041:デリカテッセン 2003/09/04 (木) 今日は午後の練習後に買い物にクリスと行くことになっていた。 勿論、夕食の買出しだ。ホームステイさせて貰っているからには、 進んで手伝いをしなければいけないだろう。常識的に。 クリスと共に帰宅すると偶然にも俺宛の電話が取り次がれていた。 クリスの母親に礼を述べると受話器を受け取った。 「もしもし?」 「あ、マムシか?」 それは最近当たり前のように掛かって来るあいつからの電話。 電話代嵩むだろうにと思いつつ、会話する。 嬉しくない訳ではないのだ。 ただ、こんなに俺のこと思っていてくれてるとは思っていなかったから。 というか浮気されていた方が後々都合が良かったかも知れないなんて、 この時の俺はそう考えていた。 別れるには、その方が都合がいいのは明白で、 だから逆にこんなに俺のこと思っていつも気に掛けられていると、 こんなに居心地のいい場所他人に譲るなんて出来なくなってしまうから。 辛いんだ、その方が。 もう、忘れてくれたら、その方がいいのに。 あと七ヶ月こっちにいる…その間に、 あいつも俺もどう気持ちが変わるかなんてお互いに解るわけない。 悔しいけど、まだ好きだから。 本当は絶対、まだ思っていて欲しいけれど。 でもそんなの俺のエゴにしかすぎない。 「ああ、どうしたんだ?昨日散々話しただろ?」 「そう…なんやけどな、やっぱ、気になるやんか。それに声聞きたかってんし」 「そうか…」 それから暫くお互いの近況を話し合って電話を切った。 クリスが「彼何だって?」と聞いてくる。 「俺とお前の関係が気になって仕方ないらしい…。浮気してるんじゃないかってさ」 「あはは。シゲルと僕が?」 「そう。バカだろ?」 「バカだね。でも、恋は盲目って言うんだろう?」 「そうだな…」 「にしても、シゲル、ホント短期間にイタリア語覚えたね。凄く上手いよ」 「そうか?有難う」 「どういたしまして」 ++++++++++++++++++++++++ がちゃっ。シゲが受話器を置いた所に、水野がやってきた。 「あいつなんだって?」 「ああ、タツボンか…。なんでもないんやと『クリス』とは」 水野は少し微笑むと言った。 「ほっとした?」 「まぁ、そうやね。せやけど、何か悔しいねん。いつもあいつとおれるっちゅうんが」 「…へぇ。ホント執心だな」 「…そうかも知れへん…。 あいつがココにおらんだけで何や情緒不安定やし。ここんところ。 それにや、この俺がいい女見ても反応せぇへんねん」 「そりゃ、重症だな」 「ああ。あと七ヶ月…。俺、奇怪しくなってまいそうやわ」 ふぅと溜息を吐いていうシゲの様子に水野も溜息を吐く。 「……七ヶ月か」 「せや、あと七ヶ月…はよ、帰ってきてくれへんかな?無理やろうけど」 (ホント、シゲ重症だな) ++++++++++++++++++++++++++++++++ 「クリス、こんなに買い込んでどうすんだ?」 荷物持ちをしながら俺はクリスに話す。 「いいの、いいの。ほら、もうじきセレクションあるだろ? だから買い込んどかないと…」 クリス自身も前が見えないだけ買い込んで、石畳の路地を歩く。 市場の人ごみを上手く掻い潜って進む彼は余程勘がいいのだろう。 「あ、そっかクリスU-17のWCS出るんだっけ…」 「そっ。あ、けどシゲル、その言い方変だよ? 僕予選からスタメンで出てたし…」 「そうだったな…ごめん、間違えた」 流石に英語程は堪能に話せないというもどかしさはあるが、 それなりに自分でも上達していると思う。 夕飯のあと先程の藤村との会話を思い出しながら、 ベッドに横になった。 別れると決めた八月の上旬。 でも中々あいつに言い出せない。 いつかは言わなきゃいけないことで、でも、どうしても言うのが辛くて。 ++++++++++++++++++++++++++++ 「今日の藤村はいらついてるなー」 藤代がちょっとおっかなそうに言った。 「まーな。シゲ、あれで結構昨日の電話気にしてんだろうから」 水野の言葉に目が点になる藤代。 「は?電話?」 「ああ、国際電話。間宮にかけたんだよ…で撃沈ってところ」 「へ?間宮に?ってことは、イタリアに?」 「ああ。で、結構へこんでるっぽい」 「何で間宮?」 きょとんと不思議そうな藤代に水野はこっそり耳打ちした。 「あいつら付き合ってんだよ」 「ええーーー!?」 藤代の大声に慌てて水野が口を塞ぐ。 「叫ぶな!」 「ごめんごめん。けど、だって、間宮と?」 持ち直した藤代がそう言ってくる。 驚いていたわりには顔が笑っている。 「そ。俺にも不思議でならないけどな。あれでいて間宮の方が常識人だろ? だからそれなりに上手く行ってたんだけどな…ただ、今イタリアのホームステイ先に クリスって間宮と同じ年の奴がいて、シゲの奴浮気してるんじゃないかって疑ってて 勝手にいらついてるんだよ」 「ふーん。けど、間宮に限って浮気ありえねーと思うけど」 「だろ?俺もそう言ったんだけどさ、あの通りで」 と藤代と二人で水野はシゲを見た。 ボールを蹴って一人で練習しているのはいいのだが、 さっきからゴールマウスが妙に揺れてそして音もかなり凄い。 普通に当てたときにする音ではない。 二人は苦笑しつつ溜息を吐く。 |