<恋愛は>

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

さすがに息が切れていた。

必死になって走ってきたためである。

楽器はさっき置いた場所にそのままあった。

鍵をかける役割をしている部長が、鍵を立てて左右に揺らしながら言う。

「早くして〜」

どうやら最後だったらしい。

さすがに部長も自分以外の楽器を触るのは恐ろしいらしかった。

楽器を急いで片づける。

とはいえ、手入れや掃除をしっかりやっていたので、その動作は早いものではないかったが。

「ふぅ、すみませんでした。」

そう部長に言うと、かばんを持って職員室に向かう。

担任の教師に今後の進路について相談があったためだ。

担任との相談を終えて、廊下に出た。

廊下の窓ガラスの向こうにはまだ夕焼けの残りの赤い光が見える。

少しずつ薄暗くなって来ている。

もう時間も遅い。

電灯が日光よりも明るくなった廊下を昇降口の方へと歩いた。

どうも最近自分でもおかしいと思う。

昔の自分に戻って来ているようだ。

それ自体は悪い事ではないが、だが・・・。

そんな事を考えていると、ふと下駄箱のところで結花の姿が目に入った。

「ゆかさん?」

こんな時間まで何をしていたのだろうといぶかしく思う。

さっき別れてからかなりの時間が経っている。

楽器の手入れをしていたとしてもこれほどの時間はかかるまい。

「グスタフ先輩!」

結花が驚いた声を出す。

その声にはどもりがなかった。

「やっぱりゆかさん。どうしたのですか?あれからだいぶ時間が経ってますが…」

素朴な疑問がそのまま口から出た。

「ちょっと、あって…」

なんとなく困ったように結花が答える。

何があったのだろうと気になるが、これ以上きけるわけではない。

「そうですか…」

そんな気持ちが無意識のうちに出てしまったのか、その答えに残念な気持ちがあるような返事をしてしまう。

そんな自分の無意識の反応にやや戸惑う。

「はい…あ、で、でも先輩もお、遅いですよね?」

結花が質問をしてきた。

その事はグスタフにとっては驚きだった。

と同時に、そんな結花の変化が嬉しい。

それは恋心とは別の物だと彼は思っているが。

「職員室に用があったものですから。すっかり遅くなってしまいました。」

事実、職員室で用事をしていたので、そのまま答えた。

「あ、あれ。も、もしかして最初から職員室に用があるからあそこを通っていたんですか?」

結花がこれまた質問をしてくる。

さらに驚いたのと、職員室にだけ用事があったわけではないと言えないので、困ってしまった。

無意識に結花を探していたのだとは、本人もまだ気がついていないし、それを気がついていたとして言えるわけがない。

「すみません…あたしが教室で練習してたから…」

結花がまた泣きそうな声を出す。

「そんな事は…」

実際、彼女を見て声をかけておせっかいまでしたのは彼であり、謝られるとは思わなかったので、慌てた。

「す、すみません…」

結花が元気なく頭を下げる。

そうすると、結花の目からまた涙が出た。

「ご、ごめ…んな…さいっ。」

そういって謝るが、涙は止まる気配もなく次々と目からこぼれ落ちる。

「ゆ、ゆかさん?」

「だ、大・・丈夫・・ですっ…」

そういう言葉とは裏腹に、涙はとどまる事を知らなかった。

あふれでるという形容がぴったりだった。

どうしたらいいのか。

正直なところ、わからない。

だが、自分でも気がつかないうちに彼女を包むように抱きしめていた。

昔、そうしたように。

そうやって守ったように。

「!…せ、先…輩?」

結花がびっくりした声をかけてきた。

その声はグスタフには届いていないのか、返事がない。

結花はびっくりしたのか、そのまま落ち着きを取り戻したらしい。

次第に、涙も止まってきた。

その気配を感じてか、グスタフが離れた。

「落ち着きましたか?」

そう聞いた後で、自分が何をしたのか、改めて気がつき狼狽した。

「す、すみません!失礼な事をしてしまって。」

そういって謝る。

「い、いえ・・・。」

そういう結花は顔を真っ赤にさせた。

思わず失礼な事をしてしまった。

これで彼女はまた自分を苦手と思うかもしれない。

そんな後悔の念にとらわれる。

結花は顔を真っ赤にさせたまま、下を向いていた。

ただでさえ、遅いのだからもう帰った方がいい。

そんな事を考えた。

話題をそらしたかったのもあるだろう。

「ゆかさん?もう遅いですから、帰りましょう。」

「えっ?」

と結花が時計を見る。

「あ、バスの時間っ!もう間に合わないかも・・」

どもりはない。一瞬躊躇したみたいだったが、

「先輩、これで失礼します!今日はありがとうございましたっ!さようならっ!」

と言うと、結花はきびすを返して走っていった。

「あっ・・・・」

という間に結花は昇降口からもう暗くなった外へと出ていった。

その姿を見送って、ゆっくり自分も帰るため外に出た。

まだ時間はある。そんな事を思った。

暗い道をひとりで歩いている。

バスを使えばよかったのだが、今日は途中まで歩いていく事にした。

考え事をするには、歩いている間の方がいい。

都合よく今日はピアノの練習の日でもないので、ゆっくり歩いて考えようと思った。

何故、自分はあんな風に抱きしめてしまったのか。

何故、自分は結花の事があんなに気になるのか。

答えは出ない。

いや、出そうとしない。

わかっているのだが、その答えは彼にはまだ到達するわけにはいかなかった。

その答えにしてはいけないと心のどこかが警告していた。

「彼女を重ねているわけではない・・・。」

そう思う。

それは確かだ。

でも、あの時の自分に今の自分はよく似ている。

それはあってはならないこと。

あまりにも辛いから。

自分で無意識に答えを出そうとしないため、いくら考えても答えは出なかった。

それがなんでなのか、自分でわかっている。

自分に対して苦笑する。

「だけど・・・」

彼女を見ているとほうってはおけない。

そんな自分がいる事は確かで、それは決して嫌じゃない。

嫌な自分ではない。

だから悩んでいるのだなと思う。

「悩んでもしょうがないかなぁ・・・・。」

そうドイツ語でつぶやく。

「恋愛はロジックじゃない・・・。確かにそうですね、エリー。」

今度もドイツ語だった。

誰にもきかれたくないという気持ちからだろう。

だが、今の気持ちを恋愛じゃない。

そう自分の気持ちに決着をつけて、考え事を止めた。

その時、強い風が彼のそばを吹き抜けていった。

 


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