069:片足 [2003/07/15 21:50] 
 
 
後悔なんてしていないと言えば嘘になるかも知れない。
けれど・・・。
もう忘れようと思っていたから。
だからもういいんだ。




彼らが付き合い始めたのは、
都選抜に選ばれて二ヵ月程たったころだった。
普段から仲の良かった郭や真田にとっては
それはかなり衝撃的で。
けれど、相手が誰も間宮だとは思っていなかった。
若菜結人。
くりくりした大きな瞳がなんとなく可愛い感じの少年。
郭や真田の大切な幼馴染。
この頃妙に機嫌が良くて、そして頗る付き合いが悪くなった。先程もそうだ。
二人がいつものように若菜に帰ろうというと、
先に帰っててとそっけない返答。
郭が訊くと、恋人が出来たとのことで、
これからデートだそうだ。
「あ、ごめん。これからデートだから♪」
と浮かれている体で。
彼女と友人で彼女を取ったわけだ。
この幼馴染は。
と二人は多少のショックと親友に恋人が出来た悔しさと嬉しさと微妙に矛盾した感情が
彼らの中で渦を巻いていた。
二人はすっかり彼女だと思い込んでいるので若菜は別に訂正などはしたりしなかった。
まさか自分があの間宮と付き合っているなどとどうして言えよう。いや、言えまい。

漸く訪れた1ヵ月振りの逢瀬。
でもそれの多くはサッカーで締められていて二人きりでいられるのはそのあとの少しの時間。

「間宮、先帰るぞー」
と藤代の声がする。
「ああ」
間宮が小さく肯く。
実は武蔵森の二人には自分たちの関係はばれていたりする。
が、藤代もああいう性格で、渋沢は人一倍気遣いのある人間なので驚きはしたものの、
然程煩く聞いてきたりや差別ちっくな視線など向けては来ない。
ある意味よき理解者が一応二人いると言うことで。
けれど、自分の親友二人を微妙に騙している感の抜けない若菜は
こうして二人きりになると少しだけ親友二人に申し訳なくなる。
「俺んち来いよ。今日、母親もいないしさ」
若菜の誘い文句には微妙に下心が見え隠れしていて。
「ああ」
それが解っていて間宮も肯く。


嫌いではない。
好きか嫌いかと訊かれれば好きだとはっきり言える。
でも、その程度の好き。
身を焦がす程のあの恋はもう終わりにしたから。
そう無理矢理に自分から。
だからこいつと付き合うことにした。
でも…。
なんとなくこいつのこと騙しているみたいで心苦しい。
だって俺、まだ佐藤のこと好きだから。
こいつとキスした時、一瞬だけ佐藤の顔が浮かんで。
果敢無げな優しいあいつの微笑が浮かんで。
まだ佐藤のこと好きな自分に気が付く。
でもあいつが選んだのは俺との恋ではなくて、
自分の夢。
ライバルの風祭。
だからいいんだ。もう。それなら。
あいつが夢を選んでくれて俺は嬉しかったから。
俺よりもサッカーを取ってくれて。
だから。


久々に通される若菜の家。
いつもより広く感じるのは母親が不在の所為かもしれない。
しんとした廊下に階段を昇る足音だけが微かに聞こえて。
若菜の部屋。どさっとスポーツバッグを下して。
「適当に座れよ。ジュースでも持ってくるからさ」
「ああ」
にっこりと人好きのする笑みで言うこいつはどこか
あいつと似通っていて。
けれど、佐藤なら絶対こんなふうには笑わないから。
あいつと似てる部分と全く違う部分に惹かれているのも事実。好きではあるんだ。本当に。
でも。でも、若菜…俺。

二人分の冷たいジュースを盆の上に乗せて持ってきた若菜。
何故だかスナック菓子の袋も小指に引っ掛けるように持っている。
俺の座っている前にどかっと豪快に盆を置く。
少し零れそうになったが、何とか留まった。
自然にそれを持ち上げて口に運ぶ二三口、口に運ぶと再び盆にコップを戻した。
冷たくてきんと頭に突き抜ける感覚。
くらっとしていた所に、若菜から不意打ちのキス。
「んっ…」
久々のディープなそれに体の方が熱くなってくる。
長いキスの後、ちゅっと音を立てて若菜の口唇が離れた。


「はぁはぁはぁ…」
息があがって潤んだ目をしている間宮を見ていると、
何だかそういう気分になってくるわけで。
間宮を自分のベッドに押し倒して。
「え?」
間宮が困惑した顔で俺を見てくる。
「な、もういいだろ?付き合ってもう三ヶ月たってんし、
俺、なんかヤリたくなっちゃった」
「…ん、いいけど…」
少しだけ考えた風を見せた後、間宮は肯いた。
なんか妙に色っぽく見えたのは、きっと俺の惚れた欲目。
でもいつもより半音高い声が甘く響いて。

「んっんっ…あっ…は…」
間宮の甘い声だけが部屋の中に満ちていて。
時折漏れる卑猥な音が妙に官能的。
俺が攻めている間、間宮はぎゅっと目を瞑って、
ただ喘いでいるだけ。
それだけなのに、凄く愛しくて仕方なくて。
丁度いいところを俺が攻めたのか、
間宮は腰をくねらせて俺の首にしがみ付くと
より甲高い声を上げる。
でもそれには俺ではない男の名前が入っていて。
「んっ…イイ。…サトウ…」
その声におもいっきり萎えてしまって。
「おい、間宮。佐藤って誰?」
「え?…」
「今、佐藤っていったろ?」
「…言ったか?…俺の前の恋人…」
「…勘弁してよ。今のでおもっきし、萎えたんだけど。
ヤッてる最中に別の奴の名前呼ぶか?普通…」
「ごめん。けど、こんなことあいつとしか
やったことないし…」
「…ま、いいけど…。その代わり、今度からはちゃんと結人って呼べよ。いい時はさ」
「ん…」

つづく

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