「幻春舞曲」 争いで創りだせる未来なんてありえないこと。 それはわかっています。 それでも、私達珠魅は…滅びをみなければいけないのです。 「ディアナ様」 名前を呼ばれて、私はそこに青年がいることに気がついた。 「…話があります」 私の目を見ずに、青年…アレクサンドルは私にそう告げる。 ここは、眩いほどの煌きに包まれた珠魅の集落。 煌きの都市。 「…蛍姫が倒られました」 その一角でアレクは静かに私に語り始める。 「涙石のつくりすぎです。体力も限界に近い。 あなたもわかっているのでしょう? これ以上、戦争を続けることは無意味だと…」 「…そうでしょうか?」 顔を上げ、私は言う。 「まだ、大丈夫です。 蛍姫が消滅するまでは…」 私のその応えに、彼は顔をゆがめた。 「………どういうことですか!?」 「蛍姫には、その核が砕けるまで泣いてもらいます。 それが珠魅にとって、最良の選択なのですよ」 「…!そこまでして、貴方の欲しいものはなんなのですか!?」 怒ったように彼は叫ぶ。 私は、その様子を見て微笑み、言葉を紡ぐ。 「勝利…栄光…私の望みはそんなものではありません。」 一呼吸いれて、私はつづける。 風が静かに吹き抜けた。 「『滅び』、です。私たち珠魅の。」 「…何?」 私は彼の目をまっすぐに見る。 「『滅び』と言ったのです。私たち珠魅の。」 ―そして、私自身の。 「戦争の意味を知っていますか?」 困惑した表情の彼に、私はさらに語りかける。 「…?欲望を叶えるための、生命の奪い合いでしょう?」 「そうでもあります。でも、もともとは…神が創りだした、神聖なものなのですよ」 「神聖?」 その言葉に、彼は大きく顔を歪めた。 …昔の私にそっくり…そう想い、私は微笑んだ。 あなたに問います。 戦争で戦死した者と、他人を殺めてまで生き残った者。 どちらが神に愛されていると想いますか…? 「…それは…生き残った者、でしょう?」 その応えに、私はくすくすと笑う。 …そうですか。あなたはまだ、そう想えるのですね …本当に、どこまでも、昔の私にそっくりなのですね? 「けれど…本当に神が私たちを愛しているのならば…愛している者をこんな…」 ―苦しみと哀しみだけの世界においていけるのでしょうか? 「…あ」 その言葉に、彼は小さく声を漏らす。 「…私の云いたいこと。貴方ならもうわかるでしょう?」 私は眠りたいのです。永遠に。 しかし涙石があっては、いつおこされるのかもわからない。 だから、戦争をおこして、涙石のもとを絶つ。 「蛍姫はあと少しで消滅…そのときこそ、私達はやっと死ねるのですから…」 くすくすと笑いながら、私は言う。 なぜ笑いがこみ上げてくるのか…それは私にもわかりません。 珠魅に対する嘲笑か、自分に対する諦めの笑いか…。 族長になった時から、決心は揺らぐことはない。 たとえ非道といわれても、死だけが私の望みなのだから。 笑い続ける私を見て、彼はなにかを決心したように、私に背を向け、歩き出す。 「どこに行くのです?」 「蛍姫のもとへ」 彼は、背を向けたまま私を見ようとしない。 「私は…彼女の騎士ですから」 「…そうでしたね」 「ディアナ」 初めて彼が私を呼び捨てにした。 そして少しだけ振り向き、私に言葉を投げかける。 真実を知らずに愛を語るのは愚かなことだ。 しかし 愛を知らずに真実を語るのも、愚かだとは想わないか…? 風が静かに吹き抜ける。 「…そうかもしれませんね。でも、私にはわかりません」 受け入れたくなかった。 受け入れるのにも疲れていた。 ただただ、眠りたい。 永遠の眠りにつきたい。 「そうでしょうね。わかるはずがない。…貴方には。」 私に背を向け、彼は再び歩き出す。 私が生きている限り果てしなく続いていく 終わりのない世界。 泣きたくても逃げたくても叫びたくても… 何度乗り越えても果てることのない絶望の壁。 私のもとからまた一人去っていく。 すくいあげた水が指の間から零れていくように。 「『わかるはずがない。…貴方には』…か。」 独り残され、私は呟く。 こころだなんて欲しくはなかった。 ただの石でいたかった。 …―ただの石でいたかったのに―… END COMMENT |