確認しながら読み進めてほしい。
 「そういうことだったのか」と思うのは一瞬、しかし、自分の頭で理解していない安い理解は、とかく長続きしないものだ。「そういうこと」をそれなりに自分の物にすることが重要なのである。
(2004.11.16)


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佐藤雅彦・竹中平蔵

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