始まってしまえば、それはひどく即物的な行為だった。
何も考えられなくなって、重なる肌と熱っぽい感覚だけが全てになる。
そんな事に心の触れ合いを求める方が、そもそもの間違いなのだと思う。
やりたいから、やる。
彼らの間に、面倒な理由は不要だった。
時は有限だ。
不必要な理屈探しに費やす時間があれば、もっと有意義に使うべきだ。
例えば、非生産的なセックスとか。
[[[箒なくしてトぶ方法]]]
「…なぁ、前々から疑問に思ってたんだけどさぁ」
乱れたローブに汗の浮いた肢体を包んで、いつもよりぼんやりした淡い灰色の目が、10センチの距離にある端正な顔を見上げた。
「どうして、俺がいつも下なわけ?」
組み敷いた相手を、まじまじと見つめる。眠いのか、疲れたのか、ぱちぱち瞬きを繰り返す瞳はただ純粋に不思議そうな光を湛えていて、何ら他意は無いように思われた。
「いきなり何を言い出すんだ?」
授業の後片付けもされてない教室の硬くて埃っぽい床に寝転がって、二人で西からの日差しとスリルを楽しんでいる。
これまでも何度かこんな事はあったけれど、そんな疑問をぶつけられたのは初めてのことだ。ハシバミ色の目が、悪戯っぽく笑う。
「何? 上になってみたかったの?」
なら、僕に跨ってみるかい? と問えば、頬を染めて、
「そーゆー意味じゃねぇよっ!」
と返される。
「…ああ、僕を抱いてみたくなった?」
言いにくい事をさらりと言ってのける奴だ。
体側を撫でる手のひらはそのままに問われて、弾む息を抑えるのに苦労しながら、
「そーゆーわけじゃ、ねェけど」
と返す。
「じゃあどーゆーワケ?」
問いながらも、更にシリウスの着衣を乱していく彼に、真剣に聞く気が無いのは明確だった。
「…っ、床、硬くて嫌なだけ、……ん」
痛みに身を捩る相手の気を口付けで逸らせて、身体の奥を探る。いつ人が来るかわからないのであまり時間をかけていられない。
潤いを施されたそこは、微かな抵抗をみせつつ親友の指をのみ込んだ。ゆっくり抜き差しする動きに反応して、小さく収斂を繰り返す暖かな肉の感触を堪能する。
「どんな感じ?」
「…ん、ぁっ…痛ェよ」
「それはごめん」
悪態をつくシリウスのこめかみに優しく唇を押しつけながら、人差し指に添えるようにして中指を挿れた。
「―くっ…ぅ…」
声を押し殺そうと歯を立てられ、痛々しく腫れた相棒の唇を宥めるように舐める。眉間に刻まれた皺は確かに快感に漂うというより苦痛の色が濃い。
形の良い眉を顰め痛みに耐える様子にもそそられるが、何も虐めたいわけではない。慎重に二本の指を使い、彼の感じる場所を探した。
「―っ! ふ…っ」
汗の浮いた長身が、びくんと跳ねた。ヒュっと息を呑み、歯を食いしばって喘ぎを堪えている。
そこを重点的に刺激すると、力みが徐々にとれて括約筋の緊張が緩んでくる。そのくせ奥の方はきつく締め付けてくるものだからたまらない。
どこか遠くからざわめきや笑い声が聞こえる。すぐ脇の廊下を誰かが通り過ぎる足音が聞こえる。
明るいうちから親友と情事に勤しむ事実に高揚する。
爪と指紋を使い分けるようにして二本の指の動きに差をつければ、柔らかな内腿が小刻みに震えた。
声を出さないよう必死になっている彼が不憫で、音を封じられた喉に吸い付く。汗と石鹸とシリウスの匂いが鼻腔に満ちて、眩暈がした。
忙しなく上下する胸板をシャツの上から撫で、三本目を挿れる。
「ッ、……!!」
鋭く息を呑む気配。
硬く立ち上がったものから雫が溢れるのが見えた。なめらかな頬を真っ赤にし、目を瞑ってローブを握り締めている。
先走りで汚れないように、中途半端にボタンをはめたままのシャツを胸まで捲り上げた。白い布地から覗く乳首は尖っていて、抓んでこねると紅みが増した。
二本の指で孔を押し広げ、真ん中の指でそこを刺激する。彼は白い喉を見せて弓なりに上半身を反り返らせ、切なげに息だけで喘いだ。
癖の無い前髪が、汗ばんだ額に張り付いている。屹立は溢れ続ける透明な液体で濡れて光っていた。
ビクビクはねる躯にのしかかって肩と腕で押さえる。耳の穴を舌で弄ると、背中に腕がまわって肩にシャツごと噛み付かれるのを感じた。そろそろいいだろうか。
ジェームズは片手で着衣を必要最低限に緩め、指を引き抜いた。替わりに自らを支えながら通い慣れた道を進む。
「ぅ…ン――ッ!」
むき出しの白い下肢が痙攣するかの様に揺れている。
身体を容赦なく穿つ熱の塊にシリウスの眉がひそめられ、目尻に涙が滲んだ。
ジェームズの背中に痛みが走る。シャツ越しに爪が立てられるのを感じながら、抱えた膝を引き寄せ一層結合を深くした。
震える身体を、性感を煽る為ではなく安心させる為に柔らかく撫で、額、頬、鼻先、顎、目蓋…と顔中に軽いキスを繰り返す。
床にサラサラと広がる髪を熱心に梳き、肌を濡らす汗や涙を丹念に舐め取った。
余裕の無い呼吸が甘い吐息に変わるまで辛抱強く待って、動き始める。
大きく仰け反る親友の口に、咄嗟にローブの袖を突っ込んだ。
ここで大きな声を出されてはまずい。
くぐもった悲鳴が切れ切れにあがり、手酷く苛めているような気分になる。
確かに合意の上の行為の筈なのに。
「君が、いつも下なのはね、シリウス」
生理的な涙で潤んでいる澄きとおった灰色の双眸をうっとり覗き込んで、声だけは優しく囁きかける。
「……こんな事をされて、もし僕が足腰立たなくなったりしたら、グルフィンドールの損失だろう?」
僕はクィディッチの選手だから、困るんだよ。
「―んん!」
繋がったまま、ひきしまった腰を支えて脚を伸ばし、ゆっくりと身体を後ろに倒していく。
とらされた体勢に大きく目を見開いて、シリウスはかぶりを振った。さっきまで見上げていたジェームズの顔を、今は見下ろしている。
重力に従って、口の中からローブの袖がぱさりと落ちていく。腰から這い登る快感に漏れそうになる声を堪えて、必死に訴えた。
「…や……こ、んな…」
「床が硬くて嫌なんだろ?」
ヘイゼルアイズが、面白そうに見上げる。
「動いてみてよ、シリウス」
僕はあまり動けないんだからさ。
長い黒髪に指を絡めながら、そんな無茶を言う。
今まで味わったことのない痛みと刺激に支配されている今の彼には、そんな事など出来るはずがなかった。
「できない?」
無言の侭激しく頷かれたジェームズは仕方ないな、と苦笑いして、
「声、出すなよ?」
言って、口元を堅く覆う両手を引き剥がし、自分の腕に絡めさせた。縋りつくように爪をたててくるのに薄く笑い、負けじと爪をたて返す。
「大丈夫だから、息を吐いて、力を抜いて?
体重は、僕の腕にかければいい。やりにくかったら、僕の体の横に手をついて」
シリウスは、震えるように、細い吐息を吐いた。正直、ジェームズの言いなりになったまま手出しできないのは少々…いや、かなり癪に障るのだが、どうすればいいのか咄嗟に思い至らない程度には、頭の中が滅茶苦茶になっていた。
自分自身の体重によってより一層鋭くなった痛みに、顔を歪めた。
時折廊下を過ぎるざわめきに、極限まで緊張を高ぶらせながら、いつもよりずっと感じる。
普段とは違う刺激。
普段とは違う興奮。
背中を上下する、ぞっとするくらい甘い―甘い痺れ。
自然に腰が動く。
「―あっ、…はッ…ぁ」
「…しー…声出すとヤバイって」
「……そ、な、事、…ぁ―言って…もっ、――あぁっ!」
髪を乱して不安定に揺れる身体を、触覚で、視覚で堪能する。
ローブは肩からずり落ち、ネクタイは結び目も無くかろうじて首にかかっているだけ。スラックスも下着も取りさられた下肢は、遮るものを失い充血した昂りを顕にしている。外れたボタンの方が多いシャツは、クシャクシャになっていた。
そのボタンも全て外してしまうと、霧を吹いたような汗に覆われた素肌が現れた。胸の突起や綺麗についた筋肉を、丁寧に指で辿る。
「ばか、やろっ……み、見る…なッ」
「どうして?」
「―は、恥かしい、だろーがっ!!
ちくしょ、あっあっ、ダメだッ…だめ…やああぁ…」
ぬるぬるになったシリウスの屹立を、激しく扱く。
さすがに大きくなってきた声に淡く笑って、心地良い音色を紡ぐくちびるに指を挿し込んだ。すぐさま舌が絡み付いてくる。
少し乱暴に口腔をかき回すと、苦しげな瞳とぶつかる。引き抜こうとすると、離すのを嫌がるように頬がくぼみ、淫らな音をたてる。
自分がたてたその音にギョっとして身を強張らせ、視線を彷徨わせる親友が愛しかった。
うっすら開いた灰色の目から銀色の波を溢れさせて、眉根を寄せる表情に。
指先を頬張る、そのぎこちない仕草に。
熱を煽る、圧迫感に。
――その全てにこんなにも興奮させられる。
一番深くて一番鋭い刺激を得る為に、彼らはお互いの与え合う五感全てに夢中になった。
「…で、どうだった? 僕の乗り心地」
あ、赤くなってる。まあ、あの様子じゃ結構楽しんでくれてたみたいだけどさ。
「無視してないで、教えなよ。何だったら君の乗り心地も教えてあげるよ?」
―うわ、視線で殺されそう……。そんなに怒ることないじゃないか。
「う〜ん、とりあえず箒と同じくらい乗り心地、イイかなぁ」
そっぽ向かれちゃった。……箒と比べちゃ、やっぱ駄目だっかな…。でも、本当なんだけどなあ。
「立てないから責任取れだって?
ふふふ、僕としては光栄だよ」
だって、それだけ君を参らせることができたわけだろう?
「ヘンな笑い方するなって?
別に、変な事なんか考えてないってば」
ほら、またそうやってすぐ怒る……。
「……ま、そんなトコもかわいいんだけど」
あれ? 聞こえてたんだ?
「痛いな! おまえの馬鹿力で殴るなよ、シリウス〜」
終わってみると、結局お互い夢中で特に何も考えていないのだから、やっぱりそれは決して今までの感情を上回らせ、高ぶらせるような行為ではないのだと再確認した。
だからいつまで経っても、君の身体の奥は知っていても心の奥は知らないままなんだろうと思う。
大体僕は自分の心の奥だってよく知らない。
大切に仕舞い込み過ぎた騙されたがりの本心は、もう僕自身にすら見つけられない。
せめて、目に映るものの何分の一かでいいから、見えないものがもっと不確かでなくなればいいのに。
そうすれば、君はもう床が硬いなんて泣かずにすむ。
所詮無駄だと知りつつも、恣意的な思索をやめられない事こそ未だに型にとらわれたがる器の小ささなのだと、この時はそう結論付けた。
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