何でもない事の様に同じ言葉を返してくる彼は多分何にもわかっちゃいない。


 そうは思っても、自らで聞き取れるぐらい、鼓動が強く、速くなる。
 体中の血液が沸騰するような感覚に見舞われ、頭の中が真っ白になって―世界が、閉じていく…。

 まるで彼と自分しか存在しない様な錯覚。
 それは、恐ろしく危険な勘違い。
 

 ほんの冗談だった。冗談だった筈なのに。
 何の気なしに言ったシリウスの一言が、それ迄均衡を保っていた筈の何かを崩してしまった。

 ローブ越しに感じられる肌の温度に、首筋にかかる生暖かい吐息。
 会心のイタズラを思いついた時みたいに、キラッと光る目で危うい言葉を吐き出す。

 そんな些細な事で、案外簡単に火がついた。


 ―どんな意味で言ってるかわかってる?


 問えば、馬鹿なくせに聡い彼は気付くだろう。
 確実に逃げられるのはわかっていたから、ジェームズは何も言わなかった。

 ただ無言のうちに、抱きしめたまま身体の輪郭を片方の腕で辿る。背中の真ん中を通って、途中で折り返して肩甲骨へ。首の後ろ側から、後頭部の髪の隙間に五指を差し込み手櫛で梳いて、絹糸の髪を引っ張る。
 ―自然、シリウスの顔はちょっと上向いて、面倒臭がる所為で今もボタンは全開の喉元から顎の裏側の柔らかそうな皮膚が、目の前に曝されることになった。





「痛ェな、ジェームズ。
 ちゃんといーこいーこして、なぐさめてやるから放せよ」

 シリウスは的外れに暢気事を言いながら、乱暴な仕草ではあるものの、視界には入らないクシャクシャの頭を更に掻き乱すようにしてぐしゃぐしゃ撫でる。

「イテテテテッ!!」

 途端、仕返しの様により強く髪を引っ張られた彼は、完全に仰け反る体勢になった。
「いてーよ、マジ痛いってば!
 放せよッ。俺がハゲたらお前の所為だぞ!?」

 無理矢理天頂が近くなり、下手に動くと後頭部が痛むので満足に身動ぎも出来ない。頭部の痛みはそのままに、背中を辿る手の感触を感じる。
 さっきと同じように首の後ろまで辿った後は、地面に近い方に、まるで緩やかに重力に流されるように、ごく自然に下の方へ下りていく。

 流石にそれ以上、下にいくとまずいだろうという所を過ぎても、親友の手の動きが止まることはない。

 漸く、シリウス・ブラックの脳の中で、警告音が鳴り始めた。

「……ジェームズ?」

 背中を軽く叩いても、反応が返ってこない。 感じるのは髪を引かれる痛みと、不本意なことに徐々に広がりつつある、不埒な感覚だけ。
 夕焼け寸前の薄明るい空に向かって、呼びかけを繰り返す。

「ジェームズ? なぁ…」

 顔が見えない。声も聞こえてこない。
 ただ、気配と匂いと触覚だけで、彼がいることを感じ取るしかない。

 眼鏡を壊されて、見えないとぼやいていた相棒。
 シカトしてた時は、勿論口なんかきかなかった。ひょっとして、こんな感じだった?

「…なぁ…ジェームズ、なぁってば…」

 仰け反り過ぎて、殆ど常に口が半開きになっている今の自分の状態はさぞかし滑稽だろうと思いつつ、応えない相手の肩を揺する。
 喉元にかかる吐息が熱を帯びてきているのは、気のせいだと思いたかった。

 口の中が渇いて、何度も唾を飲み込む。
 緊張なんかしていない。これは寒気だ。抗い難い感覚を必死で理性の名の下に封じて、動き回る手を押さえつけた。

「……なんか、それはやっぱ、ヤバイんじゃねぇ?」
「やばくなればいい」

 嗄れた声。

 ジェームズが素肌に唇を押し付けたのと、驚いたシリウスが声をあげたのはほぼ同時だった。



「信じ、…らんねッ、何考えて……そもそもココ、中庭だぜ?」
「知ってるよ」
「誰か、来たら…」
「来ないさ」

 もうそろそろ夕食の時間だ。大広間は、此処とは大分離れている。
 ジェームズは行為そのものより場所を気にする相手の態度に笑い出したいのを堪えた。これから自分が何をするつもりなのか、彼は正確に理解しているのだろうか。

「…フィル…チ、とか、さぁ」
「彼も食事ぐらいしてるよ」
「ッリーマス達が、…心配して、探しに来るかも……っ」
「可能性は否定できないな。よし、隠れよう」

 反った顎から鎖骨の間までを執拗に繰り返し往復していた舌が一旦離れ、シリウスは心底ほっとする。が、同時に彼を支えていた腕も離れていき、腰砕けの無様な姿を晒す事になってしまった。
 長い間上ばかり見ていた所為で、平衡感覚もおかしい。脇にジェームズの腕が巻きつき、ふらつく身体を確りと立たせた。

 最悪な事に、隠れようと言って半ば強引に引きずられた先は、ちょっと奥まった所にあるだけの木立の中で、これはジェームズお得意の冗談なのか、タチの悪すぎる本気なのか、俄かに判断がつきかねる。
 外でなんて冗談じゃない。こういった接触が何を意味するか理解はできる。だが納得はできない。
 考えて、一番ストレート且つ根本的な疑問をぶつける。

「なんでこんな事、したいんだ…?」
「君が可愛いから」

 ―ふざけんじゃねぇ。
 短く即答された言葉は到底満足の得られる言葉ではなく、かといってどう答えられたら良いのか、応えたら良いのかわからずに、更に時間稼ぎでしかない問いを重ねる。

「なんで、ピーターとかリーマスとかじゃなくて…俺?」
「…親友だから。一番信頼のできる」

 答えになっていないし、何かが間違っている。しかし、こういう確固たる口調の相棒に何を言ってもシリウスに決定権は無いのは経験上よく知っていた。
 首筋を這う生暖かさに時折瞑目しては睫毛を震わせながら、彼はジェームズが顔を伏せていて良かったと思う。この上あの金茶の瞳に見据えられたら、自分はきっと動けなくなる。

「……マジか?」
 なるべくさり気無い口調で聞こえるように、声が震えていない事を祈った。

「流石に僕でも、ただの悪戯や冗談でこんなことするほど酔狂じゃないつもりだけど?」
「それが、酔狂だ…っつてんだよ」

 大体、ジェームズなら、単なる悪戯でもやりそうだ。スネイプなんかは、多分いい餌食に違いない。

 針葉樹の堅い幹に凭れて座り込み、飽きずに皮膚に触れてくる濡れた感触から意識を逸らそうと考える。
 たまにはこんな『イタズラ』もいいかもしれない。流されてはいけないと、思考の半分はけたたましい警鐘を鳴らす。

 その警告に従うには、悪いことに放っておいても与えられる疼くようなその感覚は癖になりそうなくらい、不思議と気持ちが良い。
 とんでもないスリルと背徳感。この種の興奮は馴染み深く、覚えがある。シリウスは確かに期待を抱いている事を認めざるを得なかった。

 とはいえ――

「お前…楽しいか?」
 言っちゃ何だが、男相手に。
 予想に反して無二の親友兼悪友はニコリと無邪気に笑う。





「もちろん」
「何が?」

 そうだなぁ…と呟いて伸び上がり、熱を帯びつつある躯を更に煽る事も忘れず、右にしようか左にしようか迷って、銀色のピアスのついた耳に殆どゼロの距離からふき込む。

「…一つずつ、具体的に答えてあげてもいいけど、シリウスが恥ずかしいと思うよ?」
 それでも聞きたい? と問えば、微妙に怒っている声が、NO!と応えた。
 それに混じる明らかな照れに、ジェームズは自らの勝利と相手の陥落を確信する。噛んでも殺しても笑みが溢れた。

 闇色の髪に、闇の魔術をも操る力を持つ美しい親友。
 今から抱くのだと思うと、クィディッチの試合に臨む時と同様…もしかするとそれ以上に心が弾む。
 彼はどんな反応を示し、どんな口汚い言葉で自分を罵るだろう。泣き叫ぶ声すら甘いに違いない。

 これからしようとしている事は、ある意味信頼を踏み躙る行為に等しい。
 手酷い裏切りを受け傷つく姿を想像して高揚を覚える。大切に大事にしたい気持と同じくらい強く、滅茶苦茶にしてやりたい衝動が湧き自嘲気味に口端を歪めた。
 きっと自分はどこかおかしいに違いない。

 透き通った灰色の瞳にぴたりと焦点を合わせ、微かに朱の差す頬を愛でる様に指先で緩々撫でる。戸惑いを含んだやや硬い親友の表情が初心に思え、自然と声が柔らかく掠れた。
「だったら、そろそろ黙らない…?」

 ―なぐさめてくれるんだろ?


 殆ど吐息だけの囁きと共に向けられた視線に射抜かれ、硝子を通さぬその瞳に宿った見た事の無い強い金の光に言葉を失い、シリウスは今度こそ動けなくなった。
 口を噤んだままゆっくりと首肯し――そして、親友の顔に浮んだあまりに曇りの無い綺麗な笑みに、初めてジェームズが恐ろしいと感じた。
















 幸か不幸か彼らは同性同士でまたその手の事に関しての勉強には事欠かなかったらしく、似通った仕組みの身体のどこをどう弄れば良いのかを知っていた。

 一度躊躇を捨ててしまえばネクタイを緩めて制服の釦を外し、更にベルトの金具を弾いてその内側に手を侵入させる事は容易く行われ、互いの反応を窺いながらも競うように高め合う。
 中途半端に着衣を乱し屋外で素肌に触れ唇を押付け合うその行為に時に驚きの声を発し、そんな相手の反応にクスクスと柔らかく笑い、或いは煽情されてより夢中になっていく。

 相手を抱くのだと強い意識に基づき行動していたジェームズの方が有利だったのは、仕方の無い事かもしれない。やがて先に白旗を揚げたのは、シリウスだった。
 彼は親友が触れてくる自らの身体のありとあらゆる部位に、官能に結びつく鋭敏な感覚が備わっている事を初めて知り、信じられないと何度も首を左右に振った。次第に息があがり発される言葉は単純な物になっていき、意味も無くノー、と繰り返す。

「……―もっ…う、おま、え、…しつこ…い、って」
「…そう? …まだ、ねぇ、もっと楽しませてよ」

 絶頂を阻む指先を引っ掻くが、崖っぷちの彼が淡く微笑んですらいる相手に勝てる筈もない。
 行き場を無くした身体の中には溜めておけそうもない熱に勝手に身が跳ねて、革靴が土の地面を浅く削り、落ちた木の葉がカサカサと小さな音を立てる。我慢できなくて、逃げようと草地に手を伸ばしても、強い力で引き戻された。

「もう、少し、…我慢しといて」

 恨みがまい目つきで、グレイの瞳が眇められる。濡れた双眸は、銀色に光って見えて、こんな時でも品を損なわないなシリウスの容貌をこの上もなく際立たせた。
 自分の与える感覚に身を捩り、瞳を潤ませ、声を漏らしてくちびるを噛み、それでも耐えようとする姿をまだ愉しみたい。

「…こ、の…馬鹿っ!
 あと、で、…ぁッ、憶えて、いやがれ……ッ」

 震える声と尖った眼差し。
 普段強気な彼の、すっかり無力な精一杯の捨て台詞。
 愉快で堪らなかった。

 どこかで箍の外れる音がする。











「ごめん」

 自らの口から漏れた言葉が丸で他人のものの様に白々しい響きで耳に届く。
 混濁した意識が霧散していくのを掻き集めて考える。
 ―何に、対して?


 この機会を逃したら、もう次は無いと思った。

 ――こんな事をして何になる?

 僅かに残った常識が、尤もな疑問を発する。いいじゃないか、楽しければ。

 二つの存在が惹き合う時、同じ力の反発が起こるものらしい。そして今、反発したのと同等以上の勢いで彼に近づきたかった。
 言葉どころか視線を交わす事すら無かったのに、丸で全て忘れた様な態度に救われた反面、肩透かしを食らった。自分は笑える位シリウスの事しか考えられず彼本人を思い遣る余裕も無いと言うのに、何でもない風情でリリーの事を口にする親友に腹が立った。

 これは八つ当たりだ。
 最低の暴力だ。

 本気で手を出そうなんて考えた事が、無いとはいえないけれど、それはこんな即物的な行為じゃなかった筈。それでも、自ら仕掛けた罠にうっかり嵌まって抑制が効かない。
 多分、君はこんなのたいしたことじゃないと笑うのだろう。いつもの悪戯と、同じようなものだと考えて。

 その方が、いい。
 なぐさめの言葉を都合よく捻じ曲げて、戸惑う彼をいいようにするのはこの上なく快感だった。面倒くさい理屈なんて存在しない方がいい。その方が、楽に愉しめるから。

 むしろ、あっても邪魔なだけだ。


 挿入は容易くは無かった。
 シリウスは消極的な言葉以外の拒絶はしない代わりに一切の協力もせず、苦痛に酷似した表情で身体を強張らせていた。本人は絶対に否定するだろうが、怯える彼を宥めすかして下肢を割り身体を繋げるには、根気と痛みが伴った。
 地面を掻き探る爪の間に、黒い土が入り込んでいる。髪も大分埃っぽくなっているだろう。肩から背中にかけては、多分痣ができているに違いない。

「ちょっとは、抵抗すればいいのに」

 浅くて早い呼吸を繰り返す相手は、薄ぼんやりと目を開いてはいるものの早々に意識を手放してしまったらしい。微かに首を傾げるだけで、時折引き攣ったような声以外には発される言葉も無く、随分自分が酷い事をしているような気分になる。
 強姦だという自覚は無論あるが不思議と罪悪感は湧かない。罪の意識を感じるいとまも無い程没頭していた。
 親友は想像以上に素晴らしく魅力的で、矜持高い彼を犯しているのだと思うと止め処無く欲望が湧起こる。

「聞こえてる?」
 軽く頬を叩いて繰り返し問えば、漸く銀灰の目に僅かな光が戻り、一瞬ぎゅっと瞑られた後、何度か瞬きして流石に息のあがっているジェームズの顔に焦点を合わせた。
 言葉を紡ごうとして、自分の中の相手を強烈に意識する。

「――った!」

「ああ、やっぱ、君も痛い?」
「……自分が、やられてみろ、…この、阿呆」


 苦しげに息を吐き出しながらも、シリウスはやっとの事で薄ら笑って相棒の背中に手を回す。白いシャツが泥まみれになるだろうけれど、知るものか。こっちは殆ど全身土まみれ草まみれだ。
 汚れて気持ち悪い両手をゴシゴシ擦り付けた。

「あ、僕の服汚すなよ」
「うるせェ、…これくらい、ガマンし……ふ、あッ」

 急に突き上げられて、息が止まる。耐えきれそうも無い、鮮やか過ぎる感覚。痛い上に内臓への圧迫感が苦しかったが、親友と男同士で性行為に及んでいるのだという事実に異常な程の興奮を喚起される。
 家に逆らう事や校則を破るのと同じく、禁忌を犯す事は甘やかな戦慄に満ちていた。セックスが齎す快感よりも、その秘密めいた罪の意識に溺れる。

 どうせやるなら、楽しまなければ損だ。
 シリウスは思う。

 そうはいうものの、それと無様な醜態を晒す事とは又話が別だ。堪えていたのに喘いでしまって、止められなくて、もう最悪だった。
 中断を求めて爪を立てても、きれいに無視されてしまう。

「…う、…ぁ、ま、まだ…ッ」

 うるさいよと唇が塞がれる。痛いくらいに吸われて、でも、まだ足りなくて互いに熱い口の中を探った。
 だんだん激しくなる揺さぶりに合わせ、既に悲鳴に近い声が木立の中に響く。誰かに聞かれたらという事など、乱れた思考では浮かばない。

 口付けを振り切って、細身の体が弓形に反る。
 高まる性感を紙一重でかわし、自分の拳に歯を立てた。じゃりじゃりとした砂の味が、ひどく生々しい。


“Coll my name”


 字面だけなら切なげな囁きを、熱い息とともに耳で感じた。

“please...”
 何故、こんな時ばかりこの相棒はお願いが上手いのか。そんな風に言われたら、何をおいても望みを叶えてやりたくなってしまう。
 思うように紡げない言葉をもどかしく感じながら、途切れ途切れで格好悪い声で、親友の名を口の端にのぼらせる。

「…ぁ、ジェームズっ…」
「…シリウス」
「……い、あぁッ…、あ、」
 

「――ごめん」

 どこか遠くから、静かな呟きが聞こえた。
 混濁した意識が霧散していくのを掻き集めて考える。
 
 ―何で、謝るんだ?






























「……おい、アチコチすっっげぇ痛ェんだけど」

 億劫そうに目を開き、霞む視界に眼鏡がなくて違和感のある相手の顔を見つけたシリウスの第一声は、これだった。
 思い切り眉を顰め、手を伸ばして相手の頬を抓ろうとする。

 その手を上半身を反らす事で避けながら、ジェームズはにやりと笑った。
 予想通りの反応を受けひどく安堵している内心を悟られまいと、細心の注意を払いながらいつも通りの親友の顔を作る。

「痛いばっかでもなかったろ?」
「アホ。それにしてもお前、乱暴過ぎ」
 苦笑いしながら身を起こして服を整えようとし、腰が立たない事に気付いた。

「ああ、激しかったし…無理したからじゃないかな?」
 愕然としたシリウスの表情をニヤニヤ見つめる。
 白皙の頬をサっと朱に染め彼は憤然と拳を握った。
「バカヤロー、お前の所為じゃねーか! 責任とれよな、責任ッ」

「いいよ」

 アッサリと返され拍子抜けするが、次に両脇と膝裏の下に腕を差し込まれ、そのとんでもない行動に度肝を抜かれ反射的に相棒にしがみつき――

「おろせ! そんなみっともないのはゴメンだ!
 ていうか無茶すんなっ、落ちる落ちるー!!」

 自分が何をしたかハっと気付いて大慌てで離れようともがく。

「だって自分じゃあ、歩けないだろ? ……やっぱ軽々とはいかないなぁ。発育いいもんね、君。
 おい、暴れるなって! ホントに落とすよ? それとも魔法で運ばれたい?
 ああ、釦くらい自分で嵌めといて。僕はそこまでサービス精神旺盛じゃないからな」

 このひょろりとした体の、何処にそんな力があったのか。ジェームズは当然の様に自分より体格に勝る彼を抱え、ゆっくり立ち上がって木立を抜けて行く。

 究極の選択を迫られたシリウスは複雑極まりない面持ちで黙り込んだ末、渋々釦を嵌め始めた。冷静に考えれば幾らでも別の手段はあっただろうが、もうどうにでもなれと少々自棄気味に思考を放棄する。
 この首に腕を回してくっつくのは、寒いし落ちたくないからだ。そう自分に言い聞かせ、ふとハシバミ色の目を見上げた。

「…なぁ、俺達いつ仲直りしたんだっけ?」
「さあ?」
「ま、いっか」
「そうだね」
 笑みを交わし、自分の顔より見慣れた相手の顔を見つめて、
「…あーあ、僕のお気に入りのサラサラの黒髪が泥まみれだ」
「泥まみれにしたの、自分のクセに」
 そんな他愛ない会話で、日常が戻ってきたことを確認する。



 おそらく二人の関係は何も変らない。
 彼らの間にある秘め事が、また一つ増えただけだ。
 淫らな遊戯の持つ危険性に、賢い筈の彼らはこの時気付かなかった。

 ジェームズは親友が欲しいと思い、シリウスは親友を失いたくないから応えた。

 ほんの少しの差異が大きな歪みに発展する可能性など考えもせず、後に暗黒の時代と呼ばれるこの時を表面上は平和なホグワーツの微温湯に浸かり、茜差す空を共に見上げる。

「オイ、ほらアレ一番星じゃねぇ?」
「あ、ホントだ」

[[[Obstinacy Star]]]
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