【さよなら大好きな人】(笛パロ) 2004/04/27 (火)



藤村が記憶喪失になったのだと知ったのは、その事故からゆうに三ヶ月は過ぎていた頃だった。

元々桜上水に知り合いなど居ない俺にとって、そのこと自体が俺の耳に届くなんてことも本来ならありえなくて。
だから、知ったのは俺自身が、藤村の居候している寺(草晴寺)に行った時に、偶々和尚さまに聞いた訳で。
事故から一週間程度で退院したということで、外傷自体は酷くなかったらしい。
けれど、以前の記憶を全くと言っていいほど忘れていた訳で。
ただ、知能的には中学二年生程度はあるらしい。
言語にも障害はないから、独特の関西訛りも消えてないらしく。
問題は人間関係だとか、人間そのもの、自身を含め他人に関することをすっかり忘れてしまっていた。
だから勿論和尚さまのことも上水の仲間のことも、そして俺との関係も全て記憶になく。
小さい頃の嫌な記憶を忘れてしまっているという点に置いては、多少良かったとは思ったものの、
男の俺が恋人などとは到底名乗り出ることなんて出来なくて。
憚りながら言うこともできる。
でも、忘れてしまったのなら、それで終わりでもいいかなと考えた。
そりゃ、忘れられたことは凄く悲しいし、もう藤村と一緒に居られないと思うと辛かった。
けれども、俺たちは男同士だから。
こんなことがなくてもいつかは別れなきゃいけない時が来るんだって、ずっとそう思っていたから。
上水の誰もましてや武蔵森の面子も、俺と藤村の関係なんてただの顔見知り程度、
深く見積もっても選抜のメンバー程度の認識の筈だった。
だから、事故の連絡なんて藤代には水野辺りから行ったかも知れないが、
俺には全くといっていいほど入ってきはしなかった。
それでもいいんだと何処かで納得しようとしている自分が、あまりにも滑稽で不愉快だった。
好きな人の大事に駆けつけることも適わなくて、
ましてや自分が恋人などと記憶を失った彼の人に話す訳にも行かなかった。
好きだという思いは俺のうちに秘めて、終わらせるのがいいとそう思った。

暫くしたある日の選抜で、藤村に面と向かって再会してしまった。
記憶が無くても運動神経がいいのは変わらないし、どうやらサッカー部も続けていたようで。
水野に連れられてという体ではあったが、不自然もなく現れた。
直で見てしまうと押さえ込んでいた気持ちが浮上してくる。
好きだなんて口が裂けても言ってはいけない。
けれども好きだという気持ちが溢れてくる。
何でだろう。
なんで、こんなに好きなんだろう。
あいつはもう俺のことなんて覚えては居ないのに。
俺のことなんて、好きではないのに。
それでも止められなくて。
だからなるべくあいつの視界に入らないように、 練習以外で傍に寄らないように細心の注意を払っていた。
けれども、それが徒労に終わろうとは夢にも思っていなかった。
練習後にあいつから話し掛けられるなんて思っていなかったんだ。







最初見た時…否、記憶喪失やとゆわれてから初めてそいつを見た時、
なんやえらい薄気味悪いやっちゃなぁと、そう思うたんや。
せやけど、気付いたら視線がそいつを追いかけとるんや。
それになんや思い出しそうになんねん。
酷く懐かしいような気ぃしてん。
やけど、何時の間にかフェードアウトしてんのや。
直ぐに見つけて視界の端に入れとくんやけど、何時の間にか直ぐに消えてんねん。
何でやろなぁ思うてたら、どうやらそいつが故意に俺の視界から消えてるんやと解った。
俺から見られるん心底迷惑そうに。
やから躍起になってあいつの姿目に留めて。
その度に視界から消える。
なんやムカツイてもっ回探して、見たら、藤代たちと楽しそうに談笑しててん。
藤代は良くても俺はあかんのかい?と勝手に腹立ててん。
そん時気付いたんや、俺嫉妬してんやって。
つまりは、あいつに惚れてたんや気付いたら。
せやけど、あいつも俺も男やし、幾らなんでも告白ちゅうことするわけにもあかんし。
まぁ、多少は別に同性やからって気にすることちゃうとは思うねん。
せやけど一般論言うたらやっぱあかんかなぁって。
人好きになるっちゅうことは悪いことちゃうのに、やけど憚られるやなんて。
まぁ、せやけど俺は俺らしくやな。
らしくゆうても俺記憶ないんやったなぁ。そういえば。





練習後、俺は間宮にそっと近づく。
「なぁ、ちょっとええ?時間ある?」
「ん?あぁ」
(俺は内心、驚きを隠せなかった。
記憶を無くしている筈の藤村が俺に話し掛けてきたから)
顎で建物裏を指して。
二人連れ立ってそちらへ向かう。
「で?なんだ、話って」
ぎんっと鋭い視線が俺を射抜く。
あぁ、やっぱ俺こいつんこと好きなんやと思ったわ。
「俺、お前と知り合いやってんやろ?」
「まぁ、多少はな」
「せやのに、お前はあんま俺に話し掛けたり、記憶戻ったらええなとか言わへんやろ?何でなん?」
「別に、藤代とかに比べると仲がいい訳じゃなかったしな。
それに記憶なんて戻る時は戻るし、戻らない時は一生戻らないだろうし。
思い出したからって全てがいい記憶とは限らないからな。特にお前の場合は」
「ふーん?ほなら俺の記憶喪失が戻るん反対なん?」
「そういう訳ではないけれど、戻らなきゃ戻らないで、お前の場合特に不便なんて無いだろうと言っているだけだ」
(本当は俺が他の誰より記憶戻ること望んでいるだなんてな…)
「…不便は無い、ねぇ?」と小さく反芻してみる。
「あ、せやった、こっちが本題なんやけど…」
「あ?何だ?」
「なんで態と俺の視界から消えるん?」
「…え?」
(ドクンっと心臓がはねた)
「あれ、態とやってんやろ?何でなん?俺のこと嫌い?」
「そういう訳じゃないけど」
「ほんなら何やねん?…俺なお前のこと好きみたいやねん。せやから、そんなんされるとムカツクねん」
はっとしたような顔で間宮は俺を見上げた。
(何でだ?藤村が俺のこと好き?だって、記憶なんて無い筈なのに?)
「……お前、本当に記憶ないんだよな?」
「そんなん当たり前やろ?まぁ、そんなんどうだってええやん。
俺、お前が好きなんや。いきなりで驚くやろけど、付き合うて欲しねん」
(何で?そんなのありえないだろう?だって、記憶なくしてるのに?)
「無理だよ、そんなの」
「無理やないで?別に男同士やからって、やることやれん訳ちゃうし」
「そういうこと言っているんじゃない。何でだ?記憶無い筈だろう?
なのに何で俺を好きだなんて言うんだよ?奇怪しいだろう?」
「間宮?」
「俺は、記憶なくす前のお前と付き合っていたんだ」
「なんや、そんなら問題ないやん?」
「問題大有りだよ。俺は、サッカー続けるつもりだから、何れは別れようと思っていたんだ。
それに俺は記憶の無いお前と付き合う自信ない」
「なんや、そんなに記憶が大事なん?自分、先刻は記憶戻らへんでもかまへんゆうてたやん」
「それは、お前が俺を好きだなんて言い出だすとは思わなかったから。
けど、付き合うとなると話は別だ。共有の記憶の無いお前と、どうやって付き合えばいいか解らないし、
それに今更付き合い始めの頃には俺の心が戻れないし。だから辛いだろう?お前と付き合っても…」
「…せやったら、俺はどないすればええのん?俺まともに我慢なんて出来ひんよ」
「恋人じゃなくて友人としてじゃダメなのか?」
「そんなんムリやわ。大体、俺、お前を抱きたいんやで?」
「…Hしたいのか?俺と」
「まぁ、簡単にゆうとせやな」
「………それもムリだ」
(記憶の無いこいつとやったって、虚しいだけじゃないか)
間宮は俯いた。

(あかんわ。こんな可愛い思うてるんに)
シゲは間宮をぎゅっと抱きしめた。
「藤村…んっ」
顔を上向かせられ、キスをされた。
「なぁ、ホンマにあかんの?」
そういうシゲにやはり間宮は心の整理がつかなかった。
顔形、喋り方そんなものは間宮の好きだったそのままであるのに、中身の方が微妙に違うのだ。
これも確かに本人ではある。
けれどもシゲが無くした記憶は間宮にとってとても大切なものだった。
このシゲをあのシゲと重ねられる程間宮はお人よしではなかった。
「ごめん、やっぱヤダ…」
(なんでだろう、一瞬恐いとそう思った。ただ記憶がないだけで、藤村は藤村なのに…
けどそれでも、やっぱり俺にとっての藤村はあの…)
「何があかんの?」
「多分、お前が無くしたものが、一番俺にとっては大事なものだったんだ。だから、ごめん。付き合えない」


大好きだけど、ダメなんだ。
佐藤の部分をなくしたお前では。
だって、お前はあいつみたいに、俺だけを必要とはしてくれないだろう?


だからごめんな。
だからさようなら。


多分これからもずっと好きだけど。
多分ずっと大好きなのはお前だけだけど。

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