「シュークリームの中にクリームが入ってなかっら、ただの『シュー』だよな?」
[[[Mr.ルーピンによる観察]]]
手に持った、ふわふわの頼りない感触の物を、しげしげと見つめて言った彼の言葉に、一瞬場が固まった。
「……なに、わけのわからない事言ってるの、シリウス」
ぼくは呆れ半ばでため息を吐く。それでも大真面目な顔で彼は、今度はジェームズに向き直って再び言った。
「でもさあ、この中にクリームが入ってなかったらただの『シュー』じゃねーかよ」
「うん、その通りだね。よく気がついたな」
律儀に応えるジェームズもジェームズだ。
はっきり言ってぼくは、シュークリームだろうがシューだろうがなんでも構わないから、いちいち質問に答えるのにシリウスの髪を軽く引っ張るのはやめて欲しい。
「じゃあさ、シュークリームにシューがなかったら、ただのクリーム?」
シュークリームを忙しなくはぐはぐぱくついていたピーターが、妙に嬉しそうに言う。
あーあ、ピーターったら、口の周りがカスタードクリームでべたべただよ。
「スゴイぞピーター! まさしくその通りだ!!」
…………。
そんなに、僥倖でも目にした様表情を輝かせて言うような事なのだろうか。シリウスのセンスってわからない。(まあそんなバカな所が可愛いんだけどさぁ。無自覚なのがタチ悪いっていうか)
「ええ?……そ、そうかなぁ……」
ピーターが少し赤くなって言った。誰か早く突っ込め。
ジェームズも流石に脱力して、苦笑いしている。
仕方ない。誰も突っ込まないなら、ぼくが突っ込むしかないか。
「二人とも両方ボケ漫才してないで、シュークリーム食べようよ。
特にシリウス、君まだ一口も食べてないじゃあないか」
ジェームズお手製のシュークリーム。
午前中の授業に顔を出していないと思ったら、こんなものを作っていたらしい。
お昼休みに、もう何年も前から使われてないガラクタだらけの秘密基地みたいな空き教室で、こうして皆でご相伴しているというわけ。
別に大広間や談話室で食べてもいいんだけど、隠れてこっそり食べるのが楽しいんだよね。
ふわふわの、シリウス言うところの『シュー』の中身のカスタードクリームは、流石ジェームズ手作りだけあって美味しいことは美味しいんだけれど、ぼくとしては甘みが足りなくて、ちょっと不満だった。
ほんとに少しだけなんだけどさ。
だって、この甘さ控えめの味付けが、誰の為かなんて言うまでもないじゃないか。
「そうだよ、シリウス。折角おまえの為にクリームの甘さ抑え気味にしたんだから」
ほーら。
言われたシリウスは唇をとがらせて、手の中のシュークリームをもう一度ジッと見た。
「……なぁー、シューだけ食うんじゃ、駄目か?」
これには、ぼくも笑った。
盛大に顔を顰めて、それを目の高さまで持ち上げ、まるで試験管の中の反応を見るみたいにして、角度を変えながらまじまじ見つめるその仕草がなんとも滑稽で可愛らしい。
洋菓子をためつすがめつする美貌の少年魔法使い…やっぱり笑える。
「だーめ。僕の力作だぞ? 僕の苦労を無駄にする気か?」
……どうやらジェームズにとって、ぼくやピーターは二の次三の次らしい。シリウスに食べて貰わないと、彼の苦労は報われないわけだ。
なーんか、そーゆーのって、面白く、ないよね。
ふと楽しい事を考え付いて、ぼくは急いで残りのシュークリームを呑み込んだ。
「……ねぇ、そんなに食べたくないなら、ぼくが食べてあげよっか?」
シリウスの為のとっておきの笑顔を向けながら言った瞬間、ジェームズの気配がピシっと緊張を帯びた。突き刺さるような視線を感じる。
まったく面白いったらない。
今度は、ジェームズの為のとっておきの(黒い)笑顔を浮かべる。
「ジェームズも、食べてもらえないんじゃつまんないだろ?」
ああ、怒ってる怒ってる。
皆彼のこと、飄々としてるとか、何考えてるかわからないとか言うけれど、こんなにわかり易いのになぁ。
「…いーよ、みっともねェ。シューぐらい俺一人で食ってやる!!!!」
う〜ん、そうか、残念。
でもまあ、いっか。ジェームズもからかえた事だし。
あんまり彼を怒らせると、一体後でどんな報復されるかわかったもんじゃないしさ。
それにしても、いつの間にかシューで定着しちゃったんだね……いいんだけど、うん。
たかがシュークリーム一個食べるのに、そんなに気合を入れる必要は無いと思うんだけどなあ。
「……あ、美味い……」
恐る恐るの態で(何せ、彼は甘いものが大の苦手、甘いクリームたっぷりシュークリームなんかはその筆頭だろう)、一口齧ったシリウスが、信じられないといった面持ちでシュークリームを凝視する。
次の瞬間、ぱっと相好を崩してジェームズに笑いかけた。
「スゲェ! マジ美味ェな、このシュー!! 甘いのに!
どうやって作ったんだっ?」
うわ〜、シリウスって、ぼくらに対して笑う時は大概とても綺麗な笑顔なんだけれど、今日のは特に凄いな…黙ってたって美形なのに、顔中に「美味い、もっとくれ」なんて大書きして感謝と期待に満ちてニコニコされたら……。
ジェームズほんと嬉しそうだよ。
ていうか何、あの甘い顔つき。シリウスが胸焼けを起こさないのが不思議だ。
自他共に大の甘党と認めるぼくですら、直視に耐え兼ねてるっていうのに。
「良かったよ、口に合ったみたいで。作り方は企業秘密だ。だって君は知る必要がないだろう?
食べたくなったら、またいつでも僕が作ってあげるから」
シリウスの口に合うのは、ある意味当然だろう。何せ、シリウスの好みに合わせて作ったんだろーから。
…………に、してもどうしよう。あの辺オーラが蛍光ピンクだ。頼むから、他所でやってよ。
「そうか! それもそーだな。ジェームズお前いい奴だな〜!!」
「まだ沢山あるから、どんどん食べてくれ」
「ねぇ、僕ももう一個貰っていい?」
あの二人の間に入っていけるピーターは、とても偉大だ。
それにしても、未だに口のまわりクリームまみれ。言ってあげた方がいいのかな。
「あーあ、もうクリームだらけだな」
そう思っていたら、先にジェームズが注意した。ただし、ピーターではなく、シリウスに向かって。
「…えッ? 何処?」
シリウスが口元に持っていった手を、別の手が捕まえた。
「ここ」
細長い指の先を、ジェームズが舐める。
落ち着け、ここで動揺したら、敵(?)の思うツボだ。
ピーターは気付かずに一心不乱にシュークリームを食べている。なんて幸せな奴!
「お、サンキュ」
しかもしかも、どうしてシリウスは何でもない事みたいにしてるんだ!?
「ユーアーウェルカム。…どうしたリーマス? 変な顔して。口と手が止まってるぞ?
僕のシュークリームは、お気に召さなかったかな?」
自慢じゃないけれど、少し困ったように微笑む彼の唇の端が底意地悪げに歪んでいるのを見分けられるのは、シリウスを除いてはぼくぐらいだろうという妙な自信がある。
そうだね、ぼくらは良くも悪くも対等な親友同士だからさ。
「ううん。なんでもないよ。
ただこのシュークリームは、ぼくにはちょっと甘味が足りなくて」
「君の味覚に合わせてたら、誰も食べられないよ、リーマス」
「あハハ、そうかもしれないねぇ、ジェームズ」
これ以上邪魔をしてケンタウルスに蹴られてはかなわないので、午後の授業開始の鐘を機にぼくはピーターを引っ張って早々に退散した。
――あーあ、全く、見てるこっちが馬鹿馬鹿しいよ。甘い物が苦手になったらどうしてくれよう?
[[[Mr.ルーピンによる観察]]]