「やっぱ二人じゃ狭いよなぁ…」
「おい、もうちょっとそっち詰めろよ。お湯かかんねーじゃん」
[[[泡遊戯]]]
タイルに凭れて立っているシリウスが泡だらけの頭を肩にぐいぐい押し付ける所為で、折角洗い流したのに泡がまたへばりついた。
「…もう、僕が全部やるから、動かないでって言ってるのに……」
「だってよォ〜、いつもと違って、泡がすぐ流れて目に入って痛いんだ」
盛大に顔を顰めて見せ、文句を言う。まるで、おまえの所為だと言わんばかりに。
それは、そう事実とかけ離れたものでもないので、ジェームズはしょうがないかとため息を吐いた。確かに寮の浴室と違い、完全に個人仕様のクィディッチ競技場に隣接する選手用シャワールームは二人じゃ狭い。
此処に至る責任の大半は、まあ確かにこちらにある。
自分はともかく(シャツの背中の汚れなんて、ローブを着てしまえば見えないし)、シリウスは土埃やら草の汁やら、ひょっとしたら背中で潰したかもしれない虫の死骸やらで、結構汚れていた。
当然、彼は風呂に入りたがった。
「腹減ったケド、やっぱ先にフロだって」
そう言って浴室に急き立てる彼を、シャワールームに放り込んで、自分も服のまま熱いお湯をかぶった。
眼鏡をかけていたら、たちまち湯気で曇ってしまっただろうから、これに関しては無かった方が良かったのかもしれなかった。
そして、いつもの如くシリウスが、
「なぁ、アタマ」
と言い、現在、甲斐甲斐しくジェームズがシャンプーを泡立てているのだった。
真っ直ぐ伸びた、滑らかな指どおりの闇色の髪を彼はかなり気に入っていた。毎朝この髪に嬉々として櫛をいれる姿が、リーマスやピーターによって目撃されている。
「やー、やっぱハマるなあ、この感触」
「…人の髪なんか洗って、何が面白いんだか」
黒く細い髪に白い泡を絡めるようにして、優しく指が動く。
存外、頭皮も性感帯なのかもしれない。うっとり目を細めながら、シリウスは思う。
「俯いて、目ェ閉じといて」
思い切り聞き慣れた相手の声が、こんなにも心地良く聞こえるのは何故なのか。
シリウスは理由を考えかけて、すぐにやめた。
――どーでもいーや。別に。
熱い湯がかかる。頭の上に纏められていた長い髪が、解けて肌の上に流れた。
「お返しに背中洗ってやるよ」
今度は俺の番、と遠慮する相手に背を向けさせる。
それも、狭いので一苦労だった。目の前の背中に刻まれた結構強烈な爪痕を見つけ、目を瞠る。
「……コレ、俺?」
「こんな力強いの、君だけ」
「だよな。…うわー、痛そう」
「シリウスの方が痛かったんじゃない?」
「ソレ言っちゃお終いだぜ」
「脚の感覚戻ってきたら、もっと相当痛くなってくると思うよ」
「げ、マジ?」
勘弁してくれよ〜などと泣き言を言っていた親友が、突然手の動きを止めて硬直した気配を感じ、ジェームズはもう一度苦労して向き直った。
「どうしたんだ?」
訪ねても、相手は顔を赤くして、蚊の鳴くような声でなんでもないと言うだけ。
「…本当に?」
もっとよく見ようと(眼鏡無しなのでそうよくは見えないのだが)、大して離れていない顔と顔の距離を更につめる。
いきなり無理に押し退けられて、驚いた。
肩に食い込む爪が痛い。しかも、その手は震えている。長い髪が垂れて、表情はよく窺えない。
「――ああ、ゴメン」
邪険にならない程度に、突っ張る腕を払い落として強張っている身体を軽く抱きしめる。
「気持ち悪いんだろ? 洗ってやろうか?」
脚の間を伝っていく感触に固まって無言の侭頬を染めていたシリウスは、緩く拘束してくる腕から逃れようともがいた。
「い、いい。自分で、する」
「うーん、それも見てて楽しそうだけど、今日は僕がしてやるって。責任とれって言ったの君だしさ」
「わわわわッ! いらねーよ、もうっ」
狭いシャワールームに、これ以上逃げられる余地などある筈もない。
あっさり押さえ込まれて、今度はきつく、腕が巻きついてくる。
「………は…ぅッ!」
「…んー、傷はできてないみたいだなぁ。
僕のまだ残ってて濡れてるね、ゴメン」
いちいち説明するなぁぁぁ!!!!!
シリウス・ブラックは心の中で100万回くらいバカヤローを連発しながら、本物に近い憎悪を込めて相棒の背中をガリガリ掻き毟った。
「いた、痛いって! ったく、馬鹿力なんだから……」
そう言っている間も指の動きは止まらない。広げられ、体の内側から何か生暖かいものがトロトロと流れ出る感触。屈辱だ。
その上、顔面から火を噴きそうなくらい恥かしい。
一度熱が静まってしまえばあらぬ所に指を突っ込まれて身体の中を探られ精液を、それを送り込んだ張本人であるところの親友に掻き出されているこの状況は恥辱以外の何者でも無い。
脚の震えが体中に広がって、どうにかなりそうだった。
一刻も早くこの時を終らせたくて出来るだけ平静を装って眉根を寄せる。
「なぁっ……もぅ、放せ…よ、」
「まだ全部出てない。放っておくと腹壊すぞ、多分」
すぐに却下され、むかついて相手の耳を引っ張った。
「痛いってば…」
クスクス笑う彼は、明らかに楽しんでいる様子で、シリウスは成す術のない自分がかなり情けなくて嫌だった。
離れようと身体を捻りかけ、図らずも腰に力が入って返って刺激を受けてしまう。濡れた前髪ごと親友の肩に額を摩り付け、掠れ声で訴える。
「…あ、……んぁ…やッ、も…やめっ……」
「変な声出すなって。またその気になるよ?」
あまりの物言いに頭に来て、背中に立てた爪をもっと下に移動させ、ジェームズに反撃した。途端、息を止めた気配を感じ、ザマァミロと唇の端で笑う。
「……これは、その気になっても、いいって事なのかな?」
ざあざあとシャワーのかかる中、互いの体温が上昇していく。密着した肌から伝わるので、嫌でもわかる。
泡と理性が呆気ない程容易くシャワーの湯で流れてく。
重なった視線には奇しくも似た様な色が滲んだ。
見慣れぬ色のそれが物珍しく、喉の奥で微かに笑い合い…同じ石鹸の匂いの、目の前の身体の探索を開始する。
そして薄暗いランプの下とはいえ、己を犯すものをいざ目の当たりした時、彼は表情を引き攣らせた。一度交わってさえそんなものが自分の中に収まるなどとは、信じられなかったらしい。
当り前だ。彼は自らがそういった欲望の対象になるなんて、本当に意識した事など恐らくなかっただろうから。
ジェームズは、違う、無理だと繰り返す親友に触れるだけのキスを繰り返しながら無責任に大丈夫、と言い聞かせた。崩れ落ちそうになる長身を反転させ壁に縋る腕にも口付けた後、鍛える必要もない程硬くなった屹立を未だ滑りを帯びた部分にあてがう。
途端、ビクリと跳ねた白い背中とそこが収斂した事に興奮を覚え、労わる様に素肌を撫でる掌とは裏腹にゆっくりと、しかし容赦なく身を沈めていった。
シリウスの喉がか細く鳴る。
「……くぅッ…、……たのっ……ゆ…るし…」
「誘ったの、お前、だろう…?」
「や、……あ…あぁっ…そんな、つもり…ッ」
「知らないな」
頭を振り小刻みに震える相手をタイルに押し付けて、二度目の為か最後は躊躇なく一気に貫く。
ジェームズは萎えかけた昂りを捉え袋ごと強めに握り、その侭間髪入れず律動を始めた。
「――アアァァッ! やめろ、やめ、ゃああぁっ!」
縋る物の無いシリウスは陶器のタイルに色を失う程に指を立て、揺さぶられる侭に肢体を奇妙に躍らせる。彼は痛覚以外の感覚も多く覚えてようだった。絶え間なく喘ぎつづける口の端から、とろりと唾液が零れ落る。
それとは別に、シャワーの湯以外のものが親友の頬を濡らしているにのに気付いても、ジェームズは見て見ないふりをした。
銀灰の瞳をけぶるように潤ませ、溢れてきらめく筋を作るものにどんな意味があるのかなどと、考えなどしない。
論理的な思考は放棄して久しく、ただ目の前の相手に溺れる。
――ホント、病みつきになりそうだな。
触れれば面白いくらいに返ってくる反応に、うきうきと舞い上がる。
親友としての相性も最高だし、身体の相性も悪くないようだ。
「僕達、相性、ばっちりじゃん?」
舌と共に、そんな言葉が耳に入ってきた。
ふざけるなと言う前に、思わず確かにと思ってしまい、シリウスは何となく気分が悪くなった。はっきり言ってしまえば、不本意。
今だって、首筋を這う舌の動きに勝手に声帯がおかしな音を発し、皮膚を撫でる指にどういう訳か安堵を感じ、何よりもいっぱいにジェームズを受け入れ突き込まれ、不自然な交わりで高まる熱に気が遠くなっている。
けれど、こんなのは親友同士でする事じゃない。
――じゃあ、何だ?
結論を出す前に、正常な思考がぼやけていく。
シャワーの湯と、逆らえない衝動に流される。
それが片時も離れず共にいる相棒を欲する肉欲だなんて考えたくはなかったが、自分が感じているのは紛れもなく甘美な快感だ。
それも、フィジカルな方面から齎されるものではない。もっとメンタルな部分…有り体に言ってしまえば“秘め事”やら“背徳”やらといった俗っぽい事この上無い単語が麻薬宜しく脳内を巡り官能に酷似した作用を引き起こすのだ。
彼らにとって禁忌など無いに等しかったが、それでも親友でありながら互いを貪り合う行為自体は素晴らしく淫逸たる歓びだった。
霞んだ脳でそこまで考え、シリウスはふと口寂しさを感じあの薄い唇を吸いたい欲求に駆られた。
しかし残念ながらジェームズのそれは遠く、閉じることを忘れた口から絶え間なく零れる声がシャワールームに反響している事も、いつの間にか探り当てた相手の指と自分の指を固く絡ませ合っている事も気付かずに、流されるまま頭を真っ白にした。
身体を拭いて服を乾かして、俺をここまで運んでついでに晩飯も調達してくれたのはコイツだという事は、ちゃんんとわかっている。わかり過ぎるくらいに。
だが、痛む身体(具体的に最も不快感を覚える器官が何処かなど意識するのも厭わしい)を思えば、どうしてももう一度言わずにはいられない。
「絶交だ」
ん?何か言った? だとー!? 聞こえないなら何度でも言ってやる!!
オマエとなんか、絶交だったら絶交だー!!!!
聞こえないフリしやがって! もうこっち来んなよ、テメーの顔なんか見たくねェっつってんだよ!!
……クソ、認めたくねぇ。俺は認めねぇ。
何だアレは、何だったんだアレは。とにかく今はほっとけよ!
お前がいると落ち着かねぇの!
リーマス! 笑って見てねーでこの眼鏡どっかやってくれよ!!
あ〜も〜サイアクだッ!
「一体ナニが最悪なんだか。モメてたと思ったら、確りくっついちゃってさ。
僕やピーターの苦労はなんだったわけ?」
シリウスのベッドでじゃれ合う二人を和やかな笑顔で見ているリーマス・J・ルーピンの鳶色の眼は、笑っていなかった。
[[[soap play]]]