憧憬

憧れに押し潰されて、諦めていたんだ。そう、あの時までは…。

その先輩を見た時、きっと憧れていた。
ずっと、そういうふうになりたいと思っていた。

選抜に落ちて、凹んでいる彼を、荒れている彼を見た時、 俺の中で何か変な感情が生まれていた。

【そんな筈は無い】という否定。
【俺が受かったという事実】


この時、本当にサッカーで生きていくこと、きっと決めなければならないんだと初めて気付いた気がした。


そして、吹っ切れた彼の勇姿を見た時、実感した。
あぁ、やっぱりこの男は俺の憧れのプレイヤーなんだと。




ずっと。
そこには、俺の前には、あの先輩が余裕かまして立っているピッチだけ。
それしか、見えない筈だった。
サッカーと共に、サッカーだけに向き合って生きていくつもりだった。





憧憬だけで終わっていれば、そこで終わっていればよかったんだ。
でも。
気付くまでもなく、俺は彼をそういう対象としても見ていたらしい。
俺自身は全く気付いていなかった。
彼の方からリアクションを起されるまでは、本当に意識すらしていなかった。
ただ憧れていた。畏怖もしていた。でも、居心地のよい先輩だった。
そう、ただ、それだけの筈なのに。
それだけでよかったのに。

『間宮』

そう一言で呼び止められた寮の廊下。
俺と三上の二人だけ。
他には誰も見当たらなかった。

「なんだ?」

足を止め、そういう俺に、三上はつかつかと近寄ってきて、例の人を見下す感のあるお決まりの笑みを浮かべた。
そして、こう言った。
「こんなところまで追いかけてくるなんて、お前相当俺のこと好きなんだな」
「は?何のことだ?俺は俺を必要としてくれるチームに来ただけだが?」
そういうと『ぷっ』と噴出して、三上は言った。
『冗談をマジにとんなよ』
でも、その言葉を吐いた後の三上の目は全く笑ってなど居なかった。
俺の顔を覗き込むように見てくる三上。
ふと、軽く口唇が触れ合う。
「んっ?」
よく解らなかった。
それがなんという行為なのかすら。
本来は知っていることのはずだったのに脳が理解出来なかった。

もう一度、今度は深く口唇が押し付けられる。
浅く開いた口唇の隙間から、口腔内に舌が入ってくる。
「んっ…」
鼻を抜ける自分のものとは思えない甘い声。
口の中を弄られて、何度も深く浅く角度を変えて口唇を押し付けてくる。
腰を引き寄せられ、下半身の中心が、三上の太腿に当たる。
「うっ…んっ…」
手近に有った空き部屋に雪崩れ込むと、三上は俺を床に押し付けた。
俺の中心を、三上が太腿を使って圧迫感を与えてくる。
そうされると、余計に、中心の誇張し始めているその部分を、激しく扱いて抜きたいという感覚に襲われる。
まぁ、それは、男の生理現象で当たり前のことなのだが、俺はキスだけでそんなに感じていることが信じられなかった。
口唇を漸く解放され、思い切り空気を吸い込むと、途端に肺に急激に送り込まれた沢山の酸素でむせ返る。
「ごほっごほっごほっ…」
やっと落ち着いたところに、三上が俺の中心に触れてくる。
今度は手でやんわりともみしだくように。
「あっ…やめ、三上…」
『ん?なんだよ、キスしても嫌がらなかったくせに』
そういって『くっくっく』と軽く声を殺して笑う三上。
そして、結局それをきくことはなく。
三上は俺のハーフパンツとトランクスを一気に引き摺り降ろした。
「………三上、何を」
何となく想像はつくが、実際に見たことなど無いから、漠然としていてよく解らない。
男同士でそんなことをする……ということが。

露になった下半身の中心は既に先を濡らして、勃ち上がっていた。
そこを直に握られる。
「うっ……」
じれったい三上の手つきに、体中に変な甘ったるい感覚が沸き起こって気持ち悪い。
ゆるゆるとそれを扱く三上の手をどけようと伸ばした手は、しかし空いているもう一方の三上の手に阻まれる。
「んっ…やめ、三上…俺、もう…」
「あー、へいへい解ってますよ?けど、簡単に達ったらつまらないだろ?」
そうニヤリと笑う三上に不穏な気配を感じた。
「え?」
急に激しくソコを扱かれ、尻の穴の方に変な刺激を感じる。
「え、あ、うそ…そんなとこ…」
信じられなかった……だってそこは排泄に使う器官だぞ?
決して、繁殖行為に使う場所ではない。
なのに……。
「平気だろ?別に。まだ、痛くは無いはずだし?」
そう言って、前を弄りながら、後ろのその部分の中にじわじわと指を埋めていく。
「…んっ…ヤダ…何か変…気持ち悪っ」
その部分は三上の言葉通り別に痛みを感じてなど居なかった。
ただ、その嫌な感覚は、例えようが無い。
敢えて例えるとするならば、全身をくすぐられて冷や汗が出るような感覚だった。
しかし、やはり俺の言葉を無視して、三上は指を埋めていく。
根元まで入れると今度はゆるゆると抜き差しをするように指を上下させた。
「うっんっ…それ、イヤっ」
「大丈夫だって」
三上は暢気にそういうと、中で指を折り曲げたり、指をグラインドさせたりする。
中の壁にあたって、変な感覚が全身を駆け巡る。
決して痛い訳じゃないけれども、痛い方がマシなんではないかという変な感じ。
ゾクゾクする悪寒にも似た感覚と、でも、何だか解らない甘い感覚。
その甘い感覚が悪寒に似たそれと混ざって、変な気持ち悪い感覚を引き出しているとしか思えなかった。
指の数が増やされ、中の変に敏感な部分に触れられる。
「あっ…」
ぴくんと体が跳ねたのが自分でも良く解った。
すると、ニヤリと笑んだ三上が、ソコばかりを執拗に弄ってくる。
「うっ…うっ…んっ…ちょッ……んっ」
ぴくんぴくんと体がいちいち反応して、何だか気恥ずかしい。
でも、三上はそれを止めてくれる気配すらない。
「三上…やめっ…」
「『やめて』じゃないだろ?『もっとして』だろ?」
そういって三上はニヤリと笑う。
なんでこんなことになったのか全く解らないが、兎も角なんというか、早く終わって欲しい。
羞恥心をこんな状況でも捨てられないみたいだ。
「三上、もう、我慢できな…」
俺がそう言うと、口唇が再び塞がれる。
スッと三上の指が漸く引き抜かれホッとするのも束の間、下半身の後方に熱いものを押し付けられる。
「んっ…」
ぐっと先端が中に入ってくる感覚が気持ち悪かった。
中にゆっくりと侵入してくる三上自身が、俺の内壁を強く押し広げる為圧迫感がこみ上げてくる。
服の上から三上の背中に爪を立てる。そんなつもりはなくても、どうしても力が入ってしまう。
「っ…痛」
三上が不意に口唇を離す。
侵入が一時的に止まるが、圧迫感はなくならず、 思わず後ろを締めてしまって三上自身をダイレクトに感じてしまう。
「っ…」
「もう、限界って感じだな?」
言いながらニヤリと笑う。
「お前の所為だろ?…んっ」
三上が俺の中へ侵入を再開する。
「入れるんなら、一気にいれろよッ!」
ゆっくり入ってくるとビリビリと痺れて痛いような気がする。
「ん?そんなに突っ込んで欲しいわけ?」
「違う!…けど、やるならさっさと終わってくれ」
「ふーん?の割りには、結構感じてるんじゃね?」
「生理現象だ」
『ぷ』っと三上は笑うと、俺の腰を両手で掴んで一気に最奥まで押し入った。
「う、あぁぁ!!」
涙がぽろぽろと流れていく。
痛みとそれ以外の何かが全身を駆け巡って。
「んじゃ、動くぜ?」
俺のことはお構い無しに、三上は抜き差しを繰り返す。
「やめっ…マジっ…ヤダッ」
最初は平気だと思っていた。
でも今は違う。
こんなの嫌だ。
「三上、ヤダッ…こんなの…」
解ってしまったから。
三上は、俺を好きな訳ではないと。
俺を誰かの代わりに抱いていると。
だから。
「ヤダっ…やめっ、三上!」
三上の肩を何度となく叩くと、三上はくぐもった声でこう言った。
「構わないだろう?お前は俺のこと好きだろ?」
「お前は、俺を誰の代わりに抱いている?」
「!!」
三上はハッと息を飲んで、俺をまじまじと見た。
「誰でもいいだろ?……今だけでいいんだ。間宮。だから」
「………」
……誰かの代わりに、抱かれろというのか?
でも、俺が断れる訳なんてなくて。

三上、お前、ホント酷い奴だな。
俺の気持ち知ってて、それでも…だなんて。

解ってた。
だから、多分、憧れていたんだ。
絶対に手に入らない人だから。

「うっ…あっ」
三上が激しく腰を打ち付けてくる。
お前は一体誰を思って、俺を抱いているんだろうな?



「ごめんな、間宮」
そう言うと三上は部屋を出て行く。
「……」

はぁと盛大にため息を吐くと俺は床に大の字に寝転がった。

今の状態を誰かに見られるとかなり不味いことは解っていたが、 体がだるくてどうしようもなかった。
俺はそのまま眠ってしまった。


気付いたら、そこは三上の部屋で。
「あれ?」
「お前あの部屋で寝てたろ?だから、連れてきた」
「そうか……」
「ホントはあんなことするつもりじゃなかった。でも、お前なら」
「『俺なら』なんだ?」
「受け入れてくれる気がした。勝手な思い込みだけどな」
「…女じゃなくて、何で俺だったんだ?」
「わからねぇ。ただ、手っ取り早く情欲発散したかったのかもな?」
そう自嘲気味に笑う三上の中にはきっと深い澱があるんだろう。
俺には取り除いてやることなんてきっとできはしない。


もし、俺にも許されるなら。

これからも、ずっと、お前の傍に……。

居させて欲しい。


そんなこと叶うわけないんだけどな。




「ずっとお前は、俺の先で余裕かまして立っていてくれ」
「はぁ?」
「ピッチでの話だ。それで、さっきのこともチャラにしてやる」
ニヤリと笑ってやる。



ただ、それだけで、救われるような気がしたんだ。


-fin-

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