ジョージ・マクドナルド



『ファンタステス』
 (ちくま文庫
 1999年6月刊
 原著邦訳刊行1981年
 原著刊行1858年)
 C・S・ルイスの『ナルニア国物語』やキャロルの『不思議の国のアリス』、J・R・R・トールキンの『指輪物語』に先立って成立し、彼らに直接的な影響を与えた、アダルトファンタジーの先駆的な存在とされるマクドナルドの、本格ファンタジー第1作。『黄金の壺』などで知られるホフマンらのドイツ・ロマン主義を、英国風に換骨奪胎して再現してみせたものとして、小谷真理の『ファンタジーの冒険』では紹介がなされている。
 「ほぼ壊滅状態であった妖精たちが、十九世紀に突如復活する。十八世紀中葉に英国では産業革命が始動して産業構造が激変し、そのすさまじい影響下において啓蒙の時代の合理主義礼賛への反省や反発が生じ、そこからロマン主義が出発している」という『ファンタジーの冒険』で述べられているような時代背景解説は、近代幻想文学の生まれる潮流に関しての一般的な見解と言っていいだろう。
 ドイツ・ロマン主義の影響は、ロシアにおいてはゴーゴリへと継承され、社会的風土と結びつきながらドストエフスキーを始めとするロシア文学の精髄とも言うべき作家たちを輩出することになるが、その英国での発現の形が、アダルト・ファンタジーだったということになる。

 近代批判の装置としての幻想文学という捉え方は、英国モダンファンタジーにおいては、それでも少し性急というもので、むしろそれが方法論として一般化する前段階、無意識から意識化に「近代批判」が浮上する時代の産物として、『ファンタステス』が位置していると言わなくてはならない。
 というのも、本作において、主人公アノドスの最後に倒すべき敵である「影」とは、たしかに近代的自我(近代合理主義的精神)に他ならないし、マクドナルド自身、「こんなに長く私をたぶらかしてきた自我に対して今遂げようとしている復讐に、いくらか意地の悪い喜びを感じてもいるのだった」と影を倒すシーンで記述したごとく「自我への復讐」というテーマに非常に自覚的ではあるのだが、しかしながら、一方、アノドスに影が生まれる瞬間の人食い鬼のせりふ「だれの影でもその人を求めてうろつき廻ってるんだよ。お前さんの世界ではそれを別の名で呼んでいるんだと思うよ。その物置を覗き込んだ人ならだれでも、特に、お前さんが多分森の中で会った人に会ったあとでは、まず必ず影に見つけられるんだからね。お前さんも自分の影に見つけられたんだよ」が指し示すように、そしてまた巻末近くの「ああもう一度無邪気で怖さ知らずの羞恥も欲望も知らぬ子供になれたら!」というアノドス自身の詠嘆が指し示すように、この近代的自我とは、人間が成長する段階の内で自然と(影が向こうから近寄ってくるように)生得されるものであると認識されているからだ。というのはつまり、「近代的自我」と「大人的な認識」とが未分化であるということに他ならない。そこに近代という「時代」の影は薄く、「個人の成長」を「世知長けてゆく」ことと結びつけたような概念が混入されている。
 ということは、ここで批判されているのは、近代という時代の精神ではなく(もちろん、それもある程度はあるんだけれど)、合理主義的自我そのものという、あくまで個人の精神のあり方に関する部分である、ということになってこないだろうか。もちろん、その精神のあり方の根源を辿れば、必ず近代という時代の構造に直面せざるを得ないから、それはモダン・ファンタジーの成長に大きく寄与していると言うことは疑いないのだが。

 で、小谷の前掲書で指摘されている「子供向きの妖精物語の執筆動機が自分の子供や知り合いの子を楽しませるためだったというのは、興味深いことである。最初から子供向きの市場が確立していたわけではなく、十九世紀に誕生し発展していった『子供』という概念それ自体の成長のプロセスと、密接に関係しているように思えるのだ」という点が、ここで思い出されてくる。「子供向きの妖精物語」とわざわざ区切っているくらいで、明らかに成年男女向きである『ファンタステス』はこの指摘の射程の内にはないわけだが、しかし、「子供」という概念が成立する過程で、そこに「成年男女」たる自分たちとの懸隔を発見しつつ、自分たちの合理的自我に光をあてると言った思索の過程がマクドナルドにもあったのではないか、というのは、あながち無理な想像ではないようにも思える。いずれにしろ、この小谷の指摘はなかなか重要なものだと、僕は思う。
 さて、蛇足ではありながら付け足すと、ちくま文庫で刊行されている本書だが、いささか訳が日本語としてこなれていないので、読むのに骨が折れる代物である。読みやすいということがすなわち最良のことであるとは言わないが、一般の読者向けに刊行されるものである以上は、もう少し配慮があっても良かった気はする。
(2001.11.23)


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