093:Stand by me 2003/08/25 (月)  




ホンマはいつも触れられるくらいすぐ傍に居て欲しいんや。
そう、すぐ傍に。




Jリーグ、セカンドステージも賑わいを増す八月下旬。
U-17の練習はそれに比例するかのように過酷になっていく。
とは言え、今の段階で体を壊すと不味いので勿論休養は十分取るが。
真面目に練習に取り組むシゲの姿に流石に驚きを見せる者も少なくない。
けれど水野にはそれがシゲの焦りの表れであることに気付いていた。
吉田から聞いたシゲの関西選抜での様子より更に我武者羅に、
練習に打ち込むシゲには他者を寄せ付けないオーラが体中から滲み出ていた。
焦りの原因は恋人との遠距離恋愛。
それもホームステイ先には恋人と同じくらいの年で、
想像だがかなりの男前らしい
そんな相手と一つ屋根の下プラス朝から晩までほぼ一緒にいる。
ましてやシゲのことは未だ苗字で呼んでいるにも関わらず、
そいつのことをファーストネームで呼んでいた。
これには流石のシゲも焦りを感じてみても仕方ない。
それにこれは想像だが、自分たちより一足早く海外でプレーをし
上達する恋人に負けたくないというのも本心であろう。

「シゲ、その辺にしとけよ」
水野の言葉にシゲは走っていた速度を緩めて水野の前で止まった。
「…そうやな」
水野とシゲの様子に周りはあとは水野に任せとけばいいかという
雰囲気になりシャワールームへ消えていく。





シャワーを終え、脱衣所で着替えていた鳴海達が遅れてやってきた水野と
シゲに話し掛けてくる。
「藤村、はりきってんのなー」
それにシゲはにこやかに返す。
「まぁな。スタメン取りたいしなー。鳴海ちゃんには負けへんよ」
「ちゃんってお前…」
呆れたように言う鳴海に、水野が要らぬこと横から口を挟む。
「こいつ今恋人が海外で、焦ってるだけだから気にすんなよ。鳴海」
水野の言葉に色をまして鳴海がシゲに話し掛ける。
「へー?恋人いるんだ。誰々?」
「ええやん別に誰でも」
といつもなら鳴海の調子に合わせて軽く乗るシゲだったが、
いつになくそっけなくそう言って、そのあとドスの利いた声で
ぼそりと呟くのがその場に居た全員に運悪く聞こえ、周りの者は皆固まる。
かなりシゲの声が恐かったらしい。
「…クリスがなんぼのもんじゃい…」
(…クリスって誰??)←全員の心の声。但し水野は除く。

はぁ、と溜息を吐いて水野がシゲに言った。
「シゲ、クリスって奴のこと気にするのいい加減やめろよ?
あいつだってライバルって言ってたんだろ?」
「そうやけど…電話の最中に何度も割り込むようにあいつに声かけてきてんで!
しかもや、あいつもクリスの奴と話したら決まって早めに電話切りよるし!
ライバルやゆうてホンマはあいつと浮気してんちゃうやろな?」
シゲはアレ(初めて電話した時)から結構しょっちゅう暇を見つけては国際電話をしていたのだった。
その時、いつも電話の傍でクリスの声がするのだ。
しかもイタリア語で早口だったから、シゲには聞き取れない。
「お前じゃないんだから、あいつに限ってあり得ないだろ?」
水野の言葉に水野をギロリと睨むと
「ホンマにそういい切れるんか?
あいつああ見えて、ホンマはめっちゃ面食いやし。
いい男と一つ屋根の下っちゅうたら何があっても…」
シゲの言葉を思いっきり遮り、あっさりさっぱりきっぱりと水野が言う。
「いや、無い無い。あいつに限ってあり得ない。
っていうか、お前以外にはあいつを可愛く見るなんて不可能だ…」
そしてその物言いはえらく失礼極まりなかった。
「……あんな、タツボン。人の恋人掴まえて、なんてことゆうねん?
失礼なやっちゃなー。ええやん別にどんな趣味やろーとー。俺には可愛くみえるんやからええやん」
と言い返すシゲの言葉に、傍から見守っていたギャラリーは
頭に疑問符を沢山浮かべていた。
水野の言葉を鵜呑みにするならば、普段面食いらしきシゲの恋人は
はっきりいって不美人ということで。
しかしシゲとその不美人という構図はどう頭を捻っても
彼らには想像つかなかった。
そう何度も美女と歩いている所を目撃したことのある彼らには。
そういう構図がそもそもシゲには成り立たないからだ。




「とりあえず部屋に戻ってから話そう」
と水野が提案し、二人は別々にシャワールームの中へ入っていった。

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