『生まれて来てくれて有難う』 『お前が生まれてきてくれて嬉しいから、有難う。 そして、誕生日おめでとう』 そう過去に一度だけ、言われたことがある。 大切な人から一度だけ。 昔、付き合っていた頃に。 七月八日。 七夕の次の日ということで覚え易いのか、 その日は誕生日を教えた覚えすらない女子生徒に誕生日プレゼントを貰った。 バレンタインデーよろしく大き目の紙袋三つ分くらいに大量に。 それ以外にサッカー部の奴らからという名目でもプレゼントを貰った。 貰った時だけ少し幸せな気分。 でも、家に帰るとぽっかりと空いたココロの隙間だけはどうしようもなかった。 殺風景な自室の片隅にまとめてプレゼントを置くと、 シゲは畳の上に寝転がった。 包装を解く気にもならない。 ただなんとなく寂しくて、なんとなく虚しい。 沢山の人から『おめでとう』という言葉と『プレゼント』を貰った。 自分で広めなくても女の子の方からそれを貰える程度には、 シゲはもてる部類に入る。 いや、彼自身が思っている以上に彼のファンは多いことであろう。 でも、その言葉にもプレゼントにも大して気持ちが込められていないような気がして、 虚しさだけが広がる。 本当に込められていない訳ではなくて、シゲ自身が勝手にそう思うだけなのだが。 本心でどう思っていたって、『おめでとう』くらい簡単に言える。 本当に自分が生まれてきたことを、 心から祝ってくれる人が居ないことくらいシゲには解っていた。 『かわいそうに、あの子捨てられるんやな』 何処かで聞いたおばさんたちの言葉が蘇る。 シゲは目を瞑ってごろりと横に寝返りを打つ。 「かわいそう、か。なんや、笑えるわ」 (せや、何度否定してもホンマはそうなんかもしれひん) そんなとき、簡素な机の上に放り出していた携帯が鳴る。 起き上がって携帯をパチりと開くと、新着一件とある。 手早く操作してメールを開くと、 『Happy Birthday』の文字が画面に踊っていた。 「ん?誰やろ…コレ」 そう思っていると、下階から『シゲ〜』と呼ぶ和尚の声がする。 「もう、なんやねん。御使いなら行かへんで〜今日は」 と面倒くさそうに頭を掻きながら階段を下りて行くと、そこには間宮が居た。 軽く目を見開いて驚くと、シゲはそう呟く。 「マムシ…」 「よぉ。佐藤、久し振り」 何事か和尚に断ると、靴を脱ぎ揃えて上がる。 和尚が意味あり気にこちらを見るので、 シゲは居た堪れなくなり間宮の腕を引っ張って階段を足早に上った。 「なんで、急にくんねんな。連絡の一つも入れてからにしろや」 「なんでって、今日じゃなきゃ意味無いだろ。それに連絡なら今し方入れたぞ?」 「へ?」 シゲは手に持っていた携帯をもう一度確認する。 『Happy Birthday』の下に続きがあったのだ。 だがシゲは最初の一行を読んだだけで和尚に呼ばれたので仕方ないと思うことにする。 「で、今日やないと意味が無いって何でや?」 「お前に直接あって言いたかったんだ」 「何を?」 シゲの部屋に来て適当に胡坐をかいて座っていた間宮が、 急に居住まいを正し、真剣な表情に変わる。 「…お前が生まれてきてくれて嬉しいから、有難う。 そして、誕生日おめでとう。……16歳、おめでとう」 「マムシ?」 怪訝な表情でシゲは間宮を見た。 そんなこと言われるとは思ってもみなかったからだ。 まさかこの口数の少ない恋人が、 そんなことを言うなんてシゲには考え付きもしなかった。 他の沢山の誰かに言われるよりは、確かにぐっと来た。 でも、それだけだ。 心が満たされるような言葉ではない。 「なんてな、俺がこんなこと言うなんて柄じゃないか…」 自嘲気味に苦笑いなんかしながら間宮が言う。 (…へ?なんや、コレ…) 間宮が今にも泣き出しそうに、シゲには見えた。 「マムシ?」 シゲは間宮を抱きしめていた。 「佐藤の生まれた日を祝いたかったんだ。 でも、お前には届かないんだな…誰の言葉も、誰の思いも」 抱きしめられたまま、間宮はぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。 シゲに届かない言葉を憎んで。 「どうすれば、お前に届く?どうしたら、お前は理解できる?」 「どうやろな。解らんわ。そんなん。せやけど、一つだけ解ることがあんねん」 「?」 シゲの言葉に首を傾げる間宮。 「お前が、俺のこと、本当に本心から祝ってくれてるんやなって…それだけは解るねん」 「それからな、俺がお前んこと、めっちゃ惚れてるゆうんも」 「佐藤…」 「な、それやったら、お前を俺にくれひん?」 「いいぜ。お前が、お前で在ってくれるのなら…。それに、今日はお前の誕生日だしな」 思い出したようにくすくす笑いながら、シゲの腕の中の間宮はそういう。 彼を畳の上に組み敷いて…。 甘美で淫靡なそれに落ちていく。 ずっと、腕の中の彼の人は、自分のものだと思っていたのに…。 自分はずっと間宮だけのものだと思って居たかったのに。 シゲの切実なそれは結局届かなかった。 裏切らないと思っていた。 彼だけは自分を捨てないと思っていた。 そう、彼が裏切ったんじゃない。 自分が捨てた。 シゲ自身が。 間宮を。 ずっと好きで、一番大切で。 死ぬほど好きで仕方ない人。 自分の命も惜しくないほど惚れていた。 その筈だった。 でも。 シゲは、捨てた。 裏切った。 シゲ自身が。 間宮が裏切ったんではない。 シゲが捨てたのだ。 彼を。 間宮を。 捨てたくなかったんや。 別れても、好きでしゃあなかった。 せやけど。 娘の四歳の誕生日。 自分より一日早いだけの。 可愛くて仕方なくて、絶対一生嫁にはやらんと嘯いて。 目に入れても痛くないくらい可愛くていとおしい。 娘の誕生日を祝ってやりながら、シゲの脳裏には間宮のあの言葉が浮かぶ。 いとしくて、恋しくて仕方の無い間宮の声で、シゲの脳裏に鮮明に再生される。 『お前が生まれてきてくれて嬉しいから、有難う。そして、誕生日おめでとう』 不意に涙が零れた。 「パパーどうしたの?」 娘の可愛い声がそう訊いてくる。 何でも無いといいながら、けれども涙が止まってはくれない。 本当は嬉しかった。 恋人に言われたあの言葉も。 その他大勢から言われた言葉も。 でも、あの時は素直になれなくて。 大人ぶっても、やっぱりあの時はただの16歳の子供でしかなかった。 だから、受け入れたくなかった。 その好意に甘えて、でもそれを踏みにじって。 ただそれを見て喜んでいた捻くれもののガキでしかなくて。 (今なら、言えるでマムシ。 『おおきに、ホンマ有難う』て。 お前を好きで良かったって…) どんな気持ちで彼は自分の別れの言葉を聞いて居たのだろうか。 別れを告げた当の本人が、まだ未練たらたらなんて笑ってしまう。 それでも、別れるしかなかった。 まだ子供だったあの頃は。 二人にはそれが精一杯の選択。 サッカーが一番だったあの頃。 余裕なんて無くて。 前だけしか見れなくて。 プロになって間も無くて。 だから、その選択肢しかなくて。 (でも、それでも、好きなんや。マムシ。 今も。まだ。 でも、子供が出来た時、他にどうすることもできひんで…) 「秋樹(あき)、お誕生日おめでとさん。 お前が生まれて来てくれて、パパ嬉しいで」 そしてぎゅっと抱きしめる。 「パパお髭がくすぐったいよ〜」 『お前が現世(ここ)に居てくれて嬉しかった』 再び蘇る彼の人の優しい声。 『俺の方こそおおきに。 お前が居たからここに生きててもええ思えたんや』 fin 誕生日に間に合いませんでした。 夜の11時半くらいから書いていたので仕方ないですが。 割りと悲恋。そして、言葉には意味が無く…。 考えていたものと出来上がったものがまるで別物…。 何はともあれ、シゲ誕生日おめでとう! 2005.7.8→9 AM1:05記了 |