044:バレンタイン 04/5/12


今日はバレンタインデー。
お菓子会社の政策に乗せられ、実際の歴史は何も知らずに愛を語る女性たち。
武蔵森も例に漏れず、愛の隔壁もなんのその。
あの手この手で好いた相手にチョコやらその他諸々を貢ぐ彼女たち。
逞しいとはこのことかと、毎年そう思う。

ただ、今年違うことと言えば、三上や渋沢先輩たちが高等部に上がった為、矛先が専ら藤代に集中したということか。
俺は相変わらず縁の無い話ではあるが、毎年呆れて傍観を決め込んでいた。




部活が終わり寮の自室に戻ると、机の上に置き去りにしていた携帯が青く点滅していた。
手に取り開けてみると、メール新着一件未読とある。
メールを開けると佐藤からだった。
昨年の春の都大会から続いている佐藤との恋人関係。
我ながらよく続いているものだと思う。
確かに佐藤のことは死ぬほど好きだが、向こうの方が解らない訳で。
実際、女好きで浮気性なあいつが、俺と続けたいと思っているのかが甚だ疑問で。
だから、今俺たちは微妙な訳で。
それでも、あいつはこうしてまめにメールをくれる。


『部活終わったら、来れひん?今日、会いたいんや』


それだけの短いメール。でも、会いたいという言葉に柄にも無く心が弾んで。

制服から私服にさっと着替えると、ポケットに財布と携帯を突っ込んでいそいそと出かける。


〜中略〜


草晴寺の門が見えてきた。門を潜って玄関の引き戸を開ける。
すみませんと一言声を掛けると、中から和尚さまが出てくる。
『あぁ、シゲなら二階じゃよ』
俺の姿を認めると、まだ何も言っていないのにそう教えてくれた。
「お邪魔します」と一言断りを入れてから、上がった。
破顔して俺を見ると、踵を返して奥へと引っ込んでしまった。

タンタンタンと階段を上がる。
階段を上って直ぐの衾を俺は開けた。
「おぉ、来たな」
にこりと笑って俺を見る佐藤。
彼の部屋には女生徒から貰ったであろうチョコレートが、紙袋にはみ出さんばかりに入っていた。
しかも紙袋は三袋もあった。
こんな大量なチョコレートどうするんだ?と思いながら佐藤と対面式に勝手に座る。
呆れた顔で佐藤を見てしまったのか、
佐藤がきょとんと俺を見る。
『マムシ、どうしたんや?』
「いや、こんな大量のチョコどうすんだと思ってな」
『食べるに決まっとるやろ?
まぁ、手作りものは除外やけどな…。
普通のは溶かしてチョコレートケーキ作ったりとかしてんで。
ご近所さん…ちゅうか、此処の居候のあんちゃん達と食えばあっ中間にのうなってまうから』
「ふーん」
『あ、せや、ホレ』
「?」
佐藤が投げてよこした可愛らしいラッピングのされた箱をじっと見る。
「何だ?これは」
『チョコやけど?いらんかった?』
「そんなことはないが…」
『俺のお手製やで♪』
そう言ってニカっと笑う。
俺は俯き真っ赤になっていた。
高がチョコがこんなに嬉しいだなんて思わなかった。
『ん?どないしたん?』
怪訝そうに問うて、俺の顔を下から覗き込んでくる。
吃驚して仰け反ると、ニヤニヤした佐藤が俺を見ていた。
「なんだよ…」
恥ずかしくてぶっきらぼうなものいいになってしまう。
『可愛いなぁ、思うて』
「バカ…でも、有難う。凄く嬉しい」
真っ直ぐに佐藤を見て言うと、佐藤も赤くなっていた。
近づく口唇に、そっと目を閉じて。




中学三年生のバレンタインデーは一生忘れられない大切な日となった。

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