「しあわせの種。」
「いいなぁ…セイレーンさんって。」
私の翼を見て、真珠がそう呟いた。
「とってもきれいな翼があって…」
にこにこと微笑み、私の翼を見つめる。
「…そうかしら?私は珠魅の核のほうが羨ましいわ」
「私もそう想う!すっごく綺麗だもん、珠魅の核って♪」
フラメシュも、私の言葉に続く。
本心から出た言葉だった。でも、その言葉に真珠は表情を曇らせてしまった。
「ほーんと綺麗♪できることなら私も欲しいなー」
その変化に気がつかない様子で、フラメシュは言葉を続ける。
「…だめだよ。ないほうがいいよ…核なんて…」
―私達はこの核のせいで、ずっと苦しみ続けたんだから…
真珠の言葉に、フラメシュははっとして口を閉じた。
踏み込んではいけない、哀しい思い出。それは誰にでもあるもの。
真珠にとっては、この話題がそのひとつだったのかもしれない。
「…珠魅は、涙石をとりもどしました。きっと、また珠魅狩りが始まります」
少しずつ、真珠が言葉を紡ぐ。
「どうせなら…こんな見せ掛けだけの美しさじゃなくて、
セイレーンさんみたいに…綺麗な歌声や翼が欲しかった…」
その言葉に、思わず私は自分の翼を見た。
…目には見えないたくさんの血が、こびりついているように見えた。
「…また、たくさんの命が失われます。
珠魅が生きるために…たくさん…殺すことになってしまいます」
殺す、という言葉を真珠は怯えたように口にして…俯いた。
「逃げたい…珠魅だけの世界に。翼があったら逃げられるのに…」
その言葉に、全身の血が冷たくなった気がした。
怒りではなく…でも、それに似た感情。
「セイレーンの翼は、逃げるためにあるわけじゃないわ」
自分でも驚くほど冷たい声で、私はそう言っていた。
「使命、よ。この翼があるかぎり、歌い続けなければいけないの。」
それでも欲しいの?この翼を―…
真珠は困惑した表情で私を見ている。
自分を止めなきゃ…でも、言葉が零れて、止まらない…。
「苦しいのは珠魅だけじゃないのよ!みんなみんな生き抜くのに精一杯…苦しみを抱えているわ」
気がつけば、言葉は叫びに変わっていた。
フラメシュはそんな私をじっと見ている。私の奥の、何かを見ているように。
…何度もセイレーンであることを呪ったわ。
この歌の魔力で、人を殺めてしまうんだもの…。
「…苦しみはひとをダメにするだけのものじゃないわ!
苦しみからたくさんのことを学んで…そして生きぬいて!」
気がつけば目の前がゆらゆら揺れている。
なにかが私の頬を濡らして、ぽた、と零れた。
「お願い。辛いからって、目をそむけないで…」
ああ…私、今泣いてるんだ。妙に素直に、そう実感した。
「いつか…きっとわかるから。逃げなくてよかった…って…っ」
最期のほうは、しゃくりあげているせいで言葉にならなかった。
…なんだかまるで 昔の自分を叱っているみたい。
うしろばかりみていて
うしろしかみえなくて
セイレーンじゃなければよかったって
どうにもならないことばかり考えていた…。
「…エレ、かわったね。すっごくかっこよかったよ」
真珠が帰ったあと、フラメシュが私に対して言った。
かあ、と一気に顔が赤くなるのが、自分でもすぐにわかって…
「………ごめん」
「どうして謝るの?」
笑いながら、フラメシュは私の顔を覗きこむ。
「…あのこ、昔のエレみたい。自分の運命を呪っても、どうにもならないのにね」
踏み込んではいけない、哀しい思い出。それは誰にでもあるもの。
それは、フラメシュにとっても同じこと。
彼女も…人魚であるために、哀しい想いをたくさんたくさんしてきたのだろう。
「あのね…フラメシュ。私も昔、セイレーンに生まれてきたのが、嫌で嫌で仕方がなかったの」
人を殺める力。強力すぎる歌の魔力。
使命を抱える、私の翼。
「でもね」
私は、顔をあげてフラメシュの瞳を見た。
深い、深い緑色。限りなく蒼に近い、緑の瞳。
その瞳で、色々なものを見てきたのよね。貴方も、私も。そして…みんなみんな。
「いまは、セイレーンでよかったって想う…自分のこと、誇りに想えるよ」
顔をあわせて、二人で笑った。
ああ
死にたい、なんて想ったときもあった。
出口が見えなくて、彷徨っているときもあった。
でも、手を伸ばせば
こんなに近くに、差しのべられた手があったのね。
そう想うと
涙があふれて、止まらなかった。
あのとき死ななくてよかった。
死んでいたら、こんなふうには二度と笑えなかったもの。
二人で一緒に笑って、そして一緒に泣いた。
「あのこもいつか、『珠魅でよかった』…っていうのかな」
真珠のことを思い出したのか、フラメシュが言った。
「…あのこ、ね。前、ずっとずっと他人のためだけに生きてきた…って言ってたの」
それはきっと、もう一人の真珠、レディパールのこと。
騎士の役目を果たすために、ずっと自分を殺して生きてきた女性。
「しあわせになる方法、探してるのかもね」
そう言って、フラメシュが微笑んだ
「うん。…いつか、みつかるといいね。あのこのしあわせ…」
そして、私も微笑む。笑顔って、あくびと一緒で伝染るものなのかしら?
そう想うと、また笑ってしまった。
「エレさーん!!フラメシュさーん!!」
砂浜のほうから名前を呼ぶ声が聞こえる。
灯台の中から、植物のツタの隙間を探しだして顔をだした。
「瑠璃くんがね、お礼を言ってこいって…ありがとうございましたー!」
そう言って、ぶんぶん手を振りながら走ってくる少女。
「…走ると、また転ぶぞ」
後ろには、その騎士…瑠璃もついている。
そしてその言葉通りに、真珠はなにもないところに足をつまずかせて、転んだ。
「二人とも、よかったら中においでー?」
きゃはは、と笑ってフラメシュが言う。
瑠璃は真珠を助けおこして、
「いや、遠慮…」
「はい!お邪魔します♪」
瑠璃の言葉に気がつかずに、真珠は元気に返事をした。
「?瑠璃くん、どうしたの?」
「…いや、なんでもない。行くか」
呆れたように真珠の頭をぽんぽんと撫で叩いて、
今度は転ばないように真珠の手をとって歩き出す。
身近すぎて気がつかなかった。幸せに。
こうして生きていること、笑っていられることって
すごく当たり前だけど 今まで自分が生き抜いてきた証。
「しあわせ」なんだよね…きっと。
今ここに私が存在することは 何度も苦しみを乗り越えた、なによりの証だから。
太陽は果てしなく高く、世界を照らし続けていた。
END
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