【帰郷】 二日の猶予期間(だが、犯罪を犯したわけではない)を終え、俺は寮へと戻った。 唐突の俺の帰還に、特に藤代が騒ぎ立てた。 『連絡を入れてくれればよかったのに!』そう頬を膨らませ、 奴は言った。だが、俺としてはまた嫌と言うほど顔をつき合せるのだから、 別に構わないではないかという意見だった為、話は平行線を辿りそうになる。 だが、口を挟んできた笠井と高校から同じとなった水野によって藤代は宥められ、事なきを得る。 このままでは埒が明かないと思っていた所だった為に助かった。 普段であれば此処で三上や渋沢さんが藤代を突っ込む所では有ったが、 彼らは既に卒業し着実にプロの道を歩み出している。 とはいえ、此処に居る藤代や水野も既にプロである。 俺としては、水野は兎も角、この子供っぽい性格の藤代、 否まるっきり子供な藤代がよくプロとして勤まっているものだと思う。 確かにサッカーセンスはずば抜けてはいるだろう。 それは認めよう、しかしだこの性格は些か厄介である。 ヴェルディの監督も大変だろうなと心労を思った。 藤代の扱いに慣れていた渋沢さんや桐原監督なら兎も角だ。 ただ桐原監督でさえ時々藤代の勝手な行動に振り回されさえする。 その点、水野は堅実で真面目ではある。 やはり監督と親子といった所であるだろう。 日本での練習は久し振りで、 そしてまた日本語がこんなに身近に溢れているのが妙に懐かしく感じた。 月一でかかってきていた藤村からの国際電話を除いて、 日本語を聞くのも話すのも本当に久し振りだった。 偶に思考時にですらイタリア語が浮かぶくらい、 この間まではイタリア語が溢れていた訳だ。 クリスとの会話は基本的にイタリア語であったし、 ACミランの面々ともイタリア語でコミュニケイトしていた。 まだ行って間もない頃は、拙い英語で会話したものだったが、 三ヶ月程たった頃には日常会話には不自由ないくらいには、 イタリア語に馴染んでいた。 基本的にプロを志すあるいは、プロである者は、 行った先の言葉くらいはある程度話せるようにしておくべきだろう。 ただし、この考えはやはり本能で動く藤代には、 当て嵌まらないだろうとも思った。 言葉など無くてもきっと奴の場合はボディランゲージやその場の雰囲気で、 きっと馴染んでいけるに違いないのだ。 そういう元々持っている社交性には、絶対に勝てはしない。 ただそれも藤代だからこそ、あまり周囲りに嫉まれたりなどしないのだろう。 俺などは、かなり嫌われているというよりは、苦手とされ易いようだ。 まぁ、その主は、この外見から推して計った結果なのだろうが。 別に俺は他人にどう思われていようとも特に何とも思いはしない。 だが、知ってはいるのだ。世間的評価は。 ただ知らないふりを興味の無いふりをしてやり過ごしているに過ぎない。 誰だって一つや二つは人に触れられたくない部分がある。 俺は別に自身に不満を持ってはいないし、 今の生活で割かし満足しているとは思う。 ただ、それでも。 認めて欲しいと思った人間に、 認められないというのはやはり多少辛いこともある。 嫌われたくない存在というのは俺にも居るんだ。 けれども、もうきっと修復不可能なくらいに、 この関係はもう形を成さなくて。 繋がっているのはサッカーという共通点だけ。 ただそれだけできっといいんだ。 サッカーで認めてもらえるのなら、 俺自身を解って貰えなくても、それはそれでいいことなんだ。 相手にも俺にも。 多少は俺のエゴではあるだろうが。 今はもう目前に迫っているプロの入団テストのことが、 頭の中を埋め尽くしていて、それ以外のことは考えたくもなかった。 色々なチームから割と引き抜きというかがきてはいたが、 俺はキャプテンたちの居るアントラーズに入ることにした。 まだ確定ではないし、入団テストで落っこちるということも、 無いとは言い切れない。 まぁそれならそれで大学に進学してもいいわけだし、 進学中に再度テストを受けるのも悪くは無いだろう。 キャプテンみたいに両立できるかは怪しいが。 帰郷することによって新鮮さと懐かしさをそれぞれ得て。 きっとイタリア留学は後々功を奏すだろうと思っていた。 帰郷…それは故郷へと帰ること。 心身ともに慣れ親しんだ彼の地へと。 きっといつかは来る別れを、真っ向から受け止めて、 そして巣立っていくんだ。 今度は一から自分の手で築く故郷へと。 了 +++++++++++++++++++++++++++++ 後書き 偉く時間が掛かっていますがまぁいいです。 遅筆なのはいつものことですから。 本当に書きたかったシーンを忘れてしまったので、 急遽予定を繰り上げて終焉ということに・汗。 まみたんのJでの活躍を期待しつつ。 2004.4.12→14 |