<幸せ>

帰り道。
人通りは少ない。
彼ら二人以外の人影はほとんどなく、自動車も通らない。
あたりは夏の夕暮れの静けさがある。
「せ、先輩…」
消え入りそうな声が、ディスカウの家が見えてきたころに後ろから聞こえてきた。
「はい?」
立ち止まって結花を見る。
さきほどから、話題は避けてきた。
もう一度聞くのも、どうにも間が抜けているような気がする。
「あ、あの。今日はすみませんでした…」
結花がゆっくりと話し出した。
「それは…」
「あたしがちゃんとはっきりしないといけない事なんですよね。」
そんなことはないと思ったが、結花の言葉を待った。
「先輩のお話聞いて、正直あたしは困りました。 あたしはエリーさんのようになれるのかって。 エリーさんのように先輩のこと好きでいられるかって。
で、でもそれって違うんですよね?  あ、あたしはあたしなりの思いで先輩のこと好きでいれればいいって…」
結花が一生懸命にいっているのがわかる。
「あ、あたしは先輩とお話ししたり、顔を会わせる事だけでとっても嬉しいです。 家庭教師のことだって、部活で会うことだって。 今回のことだって嬉しくて出発まで眠れませんでした。
 で、でも告白するつもりありませんでした。  先輩の迷惑になったらと思って…そしたら、先輩も同じこと考えてたんですね。」
結花はそこで言葉をくぎって、ゆっくりと深呼吸をした。
「あたしも、先輩の事が好きです。 先輩があたしの事すきって言ってくれてすごくすごく嬉しいです。」
結花は笑ったようだった。
暗くてよく見えなかったが、確かにそう見えた。
「結花さん。」
グスタフが呼びかける。
何か言わなくてはと思う。
「はい。」
結花が緊張して返事をする。
そしてグスタフの言葉を待つ。
グスタフはそれを感じて、言おうと決心した時、管理人の声が聞こえてきた。
心配して探しに来たらしい。
確かに電話を受けて、家を出てからだいぶ時間が経っている。
しかも、もう暗くなって来ている。
『よかった。遅かったから心配していたのですよ。』
そう管理人が言う。
『すみません。でも、アンネおばさんのところにいるのだから、そんなに心配しなくても。』
『私じゃないですよ。エーディト様と亜都さんの方が心配して・・。』
『そうですか・・・悪いことをしたな。』
そこまで話してから結花に振り返っていう。
「結花さん、家に戻りましょう。みんな心配しているようです。」
「あ、はい。」
管理人の話によると、亜都がかなり心細がっている様子だと言う。
無理もないだろう。
いくらエーディトと仲がいいとはいえ、ここは外国なのだ。
悪いことをしたと思う。
しかし、彼にとってみれば、あの時も、そして今も結花が一番大事なのだ。
「結花さん。」
もう自宅の敷地の中に入ってから後ろを歩く結花に言った。
「はい?」
そう返事をした結花にグスタフは口を耳元に近づけて言った。
「夕食の後、時間をいただけますか?」
今日のうちに話をしておきたいと思う。
「え、え・・・。」
結花が困る。
「だめですか?」
「い、いえ。わかりました。」
結花が慌てたように言う。
「それじゃあ…」
そういってグスタフは家の中に入った。
その途端にエーディトのからかうような笑顔と、目を真っ赤にして泣いていたらしい亜都の怒った顔に出くわした。
「ほんま、しんぱいしたんやでぇ!!!」
亜都の大きな声が響いた。

夕食の後。亜都の質問攻めを適当にかわし自室にもどってきていた。
もう外は暗くなっている。
グスタフの部屋は広い。
大きい南向きの窓があり、そこにはベランダがついている。
その窓の向こうには満月がこうこうと照っている。
庭の森の木々が月光をあびて青白く神秘的な姿を見せている。
今グスタフは一人でいるが、もうすぐ結花が来るはずだ。
なんとなく思うところがあって、今は電気を消している。
開け放たれた窓から時折涼しい風が入ってくる。
コンコンッ。
ドアをノックする音がした。
「先輩?結花です。」
その声を聞いてグスタフは椅子から立ち上がり電気を点けて、ドアを開けた。
「結花さん、どうぞ。」
そういって部屋の中に招き入れた。
「遅くなってごめんなさい。 亜都ちゃんが・・・。」
「いいんですよ。 私が呼んだだけですから。」
結花の言葉をさえぎってグスタフが言った。
そして、結花を椅子に座らせる。
部屋の中にある、紅茶を飲むためのテーブルと椅子だ。
結花が座ったのをみて、グスタフが結花の向かいの椅子に座る。
「紅茶でも飲みますか?まだポットに少し残ってますから。」
残り物を進めるのは失礼かなと思ったが、他に言うべき言葉が思い浮かばなかった。
「あ、はい・・。」
結花が緊張気味に言った。
慣れた手つきでカップに紅茶を入れる。
ニルギリのいい香りが香ってくる。
「どうぞ。」
入れ終わってグスタフが言った。
そして自分のカップにも入れる。
「結花さん。」
そう心を決めてグスタフが呼びかけた。
「はい?」
紅茶を飲みかけていた結花がカップから口を離して返事をする。
「さっき、私が言った言葉は本当です。 私はエリーよりも結花さんの方がずっと好きなんです。」
比べてはいけないことなのかもしれないけれど・・・そんな気持ちが心の中に出てくる。
「は、はい・・。」
結花がカップを置きながら顔を真っ赤にさせた。
「それに、私は結花さんをエリーの代わりだなんて思ってません。結花さんはエリーとは違うんです。私にはありのままの結花さんが必要というか・・・、そういう結花さんが好きなんです。」
そう言う自分でもよくわかっていない気がする。
でも、結花が好きなのだ。
「だから・・・。」
グスタフが立ち上がる。
そして結花の背後に立って、結花を後ろから抱きすくめる。
「私と一緒にいてください。
それが私の願いです。」
結花はびっくりしてまた顔を赤めた。
「は、はい。私、先輩と一緒にいます。ずっと・・・。」
結花が消え入りそうな声で言った。
自分はなんと幸せなのだろう。
そうグスタフは思った。
後ろでは月が二人を祝福するように、やさしい光を放っていた。


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