【終わらない夢を抱いて】 終わらない夢を抱いて、俺たちは走り続ける。 未だ見えないゴールを目指して。 風祭が膝をやり、選抜はおろか中高のサッカー界から姿を消して久しい。 4、5年振りに帰ってきた風祭に風当たりは厳しかった。 遊んでいた訳ではないだろう。 けれど。 世間というのはそいいうものだ。 例えば、藤村や藤代や水野、 他あの時のトレセンのメンバーが理解していたとしても。 あの時落ちた者や、今し方選抜選考合宿に来た者たちには、 風祭の扱いは破格だと思われたに違いない。 謂れのない差別をけれど真っ向から受け止める、 昔よりも遥かに精悍な顔つきになった風祭。 確りと前を向き、差別にも臆すことも無く、彼は前を見続ける。 やはりまだ俺たちに比べると小さな32番の背中は、 けれどもやけに大きく感じた。 この小さなFWには、いつも驚かされてばかりだ。 風祭と比べれば割と大きいかも知れなかった俺だったが、 やはり選抜のメンバーに比べれば割と小柄な方だった。 それは今もそう変わらないが。 身長は然程伸びはしなかったし、人に言われる程は気にもしていなかった。 俺はあの時の藤代辺りの身長までは何とか伸びはしたが、 やはりもう止まってしまっているのかもしれない。 それでも、藤村や藤代よりも背が低いのは事実で。 藤代なんかはよく俺の肩を顎置き場にする。 高さが丁度いいんだとか抜かしながら。 気軽に触れてくるメンバーなんて藤代と若菜くらいなもので、 基本的には普段は避けられるタイプの人間だということは、重々承知していた。 人様に言わせれば、多分俺のこの細くてつり上がった目だとか、 太くて厚めの口唇だとかが気持ちが悪いということなんだろう。 酷い奴だったら口汚く人の顔を不細工などとほざく。 けれど、そんなものを人に言われるまでもなく承知しているし、 別にこの顔に不満などない。 言いたい奴には言わせておけばいいとは、渋沢先輩の弁だが、 確かにその通りだと思う。 あの人も大概顔では苦労しているのだと思う。 今でこそそうでもないかも知れないが、 あの当時は年齢を詐称しているだのなんだのと陰口を囁かれていた。 ただ、それを除けばそんなに見劣りする顔だったり、 醜男だと罵られたり陰険だなどと呼ばれるような顔付では決してないという所が、 有態に言えば俺よりは余程ましだと思いもしたものだ。 イタリアから戻った俺の時には、 それ程周りからのバッシングはきつくなかった。 俺の場合はサッカー留学という名目だったからかも知れないが。 多分お喋りな藤代辺りが、冷やかし半分で噂していたのだろうと推測する。 月一で電話連絡を取り合っていた藤村とは、 実は戻ってきてから今の今まで全く会話がなかった。 藤村はきっと俺ともう口を利きたくはないんだろうと思う。 もう二年間会話が全くない。 視線も合わせないし、二人きりになることを拒んでいるようだった。 きっと、俺が口にした別れ話が解せなかったんだろう。 けれども、お互いにプロとしてサッカーを続けたいと思うのであれば、 ここらできっちりとけじめをつけるべきだろうと俺は考えた訳で。 だから、藤村からの最後の電話で、俺は別れを口にした。 クリスはお互い想い合っているのだったら、 ずっと恋人で居てもいいんじゃないかとそう言ってくれたけれど、 やはり日本人的な発想では、そこまで割り切れたものでもない。 なんでこんな苦しい恋をしてしまったのだろうか。 嫌いになんてなれないし、本当はずっと一緒に居たいと思っていた。 でも日本の現状はそうそう他国ほど大らかではなくて。 同性で恋愛を続けていられるほど、 サッカーと両立できるキャパシティは生憎持ち合わせては居ない。 だから、別れたくはなくても別れるしかなかった。 でも、別れたというよりはまだ膠着状態で、実際の進展はなく。 確実に別れたという実感はないまま、お互い子供のような喧嘩での決裂状態。 別れたくは無いと心の底では思っている所為もあり、 本当ならば佐藤の胸にそのまま抱きつきたいような衝動に駆られるもなんとか自制して。 佐藤が藤村を名乗った時に、 サッカーと生きていくと堅く決意しているのだとそう思ったから、 ここで俺が全て無かったことにしてくれといえばそれは水の泡で。 何の為にお互い二年も意地を張り続けているのかが解らなくなってしまう。 だから、藤村がリアクションを起こすまで、 俺はじっと待つことにしたんだ。 2004.4.21→ |