(1)言えなかったよ。
「悪ィ、ムーニー。何でもないんだ」
すまなそうに言ったその口で、激しい罵りと苦痛を相棒にだけは訴えていたのを知っている。
「…んー、眠い…肩貸して。じゃなきゃ膝」
安心しきった様子で眠る君の首筋に残る明らかにそれとわかる無数の痕に動揺したのを憶えてる。
「隠れ家は教えられない。お前にも迷惑がかかる」
自らにかけられた疑惑に気付かず、この言葉を鵜呑みにしていた私は愚かだ。
「全部わたしが悪かったんだ」
そんな事はない。君はいつも彼に対して良かれと思って行動してただろう。
「お前を疑ってた事も……」
気にするな。私も君の彼への忠誠が偽物だったと思っていた。
「俺のせいだ」
認めて君が楽になるならば否定はしまい。でもそうじゃないだろう?
君はいつだって、ジェームズを一番大切にしてたじゃないか。
ジェームズジェームズジェームズ。そればかり!
言えなかったよ。
君がその名を呼ぶ度、君に彼の痕跡を見る度、嫉妬で胸が潰れそうだったなんて。
―僕を頼って。僕を見て。僕だけを。
言えなかったよ。
死して尚君を捕え続ける彼が、囚われ続ける君が憎たらしくて歯痒くていっそ忘却術でもかけたかったなんて。
―私を見ろ。彼はもういないんだ。私が忘れさせてやる。
今度こそ君を余す所無く独占して、君を幸せにしたかった。
君はやっぱりクシャクシャ頭の黒髪の彼が一番大切みたいで、私は学生時代も大人になってもどす黒い嫉妬心を隠すのに苦労させられたものさ。
(2)届かないけれど。
心から思う。
君は、馬鹿だ。
なんて間抜けなんだ。
可笑し過ぎて涙も出ない。
自信過剰。無鉄砲。考え無し。少しは頭使え、この馬鹿!
目くじら立てて怒っても怖くないよ。
わめく君の声音すら私にとっては甘く響く。
いくらでも言う。
君は、馬鹿だ。一番馬鹿なのはこの私だ。
何故、間に合わなかった?
何故、助けられなかった?
何故、むざむざ喪ってしまったのだ…
本当に馬鹿だ。愚かしい。
馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!
すまない許してくれ間に合わなかった君を助けられなかった。
二度と、もう二度と、この手を離すまいと、君を失うまいと誓ったのに…!
取り乱してすまない。
思うんだ。すごく君らしいってね。
何もせずに生きるより、全て擲ってでも行動する。
自ら危険に突っ込んでいく…そういう馬鹿な奴だったよ、君は。
自分の為だけにはどうしても生きられない、馬鹿な奴だった。
どうかせめて君の眠りが安らかである事を祈っている。
……ベールの向こうには、届かないけれど。
(3)幸せという定義。
少なくとも我々は誤解し合ったままではなかった。
お互い心に残るのは、相手への親愛と信頼の念だろう。
私はこれに若干別の感情も混じるが、そんな事は問題ではない。
重要なのは相互理解の上、空白の12年間を後悔する時間と気持ちを共有できた事。
あの輝かしい学生時代の一時は、こんな未来を迎えて尚私の最高の宝である事。
君を想う現在が疑惑や悲しみだけに彩られたものではない事。
脳細胞に刻み込んだ君を丁寧に思い描き、怒りっぽい性格や高慢な言動に苦笑しつつ締め付けられる様な痛みを感じる。
数え切れない程の一つ一つを大切に大切に。
君との思い出は、もうこれ以上増えることはないのだから。
あなたを恋しく思う。
あなたといた時間をいとおしむ。
君の友情は嘘じゃなかった。君を牢獄に繋いだ罪こそが嘘だった。
君は私を許し、私も君を許した。
互いに同じ気持ちで再び対峙し、今尚君を一点の曇りなく好きだと思える事こそ幸せという定義。
(4)こんなところまで。
「泣いていたのかい?」
嘗ての生徒は片手で表情を隠し、声もなく首肯した。
「……」
「シリウスの事?」
訊けば、再び無言で頷く。
ジェームズは普段我慢強そうに振舞っていたが、泣く時は思い切り泣いた。
クィディッチ杯を獲得した時、プロポーズが受け入れられた時、勿論結婚した時…
本当に嬉しい時や悲しい時、涙を見せる事を恥とは思わないらしい。
君は、本当にお父さんにそっくりだ。
こんなところまで。
「思い切り泣きなさい」
思い切り泣いて、涙に癒しと忘却の効果があると知ればいい。
忘れたくないから、私は泣かない。
どんなに泣きたくても君が悲しむだろうから泣かないよ。
嘘。
誰がシリウス・ブラックみたいな馬鹿犬の為になんかっていうのが本音。
私が思い遣りなどカケラもない自己保身の塊だなんて、君はお見通しだっただろう?
(5)振り返ることは。
私は前に進まなければならない。
闇の帝王を打ち滅ぼし、君の無実を証明し汚名を晴らさねばならない。
ピーターに相応の裁きを受けて貰わないと、君も浮かばれないだろう。
狂おしい恋慕も心に広がる虚無も焦燥も封印する。
発狂しそうな程の後悔も正常な判断を鈍らせる怒りも悲哀も涙も何もかも全て。
君が迷うかもしれないからどんなに辛くても引き止めまい。
そんな気遣いは無用で、一直線に相棒の元へ行ってしまってるかな?
忘れるなんて不可能だけれど、認めるなんてできそうにないけれど、せめて別れをきちんと言いたい。
さよなら、僕の初恋のひと。私の永遠の想い人。
でも、罪ではないよね?
振り返ることは。
■さよならに関する5のお題。
http://id11.fm-p.jp/1/melancholic9/
『メランコリック9』様