夏の終わりになっても白玉楼の桜花(さくら)は散り終わることが無い。春夏秋冬舞い
咲き、西の夕陽と相俟(あいまっ)って幻想的な光景となり、日頃の無粋者とも云われる(こん)
魄妖夢(ぱくようむ)でさえも其の光景に瞳を奪われそうになる。
 桜の呪縛を振り払うように長刀・楼観剣を青眼に構えた。一拍の呼吸の後、
楼観剣の銀光がしなやかに二度三度と舞う。いつも行っている剣術の訓練。白
玉楼の庭師になってからも一日足りとも欠かした事がない妖夢の日課。風薙(かぜな)ぎ
の旋律が妖夢の耳朶(じだ)に心地好く響く。

 ――ふわり、と。

 妖夢の眼前(まえ)に桜の花弁が一片、舞い降りる。間髪入れずに妖夢の躰がゆらり、
と(はし)った。
 刀身を水平に構え、柄縁(つかじり)に左掌を添え――その姿が霞むような(はや)刺突(つき)を繰
り出すと、楼観剣の刃先には薄衣の桜の花弁が縫い止められていた。
 空に()る形を(こわ)す事無く、周囲の風を乱して散らす事無く、(ただ)静かに花を()
める刃。昔の自分なら出来なかった技。しかし色々な人間や妖怪達と触れ合い、
時には刃すら交えて、今の妖夢は確実に成長していた。
 ――ふと、
 妖夢の背後からパチパチと拍手の音。振り返れば、其処には妖夢の主君(あるじ)であ
る西行寺(さいぎょうじ)幽々子(ゆゆこ)が微笑んでいた。紅琥珀の瞳。真白(しろ)い肌。桜花(さくら)の髪。しかしそ
の口元には三色の団子。
「……お嬢様、もう少しお行儀良くして下さい。夕食の前に間食なんて……太
りますよ?」
「んぐくっ……コレ美味しいわよ。はい、妖夢もあーんして」
 妖夢の言葉も聴こえないのか三色の一つを頬張りながら、幽々子は残りの二
色を満面の笑みと共に差し出してくる。主を見て妖夢は嘆息を漏らす。差し出
した団子を拒む事も出来るのだが、そんな事をすれば主の不機嫌な顔に加え三
日間出る食事が全て団子(、、、、、、、)()りかねない。僅かばかりの苦笑を浮かべ、律儀に
「あーん」と言って妖夢は団子を口に含んだ。確かに美味しい。口元が自然と
(ほころ)ぶ。
 そんな妖夢の表情を視て幽々子は、
「――ほら、妖夢だってお行儀が悪いわよ?」
 と、妖夢の唇に残った(あん)(ほそ)い指先で(すく)い取って舌で舐め取った。余りに不
意打ちな動き。妖夢は反応出来ずに顔を沈みゆく夕陽より赤くする。
「おっ、お嬢様――」
 抗議しようとする妖夢。だが、幽々子は妖夢を見ていなかった。
 紅琥珀の瞳は沈んでいく夕陽の対の側――東方に昇る月に注がれる。月と太
陽が相在する不可思議な時刻。逢魔が刻(、、、、)。

 しかし空に()るのは完全な満月に成れない(、、、、、、、、、、)(いびつ)な月。

 今宵こそ此の夜を終わらせよう。魂魄妖夢は月光を弾き返す楼観剣の刃を鞘
に納め、西行寺幽々子は扇子の影で妖艶な笑みを月から隠す。


 ――そして桜の樹の下、二人は夜を止める。




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